宇宙製造者

[題名]:宇宙製造者
[作者]:A・E・ヴァン・ヴォクト


 奇才ヴォクト氏の、タイムパラドックスが絡んだサスペンス風異色SFです。
 冒頭から批判してしまいますが(^^;)、本作はかなり訳が分からないストーリー展開となっています。読後も腑に落ちない読者が多いのではないでしょうか。(特に、タイトルの「宇宙製造者」関連)
 実は、これには理由があります。本書『宇宙製造者("The Universe Maker")』(一九五三年に出版)は、中編"The Shadow Men"(一九五〇年に雑誌掲載)を加筆修正した長編で、元々のお話には七三〇一年関連が一切存在しないようです。大筋となるストーリーはほぼ変わらないのですが、超未来からの干渉がないことで、物語は比較的シンプルなタイムパラドックス・サスペンスだったわけですね。とは言え、この状況でも「いきなり奇妙な状況に投げ込まれて、主人公も読者も混乱」というヴォクト節は健在ですけど(^^;)

 米軍中尉モートン・カーギルはある晩、バーの出口で出くわした女性に「家まで送ってくれると約束した」と声をかけられます。覚えのないカーギルでしたが、その晩は酷く酔っぱらっていたこと、どのみち女の子をひっかけるつもりだったことから、彼女の車に乗り込みました。二人とも酔っていたためタクシーを呼ぶことも考えたものの、カーギルはそのままアクセルを踏みます。
 衝撃の後、並木にぶつかって大破した車の中で、カーギルは女性が死亡していることに気づきました。彼は車からよろめき出て、そのまま逃げてしまいます。
 朝になって酔いが覚め、カーギルは新聞でその女性マリー・シャネット夫人の死亡記事を読みました。続報では彼女が軍人と言葉を交わしていたことが触れられていましたが、カーギルへの言及はなかったことから、恐怖とうしろめたさを覚えつつも彼は従軍して朝鮮へ向かうことになりました。
 しかし一年後、カーギルがロスアンゼルスへ戻ってきたとき、彼は死んだはずのマリー・シャネットからの手紙を受け取ります。相手は生きていないはずで、そもそも名乗ってすらいないのに、です。
 混乱しつつも指示された場所に赴くと、確かにマリー・シャネットそっくりの女がそこにいました。しかし、実は彼女はマリー本人ではなくその子孫で、カーギルはそのまま二三九一年へと連れ去られてしまします。そして彼は告げられました。マリーの死がもたらした苦痛の影響を癒すため、カーギルは死ななければならないのだ、と。
 ところが、そこへ救いの手が現れます。別の女アン・リースと、影のような半透明の人物が、何らかの意図をもって彼を囚われていた部屋から連れ出したのです。
 けれども、彼らに利用されることを恐れたカーギルは逃げ出し、そこで更に別の女レラに捕まってしまいます。カーギルは鎖に繋がれ、空中漂泊者族としての生活を余儀なくされることになります。
 五里霧中の状態で、カーギルは自分が未来世界における大変革の中心にいることを、まだ知りません。

 本書の注目ガジェットは、“影の連中(シャドウズ)”です。
 二十四世紀の世界では、人々は空で一生の大半を過ごす空中漂泊者族(フローターズ)、文明化された都市部に住む都市生活者族(トゥイーナーズ)、そして謎めいた“影の連中”の三グループに分かれています。
 フローターズは、都市での生活に嫌気が差し、太陽エネルギーで恒常的に空を飛ぶことができる空中浮遊船(スカイ・フローター)を住居とした自然愛好者の集団で(トレーラー族の浮遊船版?)、トゥイーナーズやシャドウズを嫌っています。教育レベルはあまり高くはなく、基本的には自由人ですが、何人かのボスに支配されている模様です。
 トゥイーナーズは("tweener"の字義通り)都市部で暮らす中流階級で、フローターズを見下しています。比較的良い暮らしをしているようですが、自分達を支配する“影の連中”に敵愾心を抱く者もいます。
 生活圏は異なるものの普通の人間である両者に対し、“影の連中”はある処置を受けることで肉体を半透明化させる能力を獲得した集団で、二十四世紀における科学技術を独占支配しています。“影”になった状態では、その人間は空間どころか時間も超越して過去へ赴くことができるようです(未来への移動は不可)。

 物語は、カーギル青年が“影”の一人によって未来へ連れ込まれたことから始まり、同じ時間を繰り返すことで複数の陣営の革命に携わることになります。
 ところが、カーギルはこの途中で“影”とは無関係の、七三〇一年という超未来からも干渉を受けます。分量は多くないのですけど、カーギル君は奇妙な体験を経て、宇宙と生命に対する洞察を得ることになります。
 この部分は中編"The Shadow Men"には存在しておらず、本筋にもほとんど関連しません。このせいで、作中で最上位にあった“影の連中”の更に上の存在が作られ、焦点が散漫になってしまった印象があります。また、未来人ラン・ブルッフがそもそも何のために出てきたのかも分からないままです(^^;)
 ヴォクト氏は作家歴後年、昔の作品をリライトして逆に質を落としてしまうことをしばしば行っており、残念ながら本書もその一つと見做されているようです。(どうも、ヴォクト氏が当時傾倒していたダイアネティックスの要素を盛り込もうとした模様)
 ただ、超未来に関連する部分は多くないことから、この部分をなかったことにしてしまえば、オリジナルのテイストを味わうことは十分に可能です。そう読むと、ストーリーはタイムパラドックスを核に据えた二十四世紀の社会構造とその変革を描いていることが明確になり、「宇宙製造者」という要素なしに物語が成立していることが分かるでしょう。作品の読み方としては明らかに邪道なので、少々お勧めしづらいところですが(笑)

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