砂漠の惑星

[題名]:砂漠の惑星
[作者]:スタニスワフ・レム


 二十世紀旧東欧圏の巨匠レム氏による、非生命存在との接触を描いた〈ファーストコンタクトもの〉です。
 多くのSF作品に登場する異星生命体はしばしば容易に地球人類との意思疎通を図ることができますが(^^;)、レム氏はそこに疑念を抱いていたようです。氏のそうした考えを反映した作品の一つが、名作『ソラリスの陽のもとに』ですね。同作における惑星ソラリスを覆う巨大な海はそれ自体が知的生命体であり、人間が海を理解することが(かつ、おそらく海が人間を理解することも)不可能なほど隔絶した存在として描かれます。
 本書における〈黒雲〉もまた、人間の理解困難な存在です。もっとも、ソラリスの海ほど理解を阻むものではなさそうですけど(^^;)
 ただ、同じく異質な生命体(?)をメインに据えながらも、『砂漠の惑星』と『ソラリスの陽のもとに』は大きくスタイルが異なっています。『ソラリス』は異星生命との相互不理解に起因する悲劇が物語の中核ですが、本書は未知惑星の探検を主とし、加えて〈黒雲〉の存在形態を考証したハードSF寄りの要素を持つ物語に仕上がっています。

 乗員八十三名を乗せた宇宙船・無敵号は、未知の星であるレギス第三惑星に到着しました。
 一年前、この星へ無敵号と同型の宇宙船コンドル号が着陸したのですが、その後連絡が途絶え消息不明となっています。無敵号はその調査のために訪れたのです。
 ホルパフ隊長率いる無敵号のメンバーはレギス第三惑星の調査を始めましたが、陸上は砂漠化して、生命の痕跡すらありません。ところが、海には地球に似た生物が豊富に生息しており、これが地上に進出していない理由は不明でした。
 調査が進むうち、観測用人工衛星から都市のようなものの発見がもたらされます。無敵号から送られたチームが調査をしたところ、そこは死に絶えた廃墟でした。明らかに人工物と思われる金属製の廃墟は、地球人の知る建築物とはずいぶん様相が異なっており、本当に都市であるのかも判然としません。
 そしてさらに、コンドル号発見の知らせが入ります。コンドル号は傾いた塔のように見える姿勢で遺されており、乗員は全員死亡していました。調べが進むうち、コンドル号一行はまるで全記憶を失ったかのような状態に陥り、知力を喪失してなすすべもなく死んでいったことが判明します。
 果たして、コンドル号の乗員に何が起きたのか――レギス第三惑星の調査を続ける彼らは、やがてその原因と対峙することになるのです。

 本書の注目ガジェットは、〈黒雲〉です。
 〈黒雲〉は非常に小さな機械が無数に集合することによって、一種の群体生物のように振る舞う存在です(遠目では黒い雲がうごめいているように見えるため、〈黒雲〉と呼ばれます)。あくまで機械であり生物ではないのですが、まるで生きているかのように行動します。
 〈黒雲〉の基本構成要素は〈虫〉または〈ハエ〉と呼ばれる小さなY字型をした機械で、これが枝同士、もしくは枝と中央で電磁的に接合することで、大規模な構造を作り出すことができるようです。熱を利用したジェット噴射機構を備えており、単体の〈虫〉はせいぜい飛び跳ねる程度のことしかできませんが、複数が結合することにより飛行能力を獲得します。知覚能力も、結合数が増すほど増大していく模様で、壁の形成による通信妨害、更には無敵号所属の無人戦車の自律機能を狂わせたりしてきます。
 〈黒雲〉は地表の生命体を排除することを命題としているのか、人間に対して強い磁場を与えてきます。この磁場の影響で人間の脳から記憶が消去され、赤ん坊同然の廃人と化してしまいます。レギス第三惑星には元々地上生物が存在したことが化石により判明しますが、同様の磁場攻撃により全て排除されたようです。
 〈黒雲〉は数百万年に及ぶ進化の過程で、自動機械が自己増殖機能を獲得し、元の機械とは似ても似つかない存在へと変化したものです。無敵号が砂漠中に発見した廃墟は、実際には都市ではなく、〈黒雲〉との生存競争に敗れた別種の自己増殖機械とされます。
 なお、出自に関しては不明ですが、数百万年前に新星爆発した琴座ゼータ星の第六惑星住人が送った偵察用宇宙船が由来と推測されています。
 ちなみにですが、現実の「こと座ζ星」は二重星(連星ではなく、地球から見かけ上は並んで見えるだけ)で、かつZeta1 Lyraeは実際の連星(Zeta2 Lyraeも?)のようです。新星爆発を起こしうるのかは不明ですけれど、「琴座ゼータ星」だけだと恒星を特定できそうにないですね。:-)

 ストーリーの大枠は、比較的オーソドックスな「未知の惑星の調査」なのですが、前述の〈黒雲〉の設定に大きく筆が割かれています。機械の進化や、単純な〈虫〉が組み合わさることで複雑な〈黒雲〉を形成するなど、かなり読みごたえがあります。ただ、このせいで少々物語のバランスが悪くなっているのはご愛敬でしょうか(^^;)
 主人公に当たる人物は、無敵号の航宙士ロハンで、ホルパフ隊長の副官相当のようです。かなり損な役回りを押し付けられる立場で、特に終盤の展開は不必要に命を危険に晒す展開となり、内心ホルパフを罵る場面があります(笑)
 ロハンは〈黒雲〉と直接対峙する場面で、〈黒雲〉が科学者の言うような半自動的装置ではなく独自の知覚能力を持った存在であり、人間がそれを理解することはできないのだという認識に至ります。この、「人間には理解不可能な相手」の存在を認めた上で、拒絶ではなくありのままを受け入れようとしたロハンの姿勢こそが、レム氏の描きたかったことなのかもしれません。

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