異次元を覗く家

[題名]:異次元を覗く家
[作者]:ウィリアム・ホープ・ホジスン


 怪奇小説作家ウィリアム・H・ホジスン氏による、ホラータッチの異色作品です(原題は"The House on the Borderland")。分類としては、氏の〈ボーダーランド三部作〉の第二作目に属しますが、特にストーリー上の繋がりはない模様。(未読のため詳細不明)
 お話としては少々アンバランスで、ホラー要素として直立二足歩行の「ブタ人間」が登場するものの、やや消化不良気味です。もっとも、本書の肝はどちらかと言うと時間加速現象の方ですね。ホラー作品としてよりもSF作品としての評価になってしまいますが、悪しからずご了承ください(^^;)
 なお、本書は三重構造となっており、それぞれ語り手が異なるのですが、全て一人称の「わたし」となっているためにややこしくなっています(笑)
 最上位に当たる序文『著者からのメッセージ』の「わたし」、及び作中の注釈にある「編者」は作者ホジスン氏であり、奇妙な手記をホジスン氏が入手し公開したという形を取っています。
 一方、物語の冒頭と末尾に挿入される、アイルランドで手記を発見した「わたし」は、ホジスン氏ではありません。原文では、本書の説明として"Tonnison and Berreggnog"が一八七七年に発見した手記という言及が著者名のすぐ後にあり、この"Berreggnog"がこのパートの「わたし」のようです。(ここ以外には言及がなく、かつ日本語訳では省略されているため分かり辛い(^^;))
 メインストーリーでの「わたし」は、アイルランドの片田舎に隠棲する老人で、手記の作者です(おそらく十八~十九世紀の出来事)。なお、自分を「老人("old man")」と書いているものの、五十歳の壮健で大柄な男性らしく、現代基準ではそれほど老人とは感じられないかもしれません。

 「わたし("Berreggnog")」と友人のトニスンは、休暇を過ごすためアイルランドの西はずれにある片田舎クライテンを訪れました。二人は釣りやキャンプを楽しんでいたのですが、散策中にたまたま巨大な地面の裂け目と、そこに流れ込む大瀑布を発見します。そして、亀裂の周囲にあった遺跡から、ひどく傷んだ一冊の手記を見つけたのです。その手記に記された内容は……。

 隠棲した老人である「わたし(氏名不明)」は、年老いた妹メアリ(原文では"my old sister"なので、姉かも?)と老犬ペッパーと共に、大庭園に囲まれた古い屋敷に住んでいます。周囲の農民達からは、老人が彼らと関わろうとしないことから、気ちがいだと見做されていました。
 ある日の真夜中、書斎で読書をしていた老人は、奇妙な出来事を体験します。それは、自分の体が浮かび上がって地球を離れ、遠い星へと旅立つというものでした。彼は別の世界で、巨大な異教の神々に取り囲まれた闘技場(アリーナ)を思わせる円形の平地の中央に、自分の住む家とそっくりながらずっと大きな建物を見つけます。そして、建物の周囲では、ブタの顔を持った怪物が中へ侵入しようとしていたのです。
 意識が戻った後、老人は体験中に丸一日が経過していたことを知ります。しかし、自分が見たものが本当の体験だったのか、それとも幻覚だったのかは判然としません。
 そして、その体験から数か月後、家の近隣にある暗くて深い谷間〈窖(ピット)〉に近づいたところ、老犬ペッパーが何かに襲われ怪我を負ってしまいます。追い払おうとした老人が一瞬だけ目撃したのは、二足歩行でブタのような皮膚を持った生き物でした。
 その日以来、屋敷の周囲にはかつて闘技場で見たおぞましいブタ人間が現れ、老人の家へ侵入しようとし始めたのです。

 本書の注目ガジェットは、時間加速現象です。
 ブタ人間関連の出来事の後、老人は書斎で、世界の時間経過が加速していくという異常な体験をします。窓から見える太陽の日周運動が次第に速くなり、ついには天を走る光の帯になってしまうといった感じのものです。
 序盤の描写は、H・G・ウェルズ氏の名作『タイム・マシン』の影響を受けているようで、正直かなり似ています(^^;) もっとも、「地上にいる人間が何らかの手段で未来へ旅したときに見るもの」として極めて説得力のある情景なので、後続者が描いたものが似通ってしまうのは仕方がないところかもしれません。
 『タイム・マシン』が地球の終焉までを描いているのに対し、本書は更に進み、太陽系の終焉、太陽の消滅、更には宇宙自体の終わりを示唆するような極大スケールの時間・空間を飛び越える情景が描かれます。本書の立ち位置はファンタジー寄りで、描かれる宇宙も決して科学考証に優れるとは言い難いのですが、それでもこの描写は読者を圧倒してくれます。
 SFとして、宇宙そのものの終焉を描いた最初期の物語とも言われるようです。

 手記で語られる超常現象のもう一つの要素として、「彼女」の存在があります。
 邪悪なブタ人間達と対を成す、善なる存在として老人の前に姿を現す美しい女性で、老人に家を去るよう彼に忠告します。しかし、その「彼女」を愛してしまったがゆえに、老人は怪奇現象の起きる家を捨てようとはしないわけです。
 ただ、中盤になって唐突に登場する「彼女」が何者なのかは明かされない上に、言及も限られており、物語上であまり大きな役割を果たしているとは言い難いですね。また、この存在のせいで、ブタ人間達の恐ろしさが少々スポイルされいる印象があります。
 もっとも、そもそもの話として時間加速現象が壮大過ぎるせいで、個人的には「彼女」もブタ人間達の襲来も些事に感じられてしまうのですけど(^^;)

 作品発表は一九〇八年と、SFホラーとしてはかなり黎明期の物語です。
 同様の超ラージスケールのビジョン作品として、オラフ・ステープルドン氏の名作『スターメイカー』がありますが、本作にインスパイアされたとも言われます。
 また、本書は〈クトゥルー神話〉の開祖H・P・ラヴクラフト氏から(センチメンタルな要素を除いて:-))高く評価されており、氏が描いたコズミックホラーの先駆けとも位置付けられそうです。
 ホラー要素を宇宙的スケールと結びつけたマイルストーン的作品であり、後世への影響は小さくない模様です。さして怖くないという問題はあるものの(^^;)、この壮大さには目を見張るものがあります。

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