夜来たる

[題名]:夜来たる
[作者]:アイザック・アシモフ


 本書はアイザック・アシモフ氏の出世作『夜来たる』他五編を収録した短編集です。元々は"Nightfall and Other Stories"として二十作が収録されたものだったようですが、後に上下巻に分冊され、このうち上巻"Nightfall One"が本書に当たります。(下巻"Nightfall Two"は『サリーはわが恋人』のタイトルで和訳されています)
 表題作『夜来たる』はSF作家アイザック・アシモフ氏の転機となった作品で、それまで無名の新人だった氏が、本作を発表後に一躍メジャー作家への仲間入りを果たすことになります。
 但し、このお話に関してアシモフ氏は少々複雑な思いがあるようで、若い頃(発表当時二十一歳)の作品がベスト短編だと言われ続けることに不満を感じていらしたとのこと(^^;)
 短編集『夜来たる』(及び『サリーはわが恋人』)は、そうした氏の思いを反映したアンソロジーになっています。収録作品は発表年代順に収められ、果たしてアシモフ氏の技巧に進歩がないのか否か、読者自身に判断してもらおうという訳ですね。

◎夜来たる

 惑星ラガッシュには、ある天文的事件が起きようとしていました。
 ラガッシュは六つの太陽に照らされた星で、その空には常にどれか一つ以上の恒星が輝いています。空は一日を通して常に明るく、夜が訪れることはありません。
 ところが、赤色矮星ベータのみが空にあるとき、非常にまれなタイミングで日食が起こり、世界が闇に包まれるらしいということが分かったのです。その日食が起きる間隔は約二千五十年――それは歴史から判明した、ラガッシュ文明が周期的に滅亡を繰り返しているという事実と一致しました。カルト教団の有する言い伝えにも、日食が狂気を引き起こし文明滅亡の原因となるらしいことが見て取れます。
 サロ大学はその研究成果を発表しましたが、しかしサロ・シティ・クロニクル新聞はそれを信用しようとはせず、こき下ろします。その結果、天文学者達は世間の物笑いの種になってしまうのです。
 サロ大学学長のエイトン七七は世間の嘲笑に晒されながらも、日食時に起こるだろう集団狂気を免れられるよう、少数の人間を“隠れ家”へ避難させます。そして、後世に記録を残すべく、自分達は最後の瞬間まで観測を続ける準備をしていました。
 そうした中、嘲笑コラムを書いた若き新聞記者セリモン七六二が天文台へやってきます。彼は図々しくも、もし文明崩壊が起きなければ自分が好意的な記事を書いてあげようと申し出てきたのです。
 果たしてエイトン七七の言う通り、日食は起きるのでしょうか。そして、文明崩壊の真相とは――。
 夜を知らない世界というIFを基に構築された、短編SFの名作です。

◎緑の斑点

 惑星セイブルックの生命体は、彼等の惑星を訪れた異星人を哀れんでいました。セイブルック生命は全てが共同体を形成し、決して互いに争わない理想郷を作り上げているのに対し、異星人達はそれぞれが孤独で不完全だったからです。そこでセイブルック生命体は、その異星人を自分達の仲間に迎え入れてあげようと考えます。
 一方、その哀れむべき生命断片であるところの地球人(^^;)は、セイブルック星に対して脅威を感じていました。かつてセイブルック星へ植民するべく送られた開拓団に異変が起き、生まれてくる動物全てに目が存在せず、代わりに緑色の毛の斑点が付いているという事件が起きたからです。しかも、その時点で人間の女性全員が妊娠の初期段階にありました。(開拓団を率いていたセイブルック氏は、これを知って宇宙船を自爆させます)
 新たに地球からセイブルック星へ送られた調査隊は、宇宙船着陸前に大地を焼き払い、エネルギー・バリアーを張り巡らせてバクテリアの一匹たりとも船内へ入り込まないよう注意を払っていました。しかし、バリアーが事故で切れた一瞬の隙をつき、セイブルック生命の一体が宇宙船へ潜り込むことに成功したのです。
 『かれ』の目的は一つ――孤独で哀れな地球生命を、自分達の共同体に組み入れることでした。

◎ホステス

 ジェンキンズ研究所自然科学部に所属する生物学者ローズ・スモレットは、異星からの客を自宅に招くことになりました。この時代、銀河では地球人を含めて五種類の知的生命体が存在することが知られており、その一つであるホーキンズ人の医師ハーグ・ソーランが、ローズの家庭を訪問することを希望したのです。それを受け入れることは、ローズにとっても名誉なことでした。
 しかし、ローズの夫で警察官のドレイクは、ホーキンズ人の受け入れに難色を示します。結婚して一年未満で、そうした諍いに不慣れなローズでしたが、意固地になったドレイクをなんとかなだめすかして承諾を得ます。
 そしてある晩、ハーグ・ソーランがスモレット家に招待されました。ドレイクは敵意から一転して強い好奇心を見せ、概ね紳士的に振る舞います。けれどもローズは、その態度にどこか不審を感じてしまうのです。そしてそれは、ホーキンズ人の方に対しても同様でした。
 夕べの最後に、ハーグ・ソーランはローズに向かって「おやすみなさい、ミセス・モレット。あなたはじつに魅力的な奥様(ホステス)です」と言いました。ホーキンズ人にとって地球人は怪物でしかありませんから、意味のない挨拶です。にも拘らず、ドレイクはそれを聞いて蒼白になります。
 果たして彼等は何を隠しているのでしょうか。そして、その挨拶に秘められた意味とは――。

◎人間培養中

 ある警察署にジョン・スミスを名乗る男がやってきました。その男は、「自分で自分を殺そうとしているが、死にたくないので留置所に入れて欲しい」と、奇妙なことを口走ります。
 男の正体は、天才的物理学者のエルウッド・ラルソン博士でした。原子力委員会で核物理学の研究を行っていた彼は、ある強迫観念に取り憑かれてしまったのです。
 その観念とは、こうでした――地球人類は、シャーレの中で培養されるバクテリアと同じで、より上位の存在に培養されている。そして、バクテリアが増え過ぎないようペニシリンで囲むように、人間の知性にもそうした防御策が施されている。核物理学に携わる者は、自分の意志とは無関係に自殺衝動が起きるのだ、と。
 周囲の人々はそれを妄想だと考えます。第一、事実かどうかを検証する方法がありません。
 しかし、原子力委員会はラルソンの力を切実に必要としていました。そこでは原子爆弾の破壊力に対抗できる防御装置の開発が進んでおり、核戦争に至る前にそれを実現するためには、ラルソンの天才性が不可欠だったのです。

◎C-シュート

 アルクトゥルス系から地球へ向かっていた商船が、地球と戦争中の異星人・クロロ人の軽巡洋艦に拿捕されました。そして、六人の乗客以外の全員が殺されてしまいます。
 客室に幽閉されているのは、退役軍人アンソニー・ウィンダム大佐、元宇宙船パイロットのジョン・スチュアート、商人ベン・ポーター、大学を卒業したばかりのクロード・ルブラン、農民ディミトリアス・ポリオーキテス(同乗していた弟アリスタイデスは、クロロ人に殺されています)、そして帳簿係の小柄な男ランドルフ・マリンでした。
 ウィンダムは事態の打開を提案しますが、口だけです。クロロ人と交流があったスチュアートは皮肉屋で、おとなしく捕虜になるべきだと主張します。ポリオーキテスは弟の復讐にいきり立つばかり。ポーターとルブランは怯えているだけでした。
 そんな中、几帳面で堅苦しそうに見えたマリンが、クロロ人を倒して宇宙船を取り戻す方法があると言い出します。船室に備えられたC-シュート(死者を宇宙葬にする、ダストシュートのようなもの)を使えば、船の外に出られると。
 そして、その危険な任務にマリン自らが志願したのです。

 表題作『夜来たる』は、アスタウンディング・サイエンスフィクション誌の編集長ジョン・W・キャンベル・ジュニア氏からあるエッセイの一節を提示され、これをモチーフにして書き上げたものだそうです。米思想家にして詩人のラルフ・ワルド・エマーソン氏による、
「もし星が千年に一度、一夜のみ輝くとするならば、人々はいかにして神を信じ、崇拝し、幾世代にもわたって神の都の記憶を保ち続ければよいのだろうか」
 という文章です。(作中では千年ではなく二千年ですけど)
 アシモフ氏には申し訳ない(?)のですが、実際このお話は非常に優れた作品であると私も感じます(^^;) 「夜を知らない人々」の持つ強迫観念や、学者と新聞記者のやりとり、そして引き起こされるカタストロフ。短編小説として実に切れがいい点も評価に値しますね。およそ二十代前半の青年が書いたとは思えないほど、完成度の高い物語です。
 ただ、だからと言って本作が作家としての頂点ということではありません。事実、他の収録作品を読んでみると、いずれも『夜来たる』に劣らぬ面白さです(この辺り、熱狂的アシモフファンである私の主観がかなり入ってます(笑))。
 中でも『ホステス』は、お得意の推理要素とオチの効き具合が絶妙な、実にアシモフ氏らしいお話です。逆に『人間培養中』は、展開そのものは氏らしからぬ印象がありますけど、核物理学に対するスタンスが伺える点は興味深いですね。
 こうして俯瞰してみると、結局のところアシモフ氏は駆け出しの頃から円熟期に至るまで、常に良作を生み出し続けてきたと言えるでしょう――と結論づけてしまうと、アシモフ氏の策中にまんまと嵌められたような気はしますが(^^;)

この記事へのコメント

  • kimball

    うわーん!!
    いつか読もうと思いながら、読まないまま
    今日に至ってしまいました!!

    manukeさんの、いつもながらのすばらしい
    解説文を読んで、俄然、読みたくなりました!

    ありがとうございます!!

    2008年04月19日 08:49
  • Manuke

    『夜来たる』はロバート・シルヴァーバーグ氏による長編版も存在しますが、手元にはあるものの未読だったりします。
    割と評価は高いみたいですから、早く読まなきゃなと思いつつ、ついつい積み状態に(^^;)
    2008年04月19日 23:05
  • nyam

    『夜来る』、いいですね。アシモフは理屈っぽいけど、SFの王道という感じがします。

    天体運動と社会の関係といえば、「イリーガルエイリアン」とかありますね。
    あと、おすすめは草上仁の短篇「トワイライトウォーカーズ」です。
    2008年04月21日 21:07
  • Manuke

    こういう短編だと、アシモフ氏のロジック重視な展開がより活きてくるように感じられます。

    『イリーガルエイリアン』は未読でした。
    『さよならダイノサウルス』が個人的には今一つだったのでソウヤー氏は敬遠してましたが(^^;)、やっぱり食わず嫌いは良くないですね。

    『トワイライトウォーカーズ』は私も好きです。
    凄いお馬鹿な話(褒め言葉)ですが、「なるほど」と思わされてしまいました(笑)
    草上仁氏は短編の名手ですねー。
    2008年04月22日 00:42
  • むしぱん

    久々に「夜来たる」を読み返して思ったのですが・・・。
    その日は梅雨前線による広範囲な雨雲が発生してて、日食の影響ある地域は全て厚い雲で覆われてしまったので、一時的に日食で真っ暗にはなったけど、特に何も起きずに終わりました、てなことになっちゃったりして?

    ソウヤーは「フレームシフト」が好きです。「ホステス」は今回初めて読んだのですが、「イリーガルエイリアン」はこれにも影響受けてるかもと思ったりしました。
    2014年03月30日 20:53
  • Manuke

    確かに(^^;)
    もう一周期分余裕ができると、対抗策を打てるだけの文明形成に至れるのかも。
    次の機会に何も準備できていなくてやっぱり滅亡、というのもありそうですが(笑)

    ソウヤー氏の作品は未読が多いので、いずれ読みたいと思っています。
    (でも、『ホミニッド―原人―』の日本語題名はちょっとどうかと……(^^;))
    2014年04月01日 00:19

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