夢幻の書

[題名]:夢幻の書
[作者]:ジャック・ヴァンス


※このレビューには前巻までのネタバレがあります。ご注意ください。

 遥かな未来世界を舞台に繰り広げられる復讐劇、〈魔王子シリーズ〉の第五巻にして最終巻です。『復讐の序章』に始まったカース・ガーセンの戦いも、いよいよ佳境を迎えます。
 今回の標的となるのは、ハワード・アラン・トリーソング。これまでのお話でその名が登場したときは、そこに『不可解』の形容動詞が付けられていました。魔王子の中で最も得体が知れないトリーソングの正体が、遂に白日の下に晒されます。
 これまでの巻でも、物語の真の主役はガーセンではなく魔王子でしたが、特に本書ではその傾向が強くなっています。ガーセンはお話を動かしていく狂言回し的役割であり、登場人物の焦点はハワード・アラン・トリーソングに当てられています。他の魔王子と比較しても異常さが際立つ人物ですけれども、むしろそれ故に魅力を感じずにはいられないのかもしれません。
 ハワード・アラン・トリーソングが含まれるとされる集合写真を手に入れたガーセン。彼はそれを使い、大胆な罠を仕掛けます――最後の宿敵を倒すために。

 魔王子最後の一人ハワード・アラン・トリーソングの居場所は杳として知れませんでした。カース・ガーセンは、かつてIPCC(星際保安協力機構)理事の座にトリーソングが潜り込もうとして失敗したという事実を掴んだものの、写真の一つすら見つけることはできなかったのです。
 そんな彼はある日コズモポリス誌の資料室で、“この中の一人がH・A・トリーソング”と記された集合写真を発見します。それは信憑性が薄いとの判断から廃棄処分対象となっていたものでした。一縷の望みを託したガーセンが調査したところ、その写真は匿名の女性よりもたらされたもので、一人を除く全員が殺されたらしいことが判明します。
 コズモポリス誌の所有権を持つガーセンはその力を行使し、新雑誌エクスタントで大コンテストを開催させることにしました。無料配布と決まったエクスタント誌の創刊号表紙には、例の写真と共にこう書かれることになったのです。
『この人たちはだれでしょう?
 十人の名前を当てた正解者には賞金十万SVU!』
 再び記者ヘンリー・ルーカスの偽名を使い、上流紳士を気取った頭の固い男へと変じたガーセンは、人事課長としてコンテストの臨時アシスタントを募集します。
 応募回答が続々と送られてくる中、やがてある美しい女性アリス・ロークが就職を希望してヘンリー・ルーカスの元を訪れてきました。彼女こそガーセンが待ち望んだ相手、ハワード・アラン・トリーソングの手先だったのです。

 本書の注目ガジェットは、究理院です。
 〈魔王子シリーズ〉の舞台オイクメーニは複数の星から構成される文明圏で、それらを統一する政府は存在しません。その代わりか、民間または半民半官の超恒星間組織がいくつか存在するようです。その中でも最大のものが、ジャーネル・コーポレーション(名前のみ登場。財閥のようなもの?)、IPCC("The Interworld Police Coordinating Company":星際保安協力機構)、そして究理院("The Institute")です。
 究理院は要するに大学のようなものですけど、その目的がなかなか振るっています。究理院は知識が民間に敷衍することを好ましくないと考えており、民衆を愚かな状態にとどめておくよう活動しているのです。過激な環境保護団体と象牙の塔がいっしょになったような、極めて排他的な組織ですね(^^;)
 究理院のメンバーは百あまりの階級に分かれており、上位十人はデクサード("Dexad")と呼ばれます。この人々が究理院の方針を定めているようです。
(ハワード・アラン・トリーソングと共に写真に写っていた人達が、すなわちデクサード)

 シリーズ締のめくくりとして、凶悪な犯罪者でありながらそれぞれ異彩を放つ魔王子達を振り返ってみましょう。
 アトル・マラゲート(災厄のマラゲート)は異星人スター・キングであり、魔王子の中で唯一、本当に人間ではない存在です。地球人がその冷酷さを真の意味で理解することはできません。
 殺戮機械ココル・ヘックスは残忍さで名高い人物ですが、その正体は「おぞましい」の一語に尽きます。彼に取って自分以外の人間は、己の演技を楽しむためのエキストラに過ぎないのでしょう。
 ヴィオーレ・ファルーシは幼児性の塊ですけれども、同時に美を望む求道者でもあります。魔王子の中で彼だけが、自分が魔王子であることを楽しんでいないように感じられます。
 レンズ・ラルクは自己顕示欲が強く執念深い男です。彼の望んだ復讐は誇大妄想的ですが、その痛快さに共感を覚えずにはいられませんね。
 ハワード・アラン・トリーソングは集大成的な人物と言えるかもしれません。自分は人を超える存在だと位置付ける傲岸さを持ち、執念深く、少年期の恨みを幼児的なやり方で晴らそうとします。彼の最大の特徴は、おそらくココル・ヘックスがうらやむだろうその多面性です。空想癖を持つ夢見がちな天才少年がそのまま成長したような、純粋で残酷な最悪の人物です。
 そして、誰の助けも借りることなく彼等五人の魔王子を滅ぼすことに全ての人生を捧げた、復讐鬼カース・ガーセン。悪人以外を手にかけることこそないものの、時には法を犯すことにためらいすら覚えないその姿を、トリーソングに『狂信家』だと看破されます。彼はある意味、もう一人の魔王子なのかもしれません。

 独特の舞台設定のもと、架空ながら驚く程リアリティのあるオイクメーニ諸世界、アクの強い個性的な登場人物達、そして復讐劇のカタルシス――〈魔王子シリーズ〉は様々な意味でインパクトのある作品ですね。読み進めていくうちに息を飲み、手に汗握ること請け合いです。

この記事へのコメント

  • nyam

    魔王子シリーズ 無事クリアおめでとうございます。

    なんかガーセンが富豪刑事風になってしまった...
    この巻だけ筒井康隆の著作だったりして。
    2008年03月16日 21:18
  • Manuke

    > 魔王子シリーズ 無事クリアおめでとうございます。

    久しぶりに読み返すと、結構細部を忘れちゃってたりしますねー。
    エキゾチックな諸惑星の文化を素直に堪能することができました。
    もっと評価されてもいいシリーズだと思います。

    > なんかガーセンが富豪刑事風になってしまった...
    > この巻だけ筒井康隆の著作だったりして。

    もの凄いお金持ちですからね、ガーセン君。
    最初の頃の焦燥感は少し薄らいでしまってますけど、結構無鉄砲な部分は相変わらずかも(^^;)
    2008年03月17日 01:09
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