宇宙船ビーグル号の冒険

[題名]:宇宙船ビーグル号の冒険
[作者]:A・E・ヴァン・ヴォクト


 ビーグル号という名前を聞いたら、多くの人々が思い起こすのは進化論で名高いチャールズ・ダーウィン氏かもしれません。ダーウィン氏は軍艦ビーグル号による五年がかりの世界一周調査航海に同行し、その経験から進化論を思いつくに至ったようです。
 しかしSFファンの中では、ビーグル号と言ったら本書『宇宙船ビーグル号の冒険』を連想する方が多いのではないでしょうか(^^;) 探検隊による異境探検タイプのSFとして、古典であるのと同時に今なお魅力を失わない作品です。
 宇宙の未知の領域を探検する調査船ビーグル号。驚くべき各種の生物に遭遇し、時には多くの人命を失いながらも、決して怯まず飽くなき知識への渇望を満たすために彼等は航海を続けます。それに同乗した若き総合科学者グローヴナーは、幾多の謎を解き明かし、ビーグル号一行を一度ならず危機から救うことにより、次第に他の科学者達から一目置かれるようになっていくのです。

 宇宙船ビーグル号は、人類が未だ知らぬ知識を得るために建造された探検船です。軍人と科学者の混成による千人もの乗員を擁する、巨大な球形の恒星間宇宙船なのです。総監督である数学者モートン、そして船長のリース大佐という二人のリーダーの元、ビーグル号は新たな知識を求めて宇宙を駆け巡っています。
 しかしながら、内部は必ずしも統制が取れているとは言えません。なにしろ、それぞれの分野で一目置かれる存在であるお偉い先生方が一堂に集まっているのですから(^^;) そこでは政争さながらの派閥争いが繰り広げられ、異なるジャンルの科学者同士にあまり交流はないようです。また、科学者と軍人の間にも、普段は表面化しないものの確執があります。
 エリオット・グローヴナーは、三十一歳の若さながら総合科学の代表としてビーグル号に乗り込んだ青年です。総合科学とは、あらゆる分野の科学知識を有することにより単独分野の専門家では成し得ない結論を導きだせるという学問です。けれども総合科学自体が生まれて間もない学問であり、グローヴナーは誰からも注目されてはいませんでした。
 ビーグル号は航海を続けていくうちに奇怪な異生物達と遭遇することになります。背中に一対の触手を持つ、ネコ科の大型獣に似たケアル。ビーグル号に大恐慌をもたらした、鳥に似た生物リーム人。銀河間の絶対真空で生きる緋色の怪物イクストル。そして、M33銀河に生息する恐るべき生命体アナビス。
 こうした生物との接触により、ビーグル号一行には幾多の危機が訪れます。それらの事態の裏に潜む謎を、我らがグローヴナー君は快刀乱麻を断つがごとく次々と解き明かし、ビーグル号を窮地から救います。
 次第に重きを置かれていくグローヴナーですが、けれどもそれは彼自身が派閥間の争いに巻き込まれていくことをも意味するのでした。

 本作の注目ガジェットは、総合科学(ネクシャリズム)です。
 総合科学は、睡眠学習その他の手段を駆使して世にある全ての科学を学んでしまい、その知識を活用することにより多ジャンルにまたがった問題を解明しようというものです。言わば、スペシャリストに対するゼネラリストといったところでしょうか。
 例えば、生物学者・化学者・考古学者・地質学者等がそれぞれ別個の知識を有しながらも、それらが関連していることに誰も気づいておらず、総合科学の学徒たるグローヴナーだけが真実を突き止められるという具合です。
 物語中では、この総合科学が万能のものとして描かれます。なにしろ、グローヴナーは誤りを犯さないのですから。それぞれの専門家が目先の固定概念に捕われがちであるのに対して、総合科学者はより高い位置から全体を見通すことができるわけです。
 このように、本書は総合科学を世に広めるための宣伝小説にうってつけだと言えるでしょう――残念なことに、総合科学は架空の学問ですけど(笑)

 本書を魅力あるものとしている最大の部分は、物語に登場する異生物達ですね。
 特にケアル(クァールと訳されることも)は、日本の某スペースオペラに登場したこともあって知名度は高いでしょう。肉食獣でありながら高い知性を持つ、非常に恐ろしい生き物です。
 また、映画『エイリアン』に登場する異星の怪物エイリアンが本書のイクストルに酷似しているとして裁判沙汰になったようで、ヴォクト氏側に軍配が上がっています。このせいか、アメリカで売られている本書の表紙には"the basis for ALIEN"なる表記があったりします――タイトルの"Voyage of the Space Beagle"よりも大きく(^^;) 個人的には、エイリアンよりもイクストルの方がよほどおぞましく感じられるのですけどね。

 ビーグル号の面々もまた、味のある人達が揃っています。
 グローヴナーに好意的な地質学部長マッカン、落ち着いた雰囲気の考古学者刈田、権力欲剥き出しの化学部長ケント等々、登場人物はなかなかに個性的です。主人公のグローヴナーもかなり鼻持ちならない青年ですし(笑)
 それぞれの科学者は、少々協調性に欠けるようです。だからこそ、ビーグル号における総合科学の活躍があるのかもしれませんね。
 航海の途中、ビーグル号メンバーの中からはかなりの数の死者が出ます。ところが、探検を中止しようという意見は出てこないようです(さすがに航海期間の延長には難色を示す人が出ますけど)。自分たちの生命より科学の探究を優先する辺り、彼等の業の深さが伺い知れます(^^;)

この記事へのコメント

  • goldius

    死人出まくりなのに、探検は止めない素晴しい科学者たちの物語でしたな。
    2007年09月06日 00:14
  • Manuke

    異生物と遭遇するたびに、何十人となく死者が出ますからねー。
    いくら人数に余裕があるにせよ、特定の分野では専門家がいなくなってしまう危険性がありそうです。
    (冶金学部長は途中で交代してますし)
    全員が総合科学者になってしまえば、気にする必要はないのかもしれませんが(^^;)
    2007年09月06日 23:50

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Tracked: 2007-09-06 00:09