月は地獄だ!

[題名]:月は地獄だ!
[作者]:ジョン・W・キャンベル


 本書は、月探検で遭難した宇宙飛行士達が、過酷な環境の中で必死に生き延びようとするサバイバルSFです。
 初出は一九五〇年で、さすがに現代の視点で見ると、現実に即していなかったり、荒唐無稽だったりする場面も見られるのですが、展開そのものは今でも十分に楽しめます。むしろ、月旅行が絵空事だった時代に書かれた作品とは思えないほど緻密に状況が綴られていることは、高く評価できる部分ですね。

 一九七四年、アメリカの宇宙飛行士が月の表側(地球側)に着陸するという快挙を成し遂げました。
 そして一九七九年、今度は隊長ジェームズ・ハーウッド・ガーナー博士に率いられた十五人の宇宙飛行士チームが月の裏側に着陸し、二年間滞在しつつ探検調査を行うという新たな計画が実行されます。月の裏側は地球からは見えないため、地球との電波による交信はできないのですが、隊員達は精力的に探検を行いました。途中、崩落事故により二名の命が失われたものの、残りの十三人は探検を乗り切りました。
 そして二年後、隊員達が待つ中、地球から送られた帰還用宇宙船は月面への着陸に失敗し、爆発四散してしまいます。月の裏側であるために、地球がトラブルを知るのは一ヵ月以上先、かつ新規にロケットを開発するのは少なく見積もっても八ヵ月はかかります。けれども、探検隊に残された酸素は二ヵ月分しかないのです。食料も十分とは言えません。
 ここに至り、探検隊は総力を挙げて生き残る術を探ることにします。いつか来るだろう救助を信じて。
 幸運なことに、メンバーの多くが異なる分野での科学の専門家でした。各々の知識を活用することで、岩石から酸素を取得し、不足する電力を補うため光電池を制作し、更には岩を掘り進んでドーム基地に代わる居住地を創り上げていきます。
 しかし、重要な懸念材料がいくつかありました。その一つが、探検隊が生き延びていることを地球側が知らないということです。酸素が取得できなければ、隊員は既に全員死亡しているはずで、地球側が救助を断念しているかもしれないためです。
 そしてもう一つ、ただでさえ足りない食料が、何者かにより盗まれているという事態がありました。果たして、食料泥棒はメンバーのうち誰なのか……。

 本書の注目ガジェットは、月面で生き延びるための工夫です。
 まず、喫緊の課題となる酸素の取得については、石膏から水を取り出し電気分解することで解決を図ります。これは、二水石膏を加熱することで水が得られるというものですね。(作中世界では月にかつて大量の水があったと設定されているので、石膏が月面にあってもおかしくはない?)
 また、この電気分解及び様々な需要を満たすため、セレン化銀を使って光電池(フォト・セル)を作成することになります。この光電池は、現代に普及しているシリコン製のものとは異なる、いわゆるセレン光電池のたぐいと思われます(シリコン太陽電池の発明は本書発表より後)。構造的にさほど複雑ではないため手作業による自作も可能でしょうが、変換効率がかなり低いという問題があります。このため、作中では連日大量に光電池を生産し続けることになります。
 話が進むと、暖房装置、液水液酸エンジンに改造されたトラクター、発電機といった機械装置類に加え、掘り進んだ採掘所を利用した居住区、更には人工的に食料まで作り出してしまいます。:-)
 全体的に技術的難易度がかなり軽視されている点は目を瞑るにしても、さすがにタンパク質を生物の助けも借りず化学合成してしまうのは少々やりすぎですね。化学的に合成するとなると、鏡像異性体の問題も出てくるはずですし。(あるいは、後半のトラブルがこれに起因するとも解釈できそう)
 面白いことに、不足した鋼鉄製つるはしの代わりとして、固体水銀製つるはしが使われる場面があります。常温で液体である水銀が、月の低温環境下では岩石を砕けるほど固くなる、ということのようです。水銀は融点(摂氏マイナス三八・八度)付近ではかなり柔らかいはずですが、もっと冷やせば硬化するのでしょうか。いずれにしても、水銀製つるはしで掘り進んだ場所に住居を構えるのはかなり恐ろしい状況のように感じられますね(^^;)

 物語構造としては、プロローグ/エピローグ及び若干の説明箇所を除くと、ほぼ全編が副隊長トーマス・リッジレー・ダンカン博士の日記で綴られていきます。一日の終わりに出来事を振り返って書かれた日記の形を取るため、会話文はありません。小説としてはやや異色ですが、これが逆にリアリティを高めてくれます。
 隊員は十三人(二人はプロローグで死亡し、作中にはほぼ言及なし)で、執筆者という位置付けのダンカン以外の人物は間接的にしか描かれません。しかしながら、各々にかなり活躍の場があるため、キャラクタを取り違えることもないでしょう。
 特に後半は緊迫感のある展開が待っており、タイトル通り「地獄のような月面の極限環境で生き延びようと足掻く様」に、手に汗を握ることになります。

 興味深いのは、六十年後に書かれ映画化もされたアンディ・ウィアー氏のサバイバルSF『火星の人』との類似点です。ウィアー氏は執筆時点では本書をご存じなかったそうなので、あくまで偶然ではありますが。
 本書『月は地獄だ!』は月面で十五人の探検隊、『火星の人』は火星で独りぼっちという違いはありますけど、地球外環境でどちらも孤立した状態での生き残りというシチュエーションが似ています。表現が日誌形式であることや、科学知識に基づいて問題への対処に当たる部分も共通していますね。
 もっとも、物語のトーンはかなり異なります。『月は地獄だ!』は複数人であることから終盤にはサスペンス的展開がありますし、いささかトントン拍子に話が進むのも大きな違いと言えそうです(笑)(『火星の人』は「一難去ってまた一難」なので)
 本書ならではの部分としては、無聊を慰めるためのレクリエーション関連が挙げられるでしょうか。作中では殺風景な部屋の壁に隊員が壁画を描いたり、水を溜めたプールで泳いだりする場面があります。「月面での水泳はどうなるのか」という考察も面白いですね。

 現実に実行されたアポロ計画と比較すれば、本書の月探検は色々と不備がある点は否めません。(特に、地球との交信手段がないのは問題。せめて通信中継用の月周回船を軌道上に残しておけば……(^^;))
 とは言うものの、冒頭で述べた通り、本書が執筆されたのはアポロはおろかスプートニク1号打ち上げよりも更に前です。月面がどうなっているのか、そこで人が活動するにはどうすればいいのかといった考察は、ほとんどSF小説の中にしか存在しない時代ですね。その状況で、空想的な方向へ舵を取らずリアリティを追求した本書の内容は、むしろ称賛に値するでしょう。
 キャンベル氏はSF雑誌の編集長としても辣腕をふるい、SF小説における科学考証の向上に貢献することになります。本書には氏のその姿勢が強く表れていると言えるのではないでしょうか。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    「タイトルほどの地獄的な状況には陥ってないのでは?」と思いながら読み進めましたが、終盤で意表をつかれました。最後のトラブルが、タイトルにつながるのですね。(怪しい物を食べちゃダメでしょとの突っ込みはありますが。笑)

    >せめて通信中継用の月周回船を軌道上に残しておけば……

    これが書かれた時代は既にクラークが通信衛星案を正式発表してるから、取り込んでもよさそうですよね。もしくは地球の見える側に通信アンテナ施設を建てて、月の裏側の基地とケーブルで繋げておくなど、他にも案はありそうです。
    敢えて孤立させるための設定であれば、中継システムの予算が経費節減のためにとれず隊員たちが不平を言ってるなどのエピソードなどが少しでもあれば、なんとか納得いきそうですが。

    >「月面での水泳はどうなるのか」

    飛込みをすると、水が全部外に出ちゃったりとか?(笑)
    水の粘性や摩擦などに変化はあるのか、息継ぎはちゃんとできるか、地球上より泳ぎは速く(遅く?)なるのかなど、アシモフの科学エッセイなどで書かれてそうでちょっと気になります。
    2018年11月02日 06:51
  • Manuke

    > (怪しい物を食べちゃダメでしょとの突っ込みはありますが。笑)

    栽培ならまだしも、食料合成は怖いですね。
    綿やリンネル(リネン)のようなセルロースを分解する部分はまだ納得できるのですが……。
    そういえば、一昔前に「AMDのCPU梱包材はコーンスターチだから食べられる」というネタがありましたけど、案外そうした「食料ではないけど食べられるもの」を元に作ったののかもしれません(^^;)

    > 敢えて孤立させるための設定であれば、中継システムの予算が経費節減のためにとれず隊員たちが不平を言ってるなどのエピソードなどが少しでもあれば、なんとか納得いきそうですが。

    確かに。何らかのフォローがあれば納得しやすいかも。

    > 水の粘性や摩擦などに変化はあるのか、息継ぎはちゃんとできるか、地球上より泳ぎは速く(遅く?)なるのかなど、アシモフの科学エッセイなどで書かれてそうでちょっと気になります。

    以前、イグノーベル賞で水上歩行に関する考察が受賞していましたけど、あれによると月面ならば人間の脚力で水上歩行できるらしいですね。
    実際に走ってみたらどんな感触なのか、体験してみたいです。:-)
    2018年11月04日 15:57