73光年の妖怪

[題名]:73光年の妖怪
[作者]:フレドリック・ブラウン


 本書は奇才フレドリック・ブラウン氏の描かれる異生物SFです。訳されたタイトルからは少々物々しい印象を受けますが(^^;)(原題は"The Mind Thing")、どちらかと言えば落ち着いたタッチで描かれた、けれどもスリルに溢れる作品です。
 推理ものも手がけるブラウン氏の作品だけあって、本作もミステリーの風味を味わうことができます。『犯人』に相当するのは地球外から飛来した亀に似た生命体。そして探偵に相当するのは壮年の科学者。さらに、博士を助けるヒロインは初老の女性教師と、あまり見栄えがするシーンはないのですが、展開の妙が読者を飽きさせません。
 ある田舎町で起こった、少し奇妙な自殺事件。最初のうちはさほど注目されていなかったそれは、実は恐るべき地球外生命の仕業によるものでした。そして、町に偶然居合わせた物理学者がその謎に挑み、やがて命を懸けた知性体との知恵比べへと進展していくのです。

 ウィスコンシン州の片田舎に突如現れた異星の知性体――彼は自分の故郷における犯罪者であり、無作為に選ばれた惑星である地球へと流刑されたのでした。
 この知性体、地球上では自力で動くことすらできないのですが、代わりに他生物を精神支配する能力を持っています。但し、一旦乗り移るとその生物が死ぬまでは支配を解くことができません。このため、知性体は目的を果たした後に乗り移った生き物を自殺させ、次々と乗り潰していくのです。
 未知の惑星である地球に人間という知的生物がいることを知った彼は、故郷の星へと帰還する方法を探し始めます。無事戻ることができれば恩赦によって罪が許されるだけでなく、彼等にとって便利に使える奴隷生物(人間のこと(^^;))を発見した功績を讃えられ、英雄となることも夢ではないのです。
 こうして、小さな町であるバートルスビルで奇妙な自殺が起こり始めます。最初はネズミ、その次は高校生の少年、さらに猟犬と。けれども、少年の自殺以外はほとんど誰の興味も引くことはありません。
 ところがここで、ある偶然が起こります。知性体は乗り移った犬を殺すため走っている自動車の前へ飛び出させたのですが、この車のドライバーが休暇でバートルスビルを訪れていた物理学者ラルフ・S・スターントン博士だったのです。好奇心旺盛な博士は犬の行動を不審に思い、また次々と発生する動物や人間の奇妙な自殺に関連があるのではないかと疑います。そして高校教師のアメンダー・タリーをタイピストとして雇い、この謎に取り組むことにしたのです。
 ――その博士自身が、知性体が最終的に乗り移る標的とされたことなど露知らず。

 本作の注目ガジェットは、この恐ろしき知性体です。
 外観は長さ十二センチメートル程の亀に似た生物ですが、頭も手足も存在しません。地球は彼の星より重力が強いために自力で動くことはできず、音を発する器官もなく、目も耳も存在しない、一見すると無力な生き物のようにも見えます。ですが、周囲を透視できる知覚、そして他生物の心に侵入して支配する能力という、それを補って余りある力を持っています。
 知性体の精神支配能力は恐るべきもので、乗り移られた生物は完全に支配され、自らの意思を失ってしまいます。しかも、知性体は乗り移った生物の知識を全て我がものとすることができるのです。ただし、相手が知性体の近くで眠っている状態でないと乗り移れない、そして一度乗り移ったらその生物を殺さないと支配を解くことができないという問題もあります。
 知性体は他生物に対する同情心などかけらも持たず、動物であれ人間であれ用事が済めばさっさと殺してしまいます。どちらかというと、あまりお近づきになりたくない生物のようです(^^;)

 この作品は前述の通り、比較的地味な物語ですね。舞台はアメリカの田舎町バートルスビル周辺に留まりますし、派手なアクションシーンもありませんから。ブラウン氏の他作品『火星人ゴーホーム』のようなハチャメチャ展開も期待しないでください(笑)
 ただ、スターントン博士とミス・タリーのコンビが限られた情報から真相へと辿り着く過程は、ミステリー的な面白さがあります。また、異生物である知性体が引き起こす事件は、日常へ忍び寄る恐怖というホラー要素も含み、読者を楽しませてくれます。
 スターントン博士は五十歳、ミス・タリーはもう少し年上と、やや若々しさには欠けるお話ですけど(^^;)、それが物語に落ち着いた味わいを醸し出しています。本作は、SFの面白さが必ずしもビジュアル面のみではないことを示す好例と言えるでしょう。

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