スモーク・リング

[題名]:スモーク・リング
[作者]:ラリイ・ニーヴン


※このレビューには前作『インテグラル・ツリー』のネタバレがあります。ご注意ください。

 中性子星を取り巻く巨大な生命圏スモーク・リングを舞台とした、ニーヴン氏の異世界SF第二弾です。
 物語は前作『インテグラル・ツリー』から二十年後、クィン一族の生き残りが困難の後に辿り着いたインテグラル樹「市民の樹」から始まります。
 前作では特定のキャラクタのみが大きく取り上げられることはなく、主にギャヴィング/〈院生〉ジェファー/クレイヴといった複数の登場人物の目線、そしてコンピュータ上の疑似人格ケンディの俯瞰視点からお話が進んでいきました。展開としては、ストーリーよりもスモーク・リングの世界設定そのものに力点が置かれています。
 一方今作では、主に二人の人物が鍵を握ります。表の主人公ラザーはギャヴィングの息子で、ストーリーは彼が中心です。もう一人(?)の主役はケンディで、今回はアドバイザー的役割となって展開にも関ってきます。
 平穏な生活を謳歌するシチズン樹の面々の元に、ある遭難事故をきっかけとして、きこりのブース一家がやってきました。近隣の〈クランプ〉に発達した文明が存在することを知った〈科学者〉ジェファーらは、情報を得るためにそこへ向かうのです。

 ロンドン樹での反乱、そしてカームの暴走という苦難を経て、無人のインテグラル樹へと辿り着いたクィン一族他数名。彼等はそこを市民の樹(シチズン・ツリー)と名付け、平穏な生活を取り戻しました。
 そして二十年の歳月が過ぎ、市民達の間に生まれた子供が成人に差し掛かった頃、ある事件が起きます。シチズン樹の近くにあった別の樹で火災が起き、そこから翼を足に生やした人間が飛び出してきたのです。
 それは、家長ブースが率いるきこりの一家で、火災は事故によるものでした(翼は空中を飛ぶための道具)。シチズン樹の者は彼等を救出し、仲間へと迎え入れます。そしてブース一家から、シチズン樹からやや離れた〈クランプ〉(ラグランジュL4にある吹きだまり)に高度な文明があることを教わります。
 時を同じくして、播種ラムシップ〈紀律〉号のコンピュータに収められた人格シャールス・デイヴィス・ケンディが再びコンタクトを取ってきました。そして〈科学者〉ジェファーに対し、〈クランプ〉を調査すべきだと提案します。ケンディはスモーク・リングの住人を再統一し、〈国(ザ・ステート)〉に忠実な市民へ仕立て上げるという野望を持っていたのです。ジェファーはケンディに対して疑念を抱きつつもその提案を受け入れます。
 メンバーとして白羽の矢が立てられたのは、ギャヴィングの息子ラザーでした。ラザーはスモーク・リングの住人には珍しい倭人(一般的な成人の身長が二・五メートル以上あるのに対し、ラザーは一・九メートルしかありません(^^;))で、〈紀律〉号から持ち出された銀色スーツ(気密服のこと)を着ることができるのは倭人だけだったからです。
 シチズン樹の〈議長〉クレイヴ、〈科学者〉ジェファー、ラザー他数名からなる派遣団は、きこりに姿を変えて〈クランプ〉へと向かいました。そこで彼等は、スモーク・リングに適応した形で独自の文明を発達させつつある国家、〈アドミラルティ〉を目にするのです。

 本書の注目ガジェットは、スモーク・リングです。
 太陽系から五十二・一光年離れた位置にある恒星T3は中性子星ルヴォイを伴っており、更にルヴォイの周囲にはガス円環体が取り巻いています。ガス円環体の中心部に相当する部分は生物が生息可能なほど濃度の高い空気が存在し、遠目には緑がかった雲のように見えます。これがスモーク・リングです。
 リング内には地球の二・五倍ほどの質量を持つ惑星ゴールドプラットが隠れています。ガス円環体は元々ガス惑星だったゴールドプラットの大気がはぎ取られ、ルヴォイの周囲を周回するようになったものです。通常であればこうしたガス円環体は安定して存在できませんが、中性子星の急峻な重力勾配のために数億年単位の寿命を持つとされています。
 スモーク・リングの面白い点は、超広大な生命圏でありながら無重量環境という点ですね。リングの直径は二万六千キロメートルあり、無数の生命をその中に宿しています(インテグラル樹もその一つ)。多くの動植物はこの無重量環境に適応し、生態系を構成しています。
 作中に登場するスモーク・リングはもちろん架空の存在ですが、ガス円環体は現実に存在するものです。例えば、木星の衛星イオやエウロパ、土星の衛星タイタン、海王星の衛星トリトンは希薄なガス円環体を有しています。(解説によると、ボイジャー一号の土星接近が本作執筆のきっかけとなったそうです)
 もしかしたら宇宙のどこかに、本当にスモーク・リングが存在する可能性もないとは言い切れません。ニーヴン氏の別作品『リングワールド』は、巨大な居住空間とファンタジー風の舞台という点では似通っていますが、この実在性という部分が自然物であるスモーク・リングと人工物であるリングワールドとの一番大きな違いかもしれませんね。

 今作ではラザー少年が体験するスモーク・リングでの出来事の他、ケンディの視点も見所です。
 〈紀律〉号のコンピュータであるシャールス・デイヴィス・ケンディは、全体主義国家〈国〉の〈監察官〉の人格をコピーしたもので、人間とコンピュータプログラムの特性を併せ持ちます。人間並みの高度な状況認識力や感情を持ちながら、基本的に不死であり、不要になった記憶を消すことができます(忘れるのではなく削除)。世界観を共有する別作品『時間外世界』にも同様な存在・ピアッサが登場しますが、ピアッサがあくまでラムシップの航行コンピュータであるのに対し、ケンディは〈紀律〉号の指揮権を有しています。
 五百年前に反乱が起きた際、ケンディはその子孫に禍根を残さないよう、事件のあらましに関する記憶を抹消しています。このため当事者でありながら、ケンディ自身も五百年前の反乱事件の真相を知らないという、なかなか面白い設定ですね。
 お話の構図としても、本作はケンディの視点から始まり、ケンディの視点で締めくくられるという、前作を踏襲したものになっています。しかしながら、作品の後味ががらりと変化している点は見事です。ハードSFとファンタジーの世界が融合した、『インテグラル・ツリー』と対を成す傑作小説です。

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