兵士よ問うなかれ

[題名]:兵士よ問うなかれ
[作者]:ゴードン・R・ディクスン


 未来史〈チャイルド・サイクル〉の一エピソードです。
 元々、このお話は短編として書かれ、ヒューゴー賞を受賞しています。本書はその長編版にあたります。
 作品の時代は、ほぼ『ドルセイ!』とオーバーラップしており、ドナル・グレイム君も少しだけ登場する場面があります。もっとも、本書の主人公はドルセイ人ではなく、旧地球出身のニュース記者です。この一人称主人公タム・オリンもまた、本来ならば〈チャイルド・サイクル〉世界の未来にとって重要な人物なのですけど、ある経緯から復讐心に囚われることになります。

 活力を失いつつある旧地球で生まれた、タム・オリン(わたし)と妹のアイリーン。二人は両親を事故で失い、叔父マシアスに引き取られます。
 しかし、マシアスはウォルター・ブラント(『ドルセイへの道』参照)の信奉者で、文明の破壊を是とする冷酷で虚無的な人物でした。肉体的な虐待はなかったものの、マシアスの下で育った二人は抑圧的な成長期を過ごすことになったのです。
 マシアスの死により解放されたタムは、成人後に星間ニュース・サービスの記者となることを選びます。そしてアイリーンに誘われ、全ての情報を集約すべく旧地球で建造中の〈最終百科事典〉を見学しに行くことにしました。
 見学ガイドのライザ・カントに案内されたタムは、将来〈トランジット・ポイント〉となる予定の部屋で不思議な声を聞きます。それは、ごく一部の人間だけが感じ取れるものでした。〈最終百科事典〉の提唱者である老人マーク・トーレに、自分の後を継いでほしいと頼まれたタムですが、自分が〈最終百科事典〉に縛られることを厭い、それを拒絶します。
 この件をきっかけに、タムは他人の心を察知しそれを巧みに誘導する技術を手にしていました。彼は記者として頭角を現し始め、アイリーンとは疎遠になります。
 新地球(シリウス星系)での戦闘を取材中、アイリーンと結婚したカシダ人青年デイヴ・ホールが傭兵部隊に所属していることを知ったタムは、義弟が戦争に巻き込まれないようにするため自分の助手に選びました。しかし、最前線で無理な取材を敢行したことが裏目に出て、二人とも友邦世界軍に捕えられてしまいます。そして、狂信的な指揮官によりデイヴは捕虜協定を無視して銃殺され、タム自身も重傷を負いました。
 怪我を知って駆け付けたライザの献身的な介護によりタムは回復しますが、妹アイリーンとの関係は決裂します。アイリーンはタムの本質を、叔父マシアスと同じ『破壊』だと見抜き、タムからの一切の援助を拒否しました。
 誰にも共感を持たず、他人との関わりも望まない、歪んだ青年タム・オリン。僅かに残されていたアイリーンとの絆を失った彼は、狂信的な友邦世界そのものを憎み、その文明全体を滅ぼすことを決意します。タムには、それを成し遂げる地位と能力があったのです。
 二つの惑星からなる文明そのものを相手にした復讐劇は、どのような結末を迎えるのでしょう。

 本書の注目ガジェットは、再び〈分離文化(スプリンター・カルチャー)〉です。と言うか、SFガジェットらしいガジェットは〈チャイルド・サイクル〉には他にほとんど出てこないです(^^;)
 太陽系外に作られた植民惑星が、それぞれ異なる指向性を持った文明を形成することになった〈分離文化〉は、『ドルセイへの道』でのエピソードを契機に形作られることになりました。この文化形態が、実は極めていびつであることが本書にて明らかにされます。まあ、そもそもの話として「住人が兵士だらけ」「住人が哲学者だらけ」という社会はバランスを欠いていると言わざるを得ないですけど(^^;)
 この〈分離文化〉は人為的に形成されたものであり、それぞれの文化が持つ力と引き換えに生存能力が欠けているのだとされます。意図的な文化への破壊行為には脆弱であり、これがタム・オリンの介入する余地となります。
 〈分離文化〉は旧地球のそれぞれの文化の抜粋であり、純化することで人類の進化を促します。最終的には〈分離文化〉は再統合されることになるようです。それぞれの文化のうち、異邦世界は〈分離文化〉の価値を理解しており、これを維持するよう裏から働きかけている節があります。

 主人公であるタム・オリン青年は、『ドルセイ!』のドナル・グレイムのごとく他者の性格を読み取る技術に長けているようで、それを利用して他人の行動をある程度操れます(その割には、人の気持ちはあまり理解できていないですが(笑))。中盤以降、友邦世界を滅ぼすために主体的に行動していくことになるのですけれど、実際のところ彼の人生は二人の人間に翻弄されている気がしてなりません(^^;)
 一人は、彼の叔父マシアスです。マシアスは作中に直接登場することはなく(物語開始時に既に死亡)、タムの言及もあまり多くはないのですが、その人格形成に多大な影響をもたらしています。自分の住む旧地球を出涸らしで価値のない星だと決めつけ、タム兄妹に虚無主義を押し付けたようです。タムは叔父を憎悪していますが、にも拘らずその破壊的思想を植え付けられてしまったわけですね。
 もう一人は、ヒロイン格であるライザです。ライザはマシアスとは反対に、タムの中に破壊とは異なるものが存在することを一貫して信じ続けます。しかしながら、ライザの指摘がなければ、タムはアイリーンと対話せず逃げ続けたように思われるため、「友邦世界の破壊」を目指そうとはしなかったのではないかという気がします。罪作りな女性ですね。:-)

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