モロー博士の島

[題名]:モロー博士の島
[作者]:H・G・ウェルズ


 本作は近代SFの父H・G・ウェルズ氏による、恐るべき生物実験とその結末を描いた物語です。
 今日において、「生物を別の形態に作り替える」という文から人々が思い浮かべるのは遺伝子操作だと思われますが、『モロー博士の島』の中で扱われるのはあくまで解剖学的な手術です。現代科学の視点から眺めると、手法そのものはやや古びた感が否めません。
 しかしながら、その内容に関しては決して時代遅れとは言えないでしょう。むしろ、この作中で行われるような実験を単なるフィクションと切って捨てることができなくなった現在、本作は発表された頃よりもいっそう、私達の前にその問いを突き付けてくるとも感じられます。
 乗っていた船が難破し、漂流していたところを救助されたプレンディック。彼が連れて行かれたのは、科学的野心に取り憑かれた男モロー博士がおぞましい実験を行う島だったのです。

 物語は英国紳士エドワード・プレンディックが、かつて起きた事件を振り返った手記の形で綴られます。
 ペルーから出航した帆船レイディ・ヴェイン号は、一八八七年二月一日、南緯一度・西経一〇一度付近で難破船に衝突し、遭難します。乗船していたプレンディックを含む三人は救命艇で逃れますが、ボートには水も食料もほとんどありませんでした。やがて諍いが起こり、残り二人の男は海へ転落してしまいます。
 プレンディックが飢えと渇きに朦朧としていたとき、一隻の小型船が彼に救いの手を差し伸べました。救助され、やがて寝棚から起きられるまでに回復したプレンディックは、状況の奇妙さに気付きます。
 救い主の医師モンゴメリーは彼と同じイギリス人でしたが、その従者は獣のような異相をした得体の知れない男でした。船上には数々の動物が乗せられていて、船員達は動物や従者を嫌悪していたのです。
 程なく、船は絶海の孤島へ辿り着きます。島には白髪の男と、異様な体つきをした何人とも知れぬ水夫達が待っていました。白髪の男は当初プレンディックの上陸を拒否しますが、船乗り達がプレンディックをボートへ置き去りにしていくと仕方なく彼を受け入れることにします。
 モンゴメリーは白髪の男をモローと呼びました。プレンディックは、かつて残酷な生体解剖によってイギリスを国外追放された高名な生理学者がモローという名だったことを思い出します。そして、動物じみた島人達は恐ろしい人体実験の犠牲者なのではないか、と想像しました。
 しかし、プレンディックの予想は間違いでした。モローは人間を野獣に堕落させていたのではなく、全くの逆――動物を人間化していたのです。

 本作の注目ガジェットは、獣人("The Beast Man")です。
 科学研究に人生を捧げたマッドサイエンティスト、モロー博士が生み出した、動物をベースとする人間型生命体。それが獣人です。
 冒頭で触れた通り、これは遺伝子操作によって創造されたものではなく、あくまで解剖学的手術により動物を人の姿に作り替えたものです。同一もしくは複数の動物の組織を繋ぎ合わせることにより、人間に近い姿形を作り上げます。また、精神に対しても、催眠術等を駆使して本能を抑圧することが行われています。
 獣人の知能は高くありませんが、人語を解し、文字を読んだり簡単な算数を行ったりすることもできるようです。モロー博士は自らを〈主〉に位置付け、「四つ足で歩くなかれ」・「生肉、生魚を食べるなかれ」といった〈掟〉により獣人を宗教的戒律で律しています。
 本作の発表から百年以上が経過した現代では、さすがに外科手術で動物を人間にしてしまうという設定は少々無理を感じるところですね。けれども、生物学の発達により今日の私達は遺伝子操作という手段を手に入れ、限定的ながらも動植物を実際に作り替えることが可能になっています。動物と人間を隔てる垣根が取り払われたとき、というIFの世界を読者に提示する『モロー博士の島』は、その本質的な意味では今なお魅力を失っていません。

 本作を読んで気付かされるのは、『ガリヴァー旅行記』との類似点です。
 ジョナサン・スウィフト氏の著名な風刺小説『ガリヴァー旅行記』、中でもフウイヌム国編では、人の姿をした下劣な獣・ヤフーを通じて人間性というものに対する痛烈な批判がなされます。この『モロー博士の島』でもまた、プレンディックの視点から、獣人の振る舞いと人間のそれとの比較が行われます。物語の展開や主人公の末路も近い部分がありますね。
 もっとも、ほとんど悪意に近い『ガリヴァー旅行記』の全方位攻撃(^^;)とは異なり、本作は人の理性に希望を残している点は大きな差異かもしれません。
 自らの研究のために獣人を生み出したモロー博士は、しかし必ずしも邪悪な人間として描かれているわけではないのも面白い部分ですね。彼は獣人の苦しみに頓着せず、倫理など気にかけない、ある意味無邪気な人物です(だから余計にタチが悪い)。SF作品にはしばしばマッドサイエンティストが登場しますけど、モロー博士は中でもとびきりその称号に相応しい、一種の抗しがたい魅力を放っているのではないでしょうか。

この記事へのコメント

  • nyam

    手術で動物を人間に改造するんですか。ショッカーもビックリです。
    ただこういうネタでいつも気になるのは、人類が進化の頂点にあると、単純に信じていることでしょうか。
    獣人にはもっと別のゴールがあるのではと思います。

    いま、ラヴクラフトの小説を読んでいるので、「退化した黄色人種」のわたしはちょっとひねくれちゃいました。
    2008年05月05日 18:54
  • Manuke

    モロー博士の場合、動物の人間化は何か高尚な意図があったわけではなく、「審美的な意味で強く訴えるものがある」という理由だそうです。つまり、美学ですね(^^;)

    ウェルズ氏ご自身は、いわゆる社会ダーウィニズムに染まっていたようで、優生学を信奉していたとされます。
    まあ、十九世紀末は人間が猿の延長線上にあるという認識がなされて間もない頃ですから、進化という概念が様々に拡大解釈されていたのも無理からぬところです。
    2008年05月06日 01:12

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