サイバースペース

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 サイバースペースとは、コンピュータ上に作り上げられた擬似的な空間のことです。日本語では電脳空間と訳されることもあります。SF作家ウィリアム・ギブスン氏が発明された造語であり、氏の作品を含む、サイバーパンクと呼ばれるSFジャンルの主な舞台です。
 このサイバースペース、空間と言っても現実世界と対応したものではありません。コンピュータの中に存在する概念や構造を視覚化し、ユーザに提示することを目的に作られた疑似空間なのです。ですから、現実と寸分違わない世界をコンピュータ上に構築することを目的とした仮想現実とは若干ニュアンスが異なります。(でも、作品によってはごっちゃになることも……(^^;))

 サイバースペースにおいては、実体を持たない様々なものがそこに実在するかのように表現されます。コンピュータ自身は広がりを持った部屋に、コンピュータネットワークはそれらを繋ぐワームホールに、セキュリティシステムは防犯ロボットに、コンピュータウィルスは邪悪な怪物に、そしてプログラムに巣食うバグはぬらぬらした虫に(笑)――といった具合です。
 ユーザは自分の脳をコンピュータに直結し(ジャックイン等と呼ばれます)、その異世界へダイブするのです。そこでは、ユーザ自身やその使うツールも現実世界とは異なる形で表現されます。例えば、コンピュータへ不法に侵入を試みるクラッカーは、強力な武器を駆使する屈強な戦士だったりするわけです(現実世界では風采の上がらない人間だったとしても)。
 ユーザは脳とコンピュータを接続することで絶大な情報入出力速度を獲得し、その代償として自分自身がダメージを受けるリスクを併せ持ちます。コンピュータ経由で攻撃を受けたら、廃人にされてしまうことさえあります。

 現実的な視点に戻ってみると、このシステムは無駄の極致です(^^;)
 例えば、コンピュータ上に構築されるデータベースには、三次元より大きな次数を持つものが少なくありません(各次元の示す値は離散的な有限のものかもしれませんが)。これを本当に視覚化できたとしても、三次元までしか認識できない(しかも視覚は二次元でしかない)人間に理解できるはずもないわけです。また、そもそも人間が一度に把握できる数には限りがありますから、データが何万件もあったらそれだけで認識不能です。コンピュータに分類や抽出を頼らなければ有意な情報は得られないわけで、これではディスプレイの前に座っているのと大差ありません。
 コンピュータ・ネットワークが通路として表現されることも良くあるのですが、これも疑問ですね。仮にインターネット上のウェブサイトの繋がりを視覚化するとします。これは近年、物理学者アルバート・ラズロ・バラバシ氏等の研究により、スケールフリー・ネットワークであることが明らかとなってきました。分布が『べき法則』に従う、リンク数の尺度(=スケール)が存在しない繋がり方を持つものです。ほんの数本しかリンクを持たないサイトがある一方、何億ものリンクを張り巡らせた巨大サイト(大手検索サイトとか)が存在する事実を、多くの方はご存じでしょう。この複雑な網の目を絡まることなく視覚化させるのは困難ですし、仮にできたとしても役に立ちません。通路の口が一億もあったとしたら、私は絶対迷子になる自信があります(笑)
 結局、コンピュータに重い処理を行わせてまでサイバースペースを実現させるだけの価値は、プロフェッショナル向けとしてはほとんど見いだせないのが現実です。そもそも、そんなものに頼らなければハックできないようでは、本物のハッカーとは言えないでしょう(^^;)

 なんだかこき下ろしっぽい語調になってしまいましたけど(笑)、サイバースペースという概念が無意味ということではありません。(前述の想定が間違っていることも充分あり得ますし)
 むしろサイバースペース最大の功績は、メタファーにあるのではないでしょうか。
 例えば、現実のクラック方法であるバッファオーバーフロー攻撃の手順を事細かに書いたとしても、大抵の読者には退屈なだけです。それを、クラッカーとセキュリティシステムのバトルにしたり、あるいは怪盗さながらの侵入劇に仕立てれば、読者に事態の進行を分かりやすく伝えることができます。今の二例で言えば、どちらを選ぶかで作品の方向性も明確にできますし。
 また、映像的な見栄えも重要な要素です。どんなに凄いことが行われていようとも、クラッカーがモニタに向かってキーを叩いているだけでは絵になりませんから(笑)

 メタファーという観点から見直してみると、現実においてもサイバースペースが実現する可能性が見えてきます。つまり、ユーザインターフェースとしてのサイバースペースです。
 我々が目にするGUIの要素――ウィンドウやボタン等は、まさにこのメタファーです。実際に存在するわけではない、例えばコンピュータに処理を開始させるコマンドを、画面上でボタンの絵として表現しているわけですね。現在普及しているコンピュータはまだまだ初心者には扱いづらいものですから、今後もユーザインターフェースは改良を加えられていくはずです。こうしてインターフェースの改良を推し進めて行く先に、究極の形としてのサイバースペースがあり得るかもしれません。
 この場合のサイバースペースは、サイバーパンク小説に見られるような玄人向けの危険かつ陰鬱な異世界などではなく、一般ユーザが普通にコンピュータを使うための道具であることでしょう。であれば、先に言った『無駄・非効率』という部分も重要ではなくなります。ユーザインターフェースは『使いやすさ』こそが優先課題で、『効率』は二義的なものですから。
 そうした「ユーザインターフェースとしてのサイバースペース」が実現したとしたら、クラッカー達はやっぱりサイバースペース上でバトルを繰り広げたりするのでしょうか。いや、もしかしたら電脳空間の中に疑似ディスプレイを作って、疑似キーボードから入力してたりするかもしれません――せっかくウィンドウシステムを起動しておきながら、結局は端末エミュレータばかり使っている人々のごとく(^^;)

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