ドルセイ魂

[題名]:ドルセイ魂
[作者]:ゴードン・R・ディクスン


 未来史〈チャイルド・サイクル〉の一エピソードです。
 本書は中編二部構成からなるお話で、元々は後半の『兄弟たち』が独立した短編として発表され、"The Spirit of Dorsai"(原書)が出版される際に前半の『アマンダ・モーガン』と、間を繋ぐエピソードが書き下ろされた模様です。
 また、原書自体が豊富な挿絵が盛り込まれた、いわゆるイラストレイテッドSFで、日本語翻訳版にも原書と同じF・フェルナンデス氏のイラストが数ページと置かず差しはさまれているのも特徴です。美麗かつ力強いタッチが作品の雰囲気と非常にマッチしていて、没入感を高めてくれます。
 作中の時代としては、ドルセイ人女性のアマンダ・モーガン三世(『ドルセイ!』の百年ほど後の時代)が、初代及び二代目のアマンダに関連するエピソードを聞き手ハル・メインに語るという形態を取っています。
 前半の『アマンダ・モーガン』は、『ドルセイ!』より百年ほど前、惑星ドルセイへの植民が行われた少し後の時代に当たります。一方、後半の『兄弟たち』は『ドルセイ!』と同時代で、『ドルセイ!』や『兵士よ問うなかれ』で断片的に描かれたドナル・グレイムの叔父ケンジー・グレイムの暗殺事件が、警察長官の視点から描かれます。

◎アマンダ・モーガン

 惑星ドルセイへと入植して七十年ほど、九十二歳の老女アマンダ・モーガンは、曾孫のベッタが臨月を迎えたある晩、フォレイリー市長ピアースから恐るべき知らせを受けます。ドルセイの存在を快く思わない地球が、リーダー格であるクレタス・グレイムの不在を狙い、惑星ドルセイを占領するための同盟連合軍を送り込んできたと言うのです。
 ドルセイ人男性の多くは傭兵として他惑星へと出稼ぎに行っており、惑星ドルセイに残っている人々はほとんどが女性や子供・老人・傷病者です。同盟連合軍はこれを与し易しと考え、軍隊によるドルセイの占領・解体を目論んでいます。
 かつて、無法者の襲撃者を撃退したことで多くのドルセイ人から敬意を払われるアマンダですが、冷徹で厳格な女性という評価は彼女自身の望んだものではありませんでした。しかし、アマンダは内心の葛藤と肉体の衰えを押し隠し、病気で非常事態に対処できないピアースに代わってフォレイリー市長の座を受け継ぎます。
 果たしてドルセイは同盟連合軍を退けられるのでしょうか。

◎兄弟たち

 プロキオン星系の惑星セント・メリーで行われていた、異邦世界遠征軍と友邦世界軍の戦闘が集結した後……。(『兵士よ問うなかれ』参照)
 ブローヴェイン市の警察長官トマス・ヴェルト(トム、一人称主人公)は、勝利記念夕食会へ警察車両で移動中、同乗していたドルセイ人傭兵で異邦世界遠征軍戦闘司令官ケンジー・グレイムが狙撃で暗殺されるのを目撃します。
 セント・メリーは未だ情勢不安定であり、犯行はテロリスト〈青い戦線〉によるものと推測されました。ブローヴェイン市には直ちに戒厳令が敷かれることになります。しかし、犯人はなかなか見つかりません。
 ドルセイ人傭兵達は結束が高く、かつケンジーが極めて人望に優れた人物であったため、一般兵はブローヴェイン市に対する報復を望んでいました。一方、ケンジーの双子の兄弟であり、冷徹さで知られる戦闘指揮官イアン・グレイムは、行動を起こそうとはせず事態を静観しています。
 このまま座視すれば、ブローヴェイン市はドルセイ人の軍隊に蹂躙され、全滅することになります。事態を回避すべく、トムは奔走するのですが……。

 二つのエピソードは、アマンダ・モーガン三世が過去の時代の出来事を語るという形で読者に提示されます。
 アマンダ一世は文字通り『アマンダ・モーガン』の主人公ですが、『兄弟たち』にはアマンダ二世は全く登場しません。一応、二世はケンジーとイアンの幼馴染で三角関係にあったとされていますが、もともと『兄弟たち』は独立した中編だったため、後付け設定なのではないかと思われます(^^;)
 アマンダ一世は傭兵惑星ドルセイの文化形成自体に影響を与えた人物で、先に亡くなった長男ジミーのことで未だ心に傷を抱えているようです。九十二歳というかなりの高齢ながらも、フォレイリー市を率いて侵略者に立ち向かいます。深みのある、非常に格好いいキャラクタですね。
 『兄弟たち』では、誰からも好かれる陽気なケンジーと、いかなる事態にも動揺しないため冷血と評されるイアンの対比的な双子を通じ、ドルセイ傭兵部隊の有様が描かれます。このお話は『兵士よ問うなかれ』の裏エピソードでもあるため、こちらを先に読んでおくと内容が把握しやすいでしょう。
 本書は〈チャイルド・サイクル〉のメインテーマ〈分離文化〉からは少々外れるのですが、代わりにドルセイの価値観が描写されています。〈分離文化〉は最終的に勇気・哲学・信仰の三つに集約されるようで、このうち勇気を代表するドルセイ文化が大きく取り上げられているわけです。勇敢で誇り高いドルセイ人ですが、弱者を切り捨てる側面もあり、〈分離文化〉の危うさを表しているのかもしれません。

この記事へのコメント