サリーはわが恋人

[題名]:サリーはわが恋人
[作者]:アイザック・アシモフ


 本書『サリーはわが恋人』は、巨匠アイザック・アシモフ氏の作品十五編を集めた短編集です。最初に"Nightfall and Other Stories"として出版され、後に分冊になった"Nightfall Two"の翻訳版ですね。("Nightfall One"は『夜来たる』の名前で和訳されています)
 オリジナルの"Nightfall and Other Stories"は公表年代順に短編を並べ、「評価の高い初期短編『夜来たる』以後、腕前が上がったかどうかを読者に判断してもらおう」という意図があります。分冊後もこの構造は変わっておらず、『サリーはわが恋人』は一九五〇年代から一九六〇年代にかけて発表された作品群、すなわちSF黄金時代まっただ中に書かれた短編を多く取り上げているわけです。
 収録数を比較すると分かるように(『夜来たる』は五編収録)、本書に含まれる作品は比較的短いものになっています。このせいもあって、オチの切れ味が良いお話が多いように個人的には感じられます。

◎正義の名のもとに

 後世で偉人としてあがめられるアルトメイヤーと、その対比となる人物ストックの人生を綴った物語です。
 人類は団結すべきだと考える青年リチャード・サヤマ・アルトメイヤーは、来たるべき地球・サンタニ間の戦争に対して反戦活動を行っていました。友人のジェフリー・ストックは、たった一人での反戦など無意味だと彼をたしなめますが、アルトメイヤーはそれを聞き入れようとはしません。そして、徴兵忌避の罪でアルトメイヤーは投獄されてしまいます。
 その後もアルトメイヤーは連邦主義者として、異星人ディアボリ人の使節団にテロ活動を行ったりしては、幾度も投獄され続けます。その一方、ストックは体制側について出世し、防衛省長官を経て、遂には地球元首に上り詰めるのです。

◎もし万一……

 ノーマンとリヴィの二人は、結婚五周年の記念として汽車でニューヨークへ遊びに行くところでした。妻のリヴィは、もし万一二人が出会っていなかったらどうなっていただろう、という問いを発します。しかし、ノーマンは取り合おうとはしません。
 ふと気付くと、いつの間にか二人の向かい側の座席に小柄な男が座ってました。その男の持つ黒い箱には、〈もし万一〉という言葉が書かれていました。
 そして、その男はおもむろに箱から霜ふりの板ガラスを取り出し、二人に向けます。そこには、二人が出会ったときの光景が映し出されていたのです。

◎サリーはわが恋人

 ジェイコブ・フォーカーズは養車院の管理者を務める老人でした。
 養車院とは、引退した自動式自動車(陽電子頭脳を搭載し、人間の操縦を必要としない完全に自動化された車のこと)を引き取って世話をする施設です。自動式自動車を所有した人間はそれに愛着を抱くことが多く、自分の死後に車の面倒を見てくれる者を必要としたためです。
 ジェイコブは養車院の車に愛情を持って接し、車達もまた、喋ることこそできないもののジェイコブを敬愛していました。中でもサリーと名付けられた二〇四五年型コンヴァーティブルはジェイコブのお気に入りでした。
 そんなある日、養車院を一人の男が訪問します。その男レイモンド・J・ゲルホーンは、最初こそ紳士的な風を装っていましたが、実のところ養車院の自動式自動車を売り捌いて金にしようと目論んでいたのです。ゲルホーンはジェイコブに、金を山分けする代わりに協力するよう持ちかけますが、ジェイコブはそれを拒否します。
 しかし、ゲルホーンはそれで諦めた訳ではありませんでした。二日後の深夜、彼は再び養車院に姿を現したのです――ピストルを突き付けて。

◎蠅

 サイバネティックスの権威とされるジョン・ポールン博士は、大学の同窓会に出席して二十年ぶりの旧交を温めていました。
 その友人の一人ケンデル・ケーシーは、絶えず蠅につきまとわれるという厄介な体質で、本人も辟易していました。その体質を活かして現在は殺虫剤の研究者になっていましたが、相変わらずその原因は判明していません。
 ポールンがケーシーに再会したとき、ケーシーはかつて行った実験について尋ねてきます。ポールンは在学時、動物の感情を読み取る機械を研究しており、ケーシーにつきまとう蠅がどんな感情を抱いているのかを分析してみたことがあったからです。それに対してポールンは答えをはぐらかし、良く覚えていないと答えます。
 けれどもそれは嘘でした。

◎ここにいるのは――

 電気技術者のビル・ビリングスは、友人の数学者クリフ・アンダーソンと共に小型の思考機械を開発していました。壁一面を塞ぐ大型計算機のうち、重要である電流のコントロール部分をだけ取り出した、持ち運び可能なサイズのものです。
 ある晩、ビルは恋人のメアリー・アンと芝居を見に出かける前、クリフに電話をかけます。用件を終えて受話器を置いたちょうどそのとき、ドアのベルが鳴りました。
 ドアの外にいたのは、今まさに電話をかけた相手のクリフその人でした。ビルが電話した研究室は十キロメートルも離れていて、クリフが出られるはずがないのに、です。(※作品が書かれたのは携帯電話のない時代です)
 果たして、電話に出たのは誰だったのか――。

◎こんなにもいい日なんだから

 空間を飛び越えて別の場所へ行くことができる“ドア”が普及し、人々は屋外へ出ることなく移動や旅行ができるようになった時代。
 リチャード・ハンショー二世は通学のために“ドア”を使おうとしたのですが、それは故障のために作動しませんでした。母親のハンショー夫人は隣家のお宅にある“ドア”を借りるよう言い付け、リチャード少年は嫌々ながら“非常用ドア”(つまり普通の)から外へ出かけます。
 ところが、リチャードは言い付けに従いませんでした。あろうことか、お隣の家の“ドア”を借りずにそのまま学校まで直行し、靴を泥だらけにしてしまったのです。
 学校の教師に、リチャードは精神探査を受けるべきだと忠告されたハンショー夫人ですが、反発を覚えてそれには従いませんでした。しかし、リチャードはその後も普通のドアから戸外へ出かけるという奇行をやめず、心配になったハンショー夫人は遂に、精神科医のハミルトン・スローン博士に相談することにします。

◎スト破り

 地球人の社会学者スティーヴン・レイマラク博士は、調査のために小惑星エルシヴィアを訪れていました。直径数百キロメートルの小さな孤立した世界における生活形態を調べるためです。
 エルシヴィアは自給自足のため、あらゆるものが生成利用されています。そして社会は厳格なカースト制度によって平穏に維持されていました。
 数日を過ごすうちに、レイマラクはあることに気付きます。「彼」なる人物が、何やらエルシヴィア議会に対して、(彼等の基準からすると)不当な要求のためにストライキを起こしているらしいということに。しかしその目的も、名前すらも、新聞記事には記載されていませんでした。
 それはエルシヴィア社会に潜む闇、差別に苦しむ男の孤独な戦いだったのです。

◎つまみAを穴Bにさしこむこと

 宇宙ステーションA5では、様々な機器がトラブルを抱えていました。
 宇宙船で最も貴重なものは貨物用の空間であるため、宇宙ステーションに持ち込まれる装備類は全て、分解収納されて運ばれます。不器用な手と、不十分な工具で、いいかげんな説明書をたよりに組み立てられた機材はしばしば故障を起こしたのです。
 窮状を訴える宇宙飛行士に対して、地球側はある解決策を持ち出したのですが……。

◎当世風の魔法使い

 治安判事のニコラス・ナイトリーは独身でした。そのことを不思議に思った「わたし」がクラブでアルコールを交えながら尋ねると、ナイトリーはかつてそうした機会があったものの、すんでのところで逃がしてしまったのだと語ります。
 それは内分泌学者ニコラス・ナイトリーとその弟子達が引き起こした、恋愛触発大脳皮質因子(つまり、惚れ薬(^^;))にまつわるドタバタ劇でした。

◎四代先までも

 営業マンのサム・マーテンはある日、契約をまとめに向かう途中、ふと奇妙な考えに取り憑かれてしまいました。
 トラックの側面に書かれていた「ルーコウィッツ・アンド・サンズ社("Lewkowitz and Sons")」の文字を「レフコヴィッチ("Levkovich")」に読み間違えたマーテンは、そこから良く似た名前を頻繁に目撃する羽目になったのです。ラフコウィッツ、レフコヴィッツ、レフコウィッチ等々……。
 そのわずかな違いはマーテンをイライラさせます。しかし、そもそも彼には、どうして自分が「レフコヴィッチ」なる名前にこだわるのかが理解できません。聞き覚えのない名前だったからです。
 そのことが気にかかっていたせいで気もそぞろとなり、契約相手との昼食はさんざんな結果に終わりました。マーテンは落胆しながらも、何か奇妙な予感を覚えてマディソン街を散策します。

◎この愛と呼ばれるものはなにか

 ペルセウスから来た異星人・ペルセ人は、地球人の生態を奇妙に思っていました。
 単一の性しかなく出芽生殖で繁殖する彼等は、二つの性別を持つ地球生物が醜悪に感じられたのです。しかも、遺伝子の混合が行われる地球生物は、進化がペルセ人よりも急激であるため、将来彼等にとって危険な存在になるかもしれないと考えます。
 地球を調査しているペルセ人のボタックスは、ガーム船長の許可を得て地球人を男女一人ずつ誘拐します。そして、地球の定期刊行物《お楽しみ野郎》(PLAYBOY誌のこと(^^;))を参考に、二人にその不気味な生殖行動を実演するよう命じたのですが……。

◎戦争に勝った機械

 デネブと地球の間で長らく行われていた戦争は、地球側の勝利に終わりました。
 人々はその勝利に貢献した巨大コンピュータ・マルチバックを褒め讃えます。しかし、太陽系連合軍司令官ラマー・スウィフトと、彼に付き添う二人の男は少々様子が異なりました。
 主任プログラマーのジョン・ヘンダースンは二人に対し、マルチバックに入力していたデータへ細工を施していたことを打ち明けます。戦争末期には情報が錯綜していて、そもそもコンピュータで解析すべき元情報が当てにならなかったと言うのです。
 しかし、それを聞いた通訳主任のマックス・ジャブロンスキーは、怒るどころか微笑したのです。実は……。

◎息子は物理学者

 老婦人のクレモナ夫人は、息子のジェラード・クレモナ博士に会うために政府のビルヘやってきました。
 ところが、施設はてんやわんやの騒ぎになっていました。木星の衛星ガニメデへ送った探検隊が、何故か冥王星に到着してしまうという異常事態が起きたのです。通信技師であるクレモナ博士は問題に対処すべくライナー将軍と協議中で、訪れた母親に少し待ってもらうように言います。
 このあり得ない事態に、クレモナ博士は地球外生命体の関与を疑います。しかし、目下解決しなければならないのは、距離の問題でした。六十億キロメートルも離れた冥王星への通信は、光の速度でも片道六時間かかります。質問を発して答えが返ってくるまで、往復で十二時間もかかってしまうのです。

◎目は見るばかりが能じゃない

 「彼」は、ふとしたことから自分の名前がエイムズだったことを思い出しました。
 一兆年もの昔に物質の体を脱ぎ捨て、銀河の間を飛び回るエネルギー生命体となったエイムズですが、それをきっかけとして肉体を持っていた頃の古い古い記憶を呼び起こします。
 エイムズは友人のブロックを呼び寄せ、新たに思いついた芸術を試してみることを提案しました。無限に等しい時間を生き続ける彼等にとって、新奇な物事など滅多に存在しなくなっていたのです。
 そしてエイムズは銀河間の星間物質をかき集め、かつての自分の似姿を再現しようとするのですが……。

◎人種差別主義者

 心臓の手術を前にして、患者が希望したことが外科医には不満でした。この時代、人工心臓には金属製とポリマー繊維製の二種類が存在しましたが、患者は金属製の方を望んだのです。
 どちらを選んでも機能上は特に問題ありません。しかし外科医は、人間が金属化していくことが気に入りませんでした。しかも近年では、メタロ(市民権を得たロボット)が修理にあったって繊維製のシステムを希望することも多く、ロボットと人間の境界が曖昧になっていくことが彼には快く思えなかったのです。

 いくつかの作品について補足しておきましょう。
 『蠅("Flies")』は元々、『リア王四幕一場三十六~三十七("King Lear, IV, i, 36-37")』という少々長めの題名をアシモフ氏は考えていたようです。しかし、編集者に「出典にあたるような者は誰もいないから、無意味だろう」と指摘されて考え直したとのこと。
 出典となったものは、ウィリアム・シェイクスピア氏の有名な悲劇『リア王』に登場するグロスター伯爵の台詞です。実際その編集者のおっしゃる通りかもしれませんので、ついでにここで引用してしまいましょう。:-)
"As flies to wanton boys are we to the gods. They kill us for their sport."
(Manukeによる意訳:「我々が神の下にあるのは、蠅が悪戯小僧の下にあることと等しい。彼らは戯れに我らを殺すのだ」)
 『当世風の魔法使い("The Up-To-Date Sorcerer")』は、ギルバート&サリヴァン両氏によるコミックオペラ『魔法使い("The Sorcerer")』のパロディのようです。私は残念ながらあらすじ程度しか知らないのですが、オリジナルのストーリーを知っているとより楽しめるかもしれません。
 他にも、ボストン教育テレビ放送局の番組出演中わずか二十分間で書き上げられた『つまみAを穴Bにさしこむこと』(ライティング・マシーンの面目躍如!)、雑誌PLAYBOYに掲載されたSFを皮肉る記事を更に皮肉る目的で書かれた(^^;)『この愛と呼ばれるものはなにか』、通信技術会社の雑誌広告に差し込まれた『息子は物理学者』(通信が題材ということ以外に広告文と関連なし)と、執筆過程が面白いものもいくつかあります。

 前巻『夜来たる』と比較すると短い作品が多いのですけど、面白さでは決して引けを取りません(個人的には『こんなにもいい日なんだから』/『スト破り』/『息子は物理学者』辺りがお気に入り)。
 小粒でもピリリと辛い、バラエティ豊かな作品群です。

この記事へのコメント

  • nyam

    >『サリーはわが恋人』
    読んだんだけどナー。思い出せない。
    「ナイトライダー」みたいな話でしたっけ???
    歳がバレるような例えで、すいません。

    manukeさんの影響で『神々自身』を読み始めました。
    2008年04月26日 19:55
  • Manuke

    大まかにはあんな感じかと思います(^^;)
    ただ、自動式自動車はKITTのように喋らないのが違う部分ですねー。
    陽電子頭脳というキーワードは共通しているものの、いわゆる〈ロボットもの〉とは違って三原則に律せられるタイプのものではなさそうです。

    『神々自身』はパラ宇宙の設定が面白いですね。プルトニウム186が存在しうる状況から世界を創造してしまう点が、実に見事です。
    2008年04月27日 01:29
  • nyam

    晩年にアシモフは「ロボットもの」と「帝国もの」のリンクをしましたよね。
    ふと思ったのですが、「ロボットもの」の陽電子頭脳はプルトニウム186の陽電子で動いていたという設定はどうでしょうか。

    (あとはチオチモリンか・・・)
    2008年04月27日 08:28
  • Manuke

    それ、面白いです。
    なんで「陽電子頭脳」なのかという点に関してアシモフ氏は特に設定されてなかったようですが(^^;)、プルトニウム186の存在が不可欠だったとしたら、パラ宇宙絡みの発見抜きには成立し得ないことになりますねー。
    その関与に『永遠の終り』も絡められそう……。

    チオチモリンは扱いが難しそうですけど、やはり〈永遠〉の時間移動辺り?
    2008年04月28日 00:28
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