ユービック

[題名]:ユービック
[作者]:フィリップ・K・ディック


 本書『ユービック』は鬼才P・K・ディック氏が放つ、異様なシチュエーションを描いたSF作品です。
 作品の舞台となるのは、超能力者の存在が世間に認められるようになった未来(年代としては二十世紀後半)です。この作品世界では超能力が産業スパイ等に使われることがごく普通になっているようです。状況はここから異質なものへと変化していくのですが、その出発点からして読者にとって既に奇妙な世界なのは、ディック氏ならではですね(^^;)
 超能力者の罠にかけられ、社長を失った不活性者達。しかし、それと同時に彼等の周囲で異常なことが起き始めます。あらゆる物事が退行を始めたのです。

 超能力の存在が公となり、それを使ったスパイ活動が行われるようになった時代。それに対抗するために、超能力を無効化する超能力を持つ者・不活性者(イナーシャル)を使い、盗み聞きを防止する良識機関が存在しました。
 そうした組織の一つであるランシター合作社の経営者グレン・ランシターは、世界中の多くの有力な超能力者が突然姿を消したことを知ります。そしてその直後、大富豪スタントン・ミックの代理人から、会社に潜り込んだ超能力者への対処を依頼されたのです。超能力者がミックの有する会社をスパイするために大量動員されたのだろうと推測したランシターは、超能力のテスト技師ジョー・チップ、及び子飼いの不活性者十一人を引き連れ、依頼主と共に月へと向かいます。
 しかし、それは超能力者グループの仕掛けた罠でした。爆弾の炸裂によりランシターは致命傷を負ってしまいます。ジョー達はランシターを地球へ連れ帰り、体を冷凍保存して余命を延長しようとしますが、その甲斐なくランシターは助かりませんでした。
 ところが、その事件を境に、ジョー達の周囲で異変が起き始めます。店で買ったばかりのタバコは全て古び、喫茶店で出されたコーヒー用クリームは腐りと、あらゆるものが古くなってしまう退行現象が起き始めたのです。しかも、それは単に古びてしまうのではなく、古い年代の物へと変化してしまう(オーディオセットが蓄音機へ等)異常現象でした。
 それだけでなく、時を同じくしてジョーは更におかしなことを経験します。死んだはずのランシターの名前と姿があちこちに出現し始め、テレビCMやメモ書きを通じてジョーに語りかけてきたのです。それらのメッセージが伝えてくるのは、謎の言葉ユービックでした。
 果たして、彼等の身に何が起きているのでしょう。そして、ユービックとは一体?

 本作の注目ガジェットは、半生者(ハーフ・ライファー)です。
 作中の世界では、人が病気や怪我、寿命等により余命幾ばくもなくなったとき、その体を冷凍して生き長らえさせるということが行われています。この冷凍保存された人々が半生者と呼ばれます。
 身体を冷凍したからと言っても、それで寿命が延びる訳ではありません。しかし、仮に余命が二十四時間しかなかったとしても、体を凍結して代謝が起こらないようにした上で、一年に一時間だけ活性化するならば、本当の死を二十四年先送りすることができるわけです。
 半生者は安息所(モラトリアム)の冷凍保存室にて、氷付け状態で安置されています。そして、身内の者が望んだときに脳だけが活性化され、装置を通じて会話を行うようです。彼等が目を開くことはもはやありませんし、会話している間にも半生者の命はじわじわと削られていきます。まさに半分生者、半分死者の存在です。

 主人公ジョー・チップはお金に関して少々だらしない男性で、財布の中身をあるだけ使ってしまう種類の人間です。その一方、この社会ではあらゆる場面でお金が要求されます。ドアや冷蔵庫を開けたりするたびに、そのドアや冷蔵庫(に組み込まれた人工知能?)が料金を請求してくるのです(笑) お金を持たず、信用度が下がりっぱなしでツケも効かないジョーは頻繁に立ち往生し、周囲の人からお金を借りる羽目になります。友人にいるとかなり迷惑なタイプですね(^^;)
 題名であるユービック("Ubik")は造語ですが、その由来はラテン語のウビーク("ubique")で、「あらゆる場所」を意味するとされています。近年、あらゆる場所にコンピュータが遍在するというコンセプトを指してユビキタス・コンピューティング("ubiquitous computing")なる言葉が使われることがありますけど、これと同じ語源のようです。再帰的な構造を予感させる本作において、物語中で幾度も強調される印象的なキーワードです。(むしろお金を要求してくる道具類がユビキタスっぽい感じも……(^^;))
 また、ユービックに関してもう一つ面白いのは、各々の章の始めに数行ずつ、ユービックの宣伝広告が挿入されている部分です。それは自動車だったりビールだったりと雑多な内容で、「果たしてユービックとは何なのか?」と読者を混乱に陥らせてくれること請け合いです(^^;) そこではしばしば「使用上の注意を守れば安全」と述べられていますが、逆に言えば「注意を守らないと危険」ということなわけで、なかなか意味深ではあります。
 作品のテーマはやや難解で、解釈は幾通りも分かれそうな印象ですが、この異様な世界は純粋に物語としても堪能できます。読み進めるうちに現実が瓦解していくような感覚が楽しめる、実にP・K・ディック氏らしい小説ですね。

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