[題名]:宇宙の孤児
[作者]:ロバート・A・ハインライン
宇宙というものは我々の日常スケールと比するとあまりに広大です。隣の恒星に行くだけでも、光の速さで数年もかかってしまうほどです。このためSFの世界ではしばしば、光速度を超える方法が作品内で発明されたこととし、その距離を縮めようとします。
しかし、現実には光速度を超える手段はまだ見つかっていません。むしろ物理学はその存在自体に否定的です。
では、私達が超光速手段なしに恒星の世界に進出するにはどうすればいいのでしょうか。その回答の一つが、世代宇宙船(ジェネレーション・シップ)なのです。
本書『宇宙の孤児』は、その世代宇宙船を扱った物語です。ハインライン氏の作品としては初期のものに分類されますが、氏の作品の面白さは既に見て取ることができます。
世代宇宙船という未来的なガジェットを用いながら、本書は異世界の物語のような雰囲気を併せ持ちます。この二面性が本書の見所でもありますね。
ヒュウ・ホイランドは、〈船〉と呼ばれる世界で暮らす青年です。〈船〉に生きる人々は〈船員〉と呼ばれ、〈船長〉の下で前近代的な社会を形成していました。人々は〈船〉とは何なのかを知らず、気にも留めていません。厳格な宗教的戒律が定められ、それを疑うことすら罪なのです。
また一方、〈船〉にはミューティと呼ばれる種族も存在しました。彼等は元〈船員〉ですが、その多くはミュータントであり、〈船員〉を食料にしたりする恐ろしい存在です。ミューティは戒律を守らず、邪悪な種族と考えられています。
ヒュウはその知的能力の高さから〈科学者〉へと抜擢され、人々の上に立つ者として教育を受けることになります。物理学や天文学の書を読まされるのですが、それは彼にとって意味不明の聖典でしかありません。
そんなある日、居住区以外の階を偵察していたヒュウは、ミューティに捕らえられてしまいました。危うく食べられてしまうところを、ミューティのリーダーであるジョウ=ジムの気まぐれにより命を救われ、彼の奴隷となります。
ジョウ=ジムは二つの頭(右側がジョウ、左側がジム)を持った大柄な男で、頑強な肉体と高い知性を備えています。ジョウ=ジムはヒュウの信じる迷信を嘲笑い、伝説の場所とされていた主操縦室に彼を連れて行きまました。そこでヒュウは真実を知るのです――自分の住む世界である〈船〉が、より大きな宇宙の中を旅する宇宙船という乗り物でしかないことを。
本書の注目ガジェットは、世代宇宙船バンガード号です。
世代宇宙船とは、目的地に到達するまでに複数の世代を経る宇宙船のことです。人々は宇宙船の中で生活し、子を産み、そして亡くなります。目的地に降り立つのは船に乗り込んだ者達ではなく、その子孫なのです。船内が一つの社会を形成するに足るほど、世代宇宙船は十分な大きさを持たなければなりません。
バンガード号はハインライン氏の未来史における人類初の恒星間宇宙船で、六十年の歳月を費やして太陽系最近隣の星プロキシマ・ケンタウリへ到達することを目的として建造されました。これは二世代に相当する期間ですから、乗員のほとんどが世代交代を行っているでしょう。このため、バンガード号の操船はできうる限り簡略化され、故障が決して起こらないよう注意深く設計されていました。
ですが、この宇宙船による探検を計画した人々にとって予想外なことに、バンガード号内部で反乱が起き、全ての技術士官が死亡するという異常事態が発生してしまいます。船内の文化レベルは後退し、人々は暗黒時代さながらの生活を送ることになります。ヒュウ達がそれを再発見するまで、旅の目的は完全に忘れ去られてしまうのです。
〈船〉の中で形成されている社会は、〈船員〉とミューティの二つに大別されます。
〈船員〉側は秩序立てられた社会であり、候補生や科学者、船長などといった近代的な区分がされていますが、その実態は前時代的な封建制度です。彼等は船内で農耕を行い、食料を得ています。また、男尊女卑の傾向が強く、女性には人権どころか名前さえ与えられないこともあるようです。
一方、ミューティ側は野蛮でこそあるものの、比較的自由な集団です。地位ではなく能力で力関係が決まり、性別も重視されていません。定まった組織構造は持ちませんが、肉体的・知能的に最も優れたジョウ=ジムを頭とするグループが最大勢力となっています。農耕は行わず、もっぱら〈船員〉からの略奪で糧を得ています。
宇宙船の中という閉鎖空間で、こうした異世界的な状況を作り出す発想は実に見事です。ストーリーテラーとしてのハインライン氏の力量が伺えますね。
本作の立役者は、なんと言ってもジョウ=ジムです。彼等は前述の通り異相の結合双生児であり、時として残忍な行動を取りますが、詩や小説を愛する知的な面も持っています。バンガード号の真の姿を見いだしたのも彼等なのです。ジョウ=ジムの存在が、『宇宙の孤児』という物語の魅力をより高めていると言えるでしょう。
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いい人でいられない
Excerpt: 今までと違う、全く新しい価値観で生きるようにならないと世界的に破滅するとおもうのですが・・・
Weblog: 心に映る由なし事 ココログ支店
Tracked: 2006-06-04 23:53
この記事へのコメント
RAS
Manuke
小学校の頃は図書室の本をたくさん読みまくったのですが、その時期にこうした名作と出会えたことは本当に幸運でした。
Manuke
私が読んだのは、おそらく福島正実氏が訳された『さまよう都市宇宙船』の方です。
(他に、矢野徹氏抄訳の『のろわれた宇宙船』もある模様)
ある意味、日本の子供はアメリカ本国よりも恵まれていたのかも(^^;)
主人公が衝撃の事実を知った際「タイトルで知ってた」
と悲しい気持ちになったのを思い出します
Manuke
『さまよう都市宇宙船』は直球すぎますから。
ハインライン氏の別作品『愛に時間を』で、ほんの少しだけヒュウ達のその後について触れられているんですよね。
本書の後、どんな物語があったのか、想像を巡らせたくなります。