愛の宮殿

[題名]:愛の宮殿
[作者]:ジャック・ヴァンス


※このレビューには前巻までのネタバレがあります。ご注意ください。

 〈魔王子シリーズ〉の第三巻、『愛の宮殿』です。
 今回ガーセンの標的となるのは、ヴィオーレ・ファルーシ。彼の人となりは早期に明かされます。悪人ではありますが、今までの二人とは異なり、比較的理解しやすい人物と言えるかもしれません。
 本書の特徴は、その退廃的なイメージですね。ヴィオーレ・ファルーシの作り上げた享楽的な施設〈愛の宮殿〉と、彼や老詩人ナヴァースによって醸し出される異様な、けれども独特の魅力を持つ幻想的雰囲気が異彩を放っています。
 魔王子への復讐に燃えるカース・ガーセンは、その一人ヴィオーレ・ファルーシがかつて地球で大規模誘拐事件を引き起こした少年だったことを突き止めました。彼は雑誌記者に姿を変え、〈愛の宮殿〉へと潜り込むことにします。

 ココル・ヘックスを倒した件で莫大な資産を手に入れ、美しい女性アルース・イフゲニアと行動を共にするようになったカース・ガーセン。しかし、彼の目標は少しも揺らいではいませんでした。
 毒の文化で知られる惑星サルコヴィーの有名毒匠が、魔王子ヴィオーレ・ファルーシとの取引のせいで死刑になると知り、ガーセンはサルコヴィーへと向かいます。しかし、アルース・イフゲニアは彼の執念に付いていくことができず、二人はそこで袂を分かつことになるのでした。
 手がかりを追ううちに、ヴィオーレ・ファルーシがかつてヴォーゲル・フィルシュナーという名の地球人少年で、学校の女生徒を大勢誘拐した犯人だったことが判明します。ガーセンは資産を活用して破産寸前の雑誌社を買収し、自らの名前をヘンリー・ルーカスと変えて雑誌記者の身分に収まりました。そして雑誌記事の取材という名目で、ヴォーゲル・フィルシュナーの故郷ロリングスハーベン("Rolingshaven":アントワープ近郊、架空の都市?)へと赴きます。
 そこでガーセンは、少年時代のヴィオーレ・ファルーシが師と仰いでいた老詩人ナヴァース、そしてナヴァースの庇護下にあるらしき少女ザン・ズーと出会います。少々強引な方法で(^^;)彼等に接触したガーセンは、ナヴァースを通じてヴィオーレ・ファルーシに取材を申し込みました。
 虚栄心の強く、自分が虚仮にされることを嫌うヴィオーレ・ファルーシは、ガーセンの思惑通りにその取材を受け入れます。そしてガーセン達は他の招待客と連れ立って、ヴィオーレ・ファルーシが営むという半ば伝説的な歓楽宮・〈愛の宮殿〉へと向かうのでした。

 本書のみに登場する固有のガジェットに目立ったものはありませんので、今回はシリーズの舞台となるオイクメーニ("Oikumene")を解説しておきましょう。
 オイクメーニはいくつもの恒星に渡る文化圏で、地球出身の人類が主な構成員です(スター・キングのような異星人もいますが、ごく一部)。地球は人間の故郷として存在し続けていますが、経済的な中心地はヴェガ第六惑星アロイシャスに移っている模様です。
 それぞれの惑星は別個の政治単位を取り、各々異なる文化を発達させています。また、オイクメーニの外側には〈圏外〉("The Beyond")と呼ばれる無法地帯が存在し、ここにも多数の居住可能惑星があるようです。
 作中では明示されませんが、章の頭に挿入される架空の書籍引用や、物語の内容から類推すると、おそらく現代よりも二千年程未来の時代と思われます。それぞれの惑星へ移住した人類は、その環境に適応し、多少とも人種の違いが生まれているようです(ダー・サイ人の女性にはヒゲが生える等(^^;))。
 各惑星の文化は異国情緒溢れる味付けがなされており、見知らぬ外国を旅しているような楽しさが味わえます。これが〈魔王子シリーズ〉最大の楽しみと言えるかもしれません。

 ヴィオーレ・ファルーシは魔王子の一人ですが、性格的には分かりやすい存在です。少年時代にクラスメート達から容姿や振る舞いのせいで嫌われていたという経緯からか、彼は異常なまでに自分へ向けた中傷を憎悪しています。思い通りに行かないことには我慢がならず、執念深く、自分本意な行動を正義だと言い切る傲慢さを持っています。つまり、肥大した幼児性の塊ですね。
 もっとも、だからと言って単純な人物という訳でもありません。ヴィオーレ・ファルーシは美を愛し、歪んだ形ではあるものの自らの楽園を築き上げています。〈愛の宮殿〉は退廃的かつ淫媚な美しさに満ちており、朴念仁(笑)のガーセンですらそれを認めざるを得ないようです(師のナヴァースは見下していますが)。
 つまり、今回のガーセンは復讐者というだけでなく、美の破壊者という側面を持っていることになります。本シリーズ冒頭、ガーセンを訓練した祖父の遺言に「悪人を殺すことは、悪をぬぐいさることと同じではない」とありますが、今回のエピソードはその点が強く表れている印象です。
 ヴィオーレ・ファルーシは身勝手で邪悪な人物ですけれども、その結末にどこかしら物悲しさが漂う部分も本書の魅力の一つでしょう。

この記事へのコメント

  • nyam

    読書が着々と進んでいるようですね。

    「愛の宮殿」はファンタジータッチで独特の味があります。誰だか忘れましたが、カースガーセンのことを「一冊一殺」仕事人と言ってました。

    五巻で終わっちゃうのはちょっと残念。
    2008年03月02日 15:07
  • Manuke

    > 「愛の宮殿」はファンタジータッチで独特の味があります。誰だか忘れましたが、カースガーセンのことを「一冊一殺」仕事人と言ってました。

    あはは。
    ガーセン君の強みの一つは、隠密性ですからね。
    敵に存在自体が知られていない点を活かしているのは、仕事人に通じる部分かもしれません。
    財力は桁違いですけど(^^;)

    > 五巻で終わっちゃうのはちょっと残念。

    ですねー。
    ただ、あまりずるずると引っ張ってしまうと、復讐劇の緊張感がぼやけてしまう可能性もありますから、なかなか難しそうです。
    2008年03月02日 23:49
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