タイム・パトロール/時間線の迷路

[題名]:タイム・パトロール/時間線の迷路
[作者]:ポール・アンダースン


 二十世紀SFの中堅作家ポール・アンダースン氏の連作、〈タイム・パトロール・シリーズ〉のエピソードです。
 アンダースン氏はかなり息の長い作家さんですが、中でも時間改変を阻止する警察組織タイム・パトロールを描いた〈タイム・パトロール・シリーズ〉は、デビュー初期から晩年に至るまで書き続けられており、氏のライフワーク的な作品群と言えるかもしれません。日本語に未翻訳の作品も多いのが残念ですけど(^^;)
 日本語版における前作『タイム・パトロール』は元々中編として執筆されたものを纏めた中編集ですが、本作『時間線の迷路』も三部構成の連作を繋ぎのエピソードで纏めた形態を取ります。(こちらは最初から長編として執筆?)
 本作では、シリーズを通しての主人公である工作員エヴァラードの他、ヒロインとなる新人隊員ワンダも二つ目のエピソードで主役を担います。ワンダはかつて、時間犯罪者の被害にあったところをエヴァラードに助けられ、後にタイム・パトロールに入隊した旨が説明されていますが、これは未翻訳の長編"The Year of the Ransom"での出来事のようです。

 タイム・パトロール無任所職員("Unattached agent")として、数多くの時代で時間改変を阻止してきた一流工作員のマンス・エヴァラード。彼は、自分と新人隊員ワンダ・タンバーリィの関わった出来事について、上級階級職員ギオンの聞き込みを受けることになりました。
 自分やワンダが隊規すれすれの行動を取っている自覚があるエヴァラードは(^^;)、内心ギクリとしつつも、最近起きた二つの出来事を振り返りました。
 一つ目は、BC二〇九年のバクトリア(現在のイランの北辺り)で、己の欲するままに歴史を改竄しようとする称揚主義者("exaltationist")の野望を阻止すべく行動したこと。商人の護衛ミアンダーに扮したエヴァラードは、バクトリア王エウテュデモス一世の殺害を食い止めるべく暗躍します。
 二つ目は、BC一三二一二年のベーリンジア(最終氷期にベーリング海峡が陸地となってシベリアとアラスカが陸続きになった場所)で、動植物の調査を行っていたワンダが引き起こした出来事。ワンダは、ベーリンジアに居住していた未開人トゥーラット(ベーリンジア先住のアングロサクソン、架空の存在)達が、外来者“雲の人々”(アメリカへ移住する途中の古アメリカインディアン)に搾取される場面に耐え兼ね、ご法度であるはずの干渉を行ってしまいます。
 そしてその面談後、もう一つの大事件が一一三七年のイタリアで起きます。シチリア王ルッジェーロ二世が本来死ぬべきではない戦で殺害されたことをきっかけに、それ以降の歴史が大改編され、遂にはタイム・パトロール自体が存在しなくなる異常事態が発生します。その際、更新世のピレネー山脈にあるタイム・パトロール隊員用ロッジで休暇を過ごしていたエヴァラードは、正しい歴史に戻すべく、焦点となる歴史の異常を突き止めようと調査を開始するのですが……。

 本作の注目ガジェットは、偶発的要素による歴史改変です。
 タイム・パトロールの本分は、元の歴史をできるだけ維持することにあるわけですが、この障害となるものは時間犯罪者に限らないようです。例えば、他ならぬタイム・パトロール自身が歴史に干渉してしまうエピソードも少なくありません(^^;)
 もう一つ別の原因として、本書では偶発的要素による歴史改変が提示されます。三つ目のエピソード『世界の驚き』では、タイム・パトロールという組織自体が未来から消滅してしまう程の激変が起きるものの、これはタイムトラベラーによる意図的な歴史干渉ではなく自然に発生したものだと説明されます。
 この偶発的歴史改変がタイムトラベルと関係があるのかどうかは、作中で明示されていません。ただ、仮にタイムトラベルとは無関係に発生するものだとすると、タイム・パトロールは宇宙開闢以降の歴史全てを、地球が誕生するより前から保護しなければならないことになるため、ちょっと現実的ではなさそうです(笑)
 タイム・パトロール隊員やタイムトラベラーの、各時代における意図しない影響が積もり積もって偶発的歴史改変に発展する、と見るのが妥当でしょうか。

 もう一つ重要なガジェットとして、これまで謎だったタイム・パトロール創設者、百万年後の未来に誕生するデイネリア人が本作でようやくお目見えします。(厳密には、『タイム・パトロール』の第一話にもほぼ声だけで登場)
 デイネリア人は自分達の知る歴史を保持するタイム・パトロールの存在意義を説きますが、ここで面白い推測ができます。それは、人類本来の歴史がデイネリア人に続くものではなかった可能性です。(前作『タイム・パトロール』中のエピソード『邪悪なゲーム』で、エヴァラードによる過去への干渉なしに私達の知る歴史が誕生しなかったことが示唆されています)
 この場合、本来の歴史でも過去へのタイムトラベルが発明されたものと思われますが、これに起因する歴史改変により時間線が変遷を重ね、そうした中で偶然デイネリア人に通じる歴史が誕生したのかもしれません。時間の改変に対抗可能な知力を持つ超人類デイネリア人が存在するようになったことで、タイム・パトロールによる歴史の保持が可能になり、時間線は恒常性を手に入れた、とも解釈できますね。
(本作の一エピソードの見出しが『神々を作った神々以前("Before the Gods That Made the Gods")』とあるのも意味深。この文章はG・K・チェスタトン氏の詩集『白馬のバラッド』からの引用のようです)
 ただ、そうするとデイネリア人がタイム・パトロールを設立したのはあくまで保身のためであり、エヴァラード達に語った理念も単なる自己称賛に聞こえなくもないです(^^;)

 前作『タイム・パトロール』は一九五五年から一九六〇年までに執筆されたお話であるのに対し、本作『時間線の迷路』は一九九〇年に書かれたもので、執筆時期に三十年余りの開きがあります。
 この違いは密度の差に現れています。前作は歴史改変によるタイムパラドックスに軸を置いた傾向のエピソードでしたけど、本作は過去の時代や、改竄された歴史における社会の描写にも力を入れており、極めてクォリティの高い作品に仕上がっています。
 また、エヴァラードとワンダのロマンス要素も外せません。エヴァラードは未来技術により延命措置を受けているため主観年齢は大きな開きがあり、このことがエヴァラードに二の足を踏ませています。逆にワンダは、相手が超一流工作員であることに引け目を感じ、次の一歩を踏み出せません。もどかしくも微笑ましい感じですね。:-)
 読みごたえがあり、かつエンターテイメント性も高い、〈タイム・パトロールもの〉の名作です。

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