インテグラル・ツリー

[題名]:インテグラル・ツリー
[作者]:ラリイ・ニーヴン


 本書『インテグラル・ツリー』は、中性子星の周囲に存在する居住圏を舞台とした異世界SFです。
 ラリイ・ニーヴン氏の作品では、未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉に登場する超巨大構造物リングワールドがファンタジー的なタッチで描かれています。本書のスモーク・リングも、これに近い感じですね――但しリングワールドとは違い、こちらは人工物ではありません。スケールこそリングワールドには及びませんけど、その不思議な世界は同じくらい魅力的です。
 設定としては、本書は別作品である『時間外世界』と世界観を共有しているようです(ストーリー上の関連はなし)。『時間外世界』は三百万年後の地球がメインですけれど、こちらはそこまで超未来ではありません。地球を支配する全体主義国家・〈国〉が勢力を保っている頃と思われます(具体的な記述はちょっと見当たりませんが、三十五世紀ぐらい?)。
 中性子星ルヴォイを取り囲む居住圏スモーク・リングに浮かぶ積分記号型の樹木、インテグラル樹。その上で暮らしていたクィン一族には、ある危機が迫っていたのです。

 地球全土を支配する全体主義国家〈国(ザ・ステート)〉は、自らの存続をより確かなものとするために周囲の恒星へ播種ラムシップを送り込み、人類の居住地を増やそうとしていました。
 その一つ〈紀律(ディシプリン)〉号は、恒星T3と中性子星ルヴォイからなる連星系に辿り着いたとき、そこで奇妙なものを発見します。ルヴォイの周囲にはガス惑星から引き剥がされた巨大なガス円環体が存在し、その中心部であるスモーク・リングには生命が存在したのです。
 本来、〈紀律〉号の最優先任務は多数の恒星を歴訪することでした。しかし、ここで反乱が起こり、乗組員は〈紀律〉号を捨ててスモーク・リングへ移住してしまいます。
 そして五百年あまりの時間が流れます。移住した人間達は科学技術を失い、生活は前近代レベルに退行していました。
 スモーク・リングの中に浮かぶ巨大なインテグラル樹の一つ、ドールトン=クィン樹には、ある困難が訪れていました。樹がスモーク・リングの中央を外れ、内側に寄り過ぎてしまったことで干魃と飢饉が起きていたのです。
 この事態に対処するため、遠征隊が送り出されることになります。クィン一族のいる端房から出て幹を登り、食料を調達してくるという危険な任務でした。
 一族を率いる〈議長〉の娘婿ながら妻とうまくいっていない戦士クレイヴ、〈議長〉の息子が死ぬ場面に居合わせた若者ギャヴィング、足が不自由な年配の女メリルと、厄介払いに等しいメンバー八人が選抜されました。しかし、そこへ学問を学ぶ〈院生〉ジェファーが加えられます。
 失われた科学の残滓を細々と伝える〈科学者〉は、この干魃が更なる危機的状況をもたらし、遠征に参加しない者は残らず死ぬだろうと予測していました。そこで、〈院生〉が厄介払いされるよう工作し、知識を収めた貴重なカセットと読み取り機を彼に託したのです。
 やがて遠征隊は、出立の時を迎えます――その先に待ち受ける困難を誰一人知らないまま。

 本書の注目ガジェットは、題名にあるインテグラル樹です。
 中性子星ルヴォイを取り巻く広大な生命圏スモーク・リングは無数の生命を宿しており、中でも特徴的なのがインテグラル樹です。長さ百キロメートルにまで成長する巨大な樹木で、ルヴォイの潮汐力により垂直の姿勢を保ち、数千本がスモーク・リングの中でスポークのように並んで浮かんでいます。
 樹の上下先端では、軌道速度の違いから逆方向に風が吹いていて、支幹(ブランチ)が水平方向に伸びています。これによって、樹は積分記号(インテグラル・サイン)『∫』の形に見える訳ですね。
 折れ曲がった部分には緑が茂っていて、端房(タフト)と呼ばれます。ここは食物が豊富なことから、地球からの移民者が棲み付く場所となっているようです。端房の辺りでは潮汐力により五分の一G程度の重力が存在しますが、上に登るにつれ弱まり、幹の中心では無重量状態となります。(更に登ると、逆方向に潮汐力がかかる)
 スモーク・リングに棲息する動植物は、大気の濃密な中央から離れることのないよう翼やジェット噴射による移動能力を持っています。一見するとただの大きな樹であるインテグラル樹はそうした手段を持たないように見えますが、実はそうではないことが作中で明かされます。(ネタバレになってしまいますので、ここでは伏せさせていただきます。ご了承ください)

 本書は中性子星の周囲に広がるガス円環体を舞台とした宇宙SFですが、内容としては異世界ファンタジー的でもあります。
 スモーク・リングには土着の生物が多数存在し、それらの奇妙な生態がストーリーを彩っています。ほとんど口と翼と尾だけの飛翔動物・つるぎ鳥(ソードバード:"swordbird")、長い鼻を持つ肉食獣・ダンボ("Dumbo")、回転翼を持つコプター草、ガスと種子を吹き出すジェット莢等々……。(七面鳥のように地球から持ち込まれた動植物も若干存在するようです)
 また、遺伝的ではなく居住環境から来るものですが、地球からの移住者は低重力のために概して身長が高くなっています。インテグラル樹の端房で生きる者は身長二メートル半程、無重力環境では三メートルに達します。
 こうした人々と舞台の織りなすファンタジー風の冒険に、〈紀律〉号のコンピュータにコピーされた人格シャールス・デイヴィス・ケンディ(この辺りの設定は『時間外世界』と共通)が関ることによってSF的側面が加わり、多面的な面白さを味わうことができます。ニーヴン氏の代表作『リングワールド』とはまた異なる、良作の異世界SFです。

この記事へのコメント

  • nyam

    作品の表紙は軽やかに空中を舞う女性のイラストでしたよね。
    わたしは読む前にイラストに惚れました!

    スモーク・リングもある種のダイソン球でしょうか?
    2008年05月11日 17:59
  • Manuke

    空を舞うのは続編の『スモーク・リング』の方ですね。
    広大な無重量環境で自在に飛び回るというのは、かなり憧れるシチュエーションです。
    体験してみたいものですが、現実にはちょっと無理そう。スカイダイビングがやや近い感じなんでしょうか。

    囲われる殻やリングの代わりに重力勾配で支えられているようですが、長期的にはガスが逃げてしまうのは難点かも。
    ダイソン球殻のように恒久的な居住地とするなら、ガスを供給して維持する仕組みが必要かもしれません。
    2008年05月12日 00:08
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