忠誠の誓い

[題名]:忠誠の誓い
[作者]:ラリイ・ニーヴン&ジェリー・パーネル


 SF黄金コンビ、ニーヴン氏とパーネル氏による、アーコロジーを舞台としたサスペンスストーリーです。
 アーコロジーとは、一つの都市機能を丸ごと一つのビルに集約してしまったような超巨大建築物のことです。ゲーム『シムシティ』でご存知の方も多いのではないでしょうか。
 本書はそのアーコロジーそのものではなく、アーコロジーが作られたことで起きる、内外の軋轢を起因としたドラマをメインに据えています。
 時代は近未来で、作中で明示されてはいないようですが、おそらく二十一世紀初頭辺りではないかと思われます。(英語版の出版は一九八一年)

 ロサンゼルス郊外に建築された超巨大なアーコロジー、〈トドス・サントス〉(スペイン語で、トドスは“すべて”、サントスは“聖人たち”)。そこでは、およそ二十五万人もの住人がほとんど外部へ出ることもなく生活していました。
 〈トドス・サントス〉は企業組織として、そのトップに総括責任者アート・ボナーを頂き、アメリカにありながら半ば封建的な社会を形成していました。しかし、その忠誠心は相互に作用するもので、その信頼により極めて安全かつ高レベルな社会を形成しています。
 しかしながら、〈トドス・サントス〉の特異性は、外の世界との摩擦を生みました。すぐ近くの都市であるロサンゼルスの住人は、利益を享受するサントス人に対して多かれ少なかれ妬みを感じています。
 そしてまた、過激な環境保護団体“人間と地球の友の協会”は、〈トドス・サントス〉のような巨大居住環境は人口増加を招き、地球を危機に追いやることになるとして、しばしば妨害工作を行って〈トドス・サントス〉の保安部を悩ませています。
 あるとき、カナダの高官ジョージ・リーディ卿が、自分達の国にもアーコロジーを建設したいと〈トドス・サントス〉を見学に訪れ、ボナーや技師長トニー・ランドに出迎えられました。ところが、その最中に緊急事態が発生します。
 立ち入り禁止区域へ三人の侵入者が確認され、このうち二人は重要な水素パイプラインに近づいていました。彼らは位置情報の妨害装置を持ち、赤外線カメラではガスマスクを付け大きい荷物を持っていることが確認できました。事態を指揮していた総括責任者次席プレストン・サンダースは、〈トドス・サントス〉の安全を考え、やむなく侵入者のいる通路へ致死性ガスを注入する決断を下します。
 けれども、事実はより深刻でした。侵入者は“人地友協”のテロリストなどではなく、からかい目的で忍び込んだ学生だったのです。彼らが抱えていたのは単に“ダイナマイト”と書かれた砂箱で、しかも死亡した二人のうち一人は、ロサンゼルス市会議員ジェームズ・プランチェットの息子でした。
 自分は罪のない若者二人を殺してしまったのだとサンダースは打ちのめされ、息子を奪われたプランチェット議員は怒り狂います。そして、内罰的になったサンダースは自ら警察に出頭して逮捕されてしまいました。
 しかし、サンダースの決断は〈トドス・サントス〉の人々を守るために行われたものであり、サントス人の多くはテロリストを装った学生に非があると考えていました。一方で、警察組織に所属してもいないサンダースは、少なくともその行動が殺人に当たるかどうかを刑事裁判で問われることになります。
 〈トドス・サントス〉の中のルールと、外の世界の法――この二つが衝突するとき、ボナーは、そしてランドらはどう判断し、何を選ぶのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、アーコロジー("arcology":完全環境計画都市)です。
 アーコロジーは、実在の建築家パオロ・ソレリ氏が一九六九年に提唱したもので、建築物(アーキテクチャ)と環境(エコロジー)のかばん語です(作中では、ランドはソレリの弟子とされています)。一般の都市が水平にそれなりの広がりを見せるのに対し、アーコロジーはそれを垂直方向にも拡張して都市圏の占有面積を減らすことで、自然環境を保護しようというもののようです。残念ながら、今のところ実現していませんけど。
 作中の〈トドス・サントス〉は、横方向の一辺が二マイル(≒三千二百十九メートル)、高さ千フィート(≒三百五メートル)という、途方もなく巨大な平たい直方体の建築物です。側面は概ね垂直ですが、大小のバルコニーが突き出ています。屋上には公園やペントハウスなどの施設があるほか、四つの巨大な逆ピラミッド状のくぼみがあり、明かり取り及び内向きのバルコニーとして使われています。
 内部も広大で、特に商店街(モール)は遥か彼方にある通路の消失点が見えるほどです(^^;) 動く歩道が交通機関として張り巡らされていおり、敷地内の移動も容易です。
 安全確保のため、保安要員が各所に配備され、カメラやマイクも多数設置されています。住人や訪問者の居場所は常時追跡されており、プライバシーは事実上ないに等しい状態です。
 住人は〈トドス・サントス〉内部で完結する様々な仕事に従事しているほか、遠隔操作機械を使って別の都市や、更には月面基地にある装置を動かすことで収入を得ている者もいます。
 ちなみに遠隔操作機械は、考案者のR・A・ハインライン氏に敬意を表して作中ではウォルドウと呼ばれます。SFファンにはニヤリとさせられる設定ですね(笑)

 もう一つ、面白いガジェットとして“埋め込み”が登場します。
 これは、脳にコンピュータへ無線でアクセス可能なトランシーバーを移植し、いつでもコンピュータのサポートを受けられるというものです。今風に言えば、声に出さなくても利用可能なAIアシスタント、といった感じでしょうか(^^;) また、コンピュータを介して他人との会話も可能で、疑似的なテレパシーとして機能します。
 詳しい説明はありませんが、おそらくは入力・出力とも利用者からは音声として認識されているのではないかと思われます。ただし、他人からその声は聞こえないため、利用中はただ考え込んでいるだけのように見えます。
 この“埋め込み”はかなり高価な手術費用がかかるらしく、限られた人間しか持っていません。ここで、“埋め込み”保有者と非保有者の格差が生まれているのが興味深いですね。

 主要なキャラクタとしては、〈トドス・サントス〉総括責任者のアート・ボナーとそのパートナーの資金開発部長バーバラ・チャーチウォード、技術者としては超一流ですがそれ以外はからっきしな“宮廷魔術師”トニー・ランド、重責に苦しむ次席プレストン・サンダース、外部の人間として事件を冷静に見守るジョージ・リーディ卿、そして特ダネを得ようと〈トドス・サントス〉に近づくジャーナリストのトーマス・ルーナン辺りでしょうか。
 群像劇的な印象もあり、非常に登場人物が多いので人名の把握が大変です。しかしながら、端役に思えるキャラクタが意外な役割を果たしたりもするので、頑張って覚えましょう。:-)

 やや余談になりますが、作中で警察の捜査を妨害するために、ボナーが無駄に大きく中身のないファイルをデータ通信で送り付けるよう指示する(三百ボーで(笑))というくだりがあります。このファイルのサイズが「二千三百五十六万七千八百九十二バイト」、つまり約二十二メガバイトです。現在の感覚だと、さして大きくもない印象ですね。
 ジェリー・パーネル氏は米コンピュータ誌"Byte"(と日本の『日経バイト』)にコラムを連載していたこともあるパソコン通ですけど、逆に当時の知識が仇になって将来のデータ量増加を見誤ったのかもしれません。
 とは言え、その増大した容量を私達がどう活用しているのかを顧みると、あまり胸を張れないところではあります(^^;)

この記事へのコメント

  • X^2

    タイトルはずっと以前から知っていたのですが、ミリタリー系SFと思っていたのが全く違うというか、別の作品のあらすじを読んだのといつの間にか頭の中で混線していたようです。
    「アーコロジー」という言葉自体は初めて知りましたが、日本でも一時期これに類する巨大建築プロジェクトが、どこまで現実味があるのかはともかくとして、大手ゼネコンからぶち上げられていたような。
    現実世界の「ゲーテッドコミュニティ」は建物自体は一つではないですが、社会学的にはかなり近そうですね。
    2021年01月02日 17:39
  • Manuke

    > 現実世界の「ゲーテッドコミュニティ」は建物自体は一つではないですが、社会学的にはかなり近そうですね。

    コミュニティの形態としては似ている感じがしますね。
    トヨタが裾野市に作ろうとしているウーブン・シティなんかも、企業主体という点で近いものがあるかも。

    設計者のランドは、〈トドス・サントス〉を宇宙船の準備段階と捉えています。スペースコロニーは、アーコロジー的な社会になりそうですね。コロニー外へ赴くことが一苦労ですし。
    ゲーム『シムシティ2000』では、アルコロジー最終形態のエクソダス・アルコが宇宙へ飛び立っていきいましたけど(^^;)
    2021年01月03日 15:33