金星応答なし

[題名]:金星応答なし
[作者]:スタニスワフ・レム


 本書は、二十世紀共産圏におけるSF界の巨匠スタニスワフ・レム氏の処女長編であり、実質的なデビュー作と言われます。SF作家としての氏のキャリアは、本作から始まるようです。
 物語の主軸となるのは、二十一世紀に金星へ向かう探検宇宙船コスモクラートル号と、乗員一行が出くわすことになる金星文明です。後年、レム作品の一つのテーマとなる異星生命とのコンタクトのエッセンスを感じさせてくれます。部分的にジュブナイル風、全体としてはハードSFという欲張りな内容です。
 なかなかボリュームのある大作なのですが、現代の視点から見るとかなり瑕疵が見られる点は指摘せざるを得ないでしょう。本書が出版されたのは一九五一年で、この時点ではまだ金星が灼熱地獄であることが判明していないため、特に金星での描写が現実とそぐわないのは致し方ないところです。また、それ以外にも首をかしげてしまう設定がかなりありますけど(放射性物質をそのまま噴射する原子力ロケットとか(笑))、そこら辺はご愛敬ということで……(^^;)
 もう一つ興味深い設定として、作中は共産主義が最終的に勝利した未来という点が挙げられます。描写から類推すると、二十世紀後半に資本主義国家が全て崩壊し、平和裏のうちに世界が共産主義に統一された模様です。当時のレム氏がどのようなイデオロギー観を持っていたのかを伺わせる部分ですね。

 物語は二部構成で、第一部『コスモクラートル』は三人称視点で描かれます。
 二十世紀初頭に起きたシベリアのツングースカ隕石は、長らく謎のままでした。しかし、二十一世紀に入ったところで、新たな発見がもたらされ、これが異星宇宙船の墜落事故だったことが判明します。
 この宇宙船は“機械仕掛けの頭脳”でコントロールされた無人船と思われ、地球文明を調査していたものの、地球人そのものには全く関心を示していませんでした。そして、何らかの目的で地球生命体を全て滅亡させるという計画を持っているらしいことが分かります。更に、宇宙船の出発した惑星は金星だと突き止められました。
 一方、原子力利用の進歩により、人類は原子炉から放出される原子核粒子の方向を完全に制御する技術を手に入れていました。これを利用した原子力ロケットに加え、様々な最先端技術を盛り込んだ人類初の星間宇宙船〈コスモクラートル〉が完成します。
 コスモクラートル号は当初、火星探検を目指していたのですが、ツングースカ関連の発見により目的地が金星へと変更され、科学者達を乗せて調査に向かうことが決定されたのです。

 第二部『パイロットの日記』は、コスモクラートル号乗員で航空機などのパイロットを務めるハンニバル・スミスの一人称視点で描かれます。
 金星文明による地球侵略の意図を解明しながらも、あくまで平和裏にコンタクトを果たすため、金星へ送られることになった宇宙船コスモクラートル号。並みいる高名な科学者達と共に搭乗することが決まった青年ハンニバル・スミスは、同僚達に若干コンプレックスを感じつつも、若手パイロットとして務めを果たすことにします。
 金星到着後、着陸場所を探すためコスモクラートル号からスミスを乗せて飛び立った飛行機は、しかし分厚い雲と電波異常のため宇宙船と連絡が取れなくなり、はぐれてしまいます。スミスは森のような地形の向こうに平らな地面を見つけ、そこへ飛行機を着陸させました。
 遠目に森と見えたものは植物ではなく、結晶とも鉱物の凝固物ともつかないものが複雑に絡み合った構造物でした。スミスが「死の森」へ入り込んでしばし観察した後、飛行機へ引き返したとき、雲間からコスモクラートル号が姿を現し、彼はどうにか無事に船へ帰還します。
 その後、湖へ着水したコスモクラートル号一行は、地下深くにあるエネルギー伝達パイプの発見、駐機していたヘリコプター爆発による遭難、謎の「白い球体」の発見、といった出来事を経つつ調査を進めていきます。
 しかしその間、金星の知性体は一切姿を現さず、それどころかコスモクラートル号に対する反応すら皆無でした。
 果たして彼らはどこにいるのか。何故コスモクラートル号に応答しないのか……。

 本書の注目ガジェットは、金星文明です。
 『金星応答なし』は処女長編だけあって、色々とこなれていない部分が散見されるのですが、この金星文明に関しては非常に秀逸で、奇怪な姿ながらも幻想的な金星文明が緻密に描かれていきます。
 作中では、最終章でかなりあっさりと大雑把な解明が行われてしまうのですが(^^;)、それでも「人類とは価値観の異なる知性体の文明」の描かれ方は見事です。
 レム氏は後年、名作『ソラリスの陽のもとに』などで「人類と相互理解が不可能な知的生命体」を一つのテーマとされていますが、その萌芽が本書に見て取れるのは興味深い点ですね。

 宇宙船コスモクラートル号にも触れておきましょう。
 コスモクラートル号は全長百七メートルの細長い姿をした宇宙船で、後部に原子力ロケットエンジンを備えています。また、機首には飛行機が格納されていて、大気圏内飛行中に空中で発射及び収容可能です。他にも、探検用のヘリコプター、キャタピラ車、水上用モーターボートなども備えています。
 現実のロケットに似た姿をしているものの、離着陸は垂直ではなく水平に行われます。作中では、地球ではゴビ砂漠からの発進、金星では湖面への着水と砂丘への着陸(下面にキャタピラが出る模様)を行っています。
 原子力ロケットエンジンは原子炉から出る放射性原子核をそのまま後ろに放射するというとんでもないもので(笑)、噴射により周囲をかなり汚染するようです(ゴビ砂漠から発進するのはこのため)。
 なお、興味深いことに同一九五一年、西側SFビッグスリーの一人アーサー・C・クラーク氏の処女長編『宇宙への序曲』が出版されており、これに登場する宇宙船プロメテウス号も原子力ラムジェット/ロケットを備えています。当時はロケット推進の本命は原子力と見做されていたのかもしれませんね。
 もっとも、プロメテウス号(下段のアルファ)が噴射するのは原子炉で加熱した空気で、架空の要素が相当数を占めるコスモクラートル号と比べるとより現実的な設計です。いずれにせよ、ロケット噴射後は近寄りたくないですけれども(^^;)

 発表時点ではポーランドが共産圏であり、ソビエトのスターリン政権下で思想弾圧が行われていたこともあって、本書には共産主義礼賛の要素が若干含まれます。
 また、特に第一部では、二十一世紀に至るまでの架空の科学史、ツングースカに落下した金星宇宙船を巡る科学者たちの議論、飛行準備中のコスモクラートル号を見学に来た子供達を第一操縦技師ソウティクが案内するジュブナイル的場面と、物語が少々まとまりのない印象を受けます。
 こうした点からか、レム氏ご自身も後年、本作を「幼稚だった」と評していたようです。今読むと、色々と厳しい箇所があるのも事実でしょう。
 しかしながら、難点のある部分は四分の一ほどを占める第一部に集中しており、第二部のみに注目すると、今でもなかなかの良作と言えるのではないかと個人的には感じます。少々軽率で無鉄砲な一人称主人公スミスと、成熟して落ち着きのある天体物理学者アルセーニエフの対比も面白いですし、探検中に起こるいくつかのアクシデントも手に汗を握る展開です。そして何より、金星文明の造形が見事です。(「白い球体」からの離脱方法に関しては、多少ツッコミを入れたくなりますが(笑))
 手放しで褒めることはできないものの、後の巨匠のルーツを見出すことができるとい点で、一読の価値はあります。

この記事へのコメント