光の王

[題名]:光の王
[作者]:ロジャー・ゼラズニイ


 本作は、インド神話を題材としたゼラズニイ氏の異世界SFです。氏の書かれた一連の神話SFの中でも、特にインパクトのある作品です。
 作品の中には、ヴィシュヌやシヴァといったインド神話における神々が登場しますが、彼等は全て偽者です。つまり、とある惑星における支配者が、自らの権力を強固なものにするために神を詐称しているというわけです。また、惑星の原住生物(?)に対しても、羅刹(ラークサシャ)や竜王(ナーガ)といった神話に基づく命名がなされています。
 その中でもとりわけ面白いのが、主人公の立場ですね。主人公はそうした神々と敵対する立場を取りますが、目的を成し遂げるために彼自身もまたある人物の名を借りるのです。
 インド神話になぞらえたカースト制度で縛られた異星世界。本来神々に属する立場にありながら、それを良しとせず、民衆の為神々に反旗を翻す一人の男がいました。人は彼をサム、マハーサマートマン――あるいは仏陀と呼びます。

 遥かな未来。滅亡したウラート("Urath":おそらく地球のこと)を離れ、人類は別の惑星へと植民しました。その地にはエネルギー生命体を始めとする数々の危険な生物が存在しましたが、人類はそれらを全て退け、自分達の楽園を築きます。
 そして、移民船の乗組員は自分達をインド神話の神々になぞらえ、乗客達の子孫を指導する立場へ位置付けました。ブラフマン(ブラフマーの翻訳ミス? 原文では"Brahma"のようです)・シヴァ・ヴィシュヌの〈一体三神〉を中心に、各々の神がその名に相応しい役割を担うことによって。
 ところが、時を経るに従い、その形態は変質していきます。単なる形式だったはずのインド神話は、いつしかカースト制度に縛られた絶対的な支配構造を維持するための手段へと変貌し、神々は民衆から一切の科学技術を取り上げてしまいます。そして、それに反抗する者は〈促進主義者〉として、転生を拒否されるか洗脳されるかの選択を迫られることになったのです。
 しかし、その風潮を良しとしない者がいました。〈第一世代〉の一人であり、かつてカルキンの名でエネルギー生命体・羅刹族(ラークサシャ)を封じた、神々の中でも有数の力を持つ男です。彼は民衆を永久に支配しようとする神々を糾弾し、ただ一人それと戦うことを決意します。
 彼はそのとき悉達多(シッダルタ)太子を名乗っていたことから、自ら仏陀となることを選びます。そして、神々に挑む武器として彼が選んだのは、その名を借りた古代の聖人の教え、すなわち仏教でした。

 本作の注目ガジェットは、転生("reincarnation")です。
 語源はヴェーダ教(バラモン教)の教えにあるもので、仏教にも取り込まれています。死後も輪廻転生を繰り返すという、日本でもお馴染みの概念ですね。
 作中の転生は宗教的と言うよりもずっと即物的なもので、要するに人間の精神を別の肉体に移し替えるという技術です。体が老化等によって死を迎える前に、若々しい別の肉体へと移すことができれば、無限に生き長らえることができるわけです。もっとも、この転生はあくまでテクノロジーの産物でり、転生処置を行わないまま怪我や病気によって死亡した場合、その人間は『真の死』を迎えてしまいます。
 神々はこれをカースト制維持の道具とし、生前に善行(祈りを捧げる、多く寄付をする等)を積んだ人物は上位の存在へ転生することができます。また逆に、その意に染まない人物は動物へと転生させられたり、転生処置自体を拒絶されたりします。生殺与奪の権を神々が握っている状態なわけです。この辺り、神話的部分と現実的部分の融合が絶妙ですね。

 作中に登場するインド神話の神々は、他にも〈死の神〉ヤマ(閻魔)/〈夜の女神〉ラートリー/〈破壊の女神〉カーリー/〈炎の神〉アグニ/クベラ(毘沙門天)といった具合に、非常に多数の名前が登場します。これらの神々は前述の通り本物ではありませんが、神話における性格を反映した行動を取り、役割に相応しい特殊能力(ヤマの『死の凝視』等)を有します。
 その一方、オリジナルとは異なり本当の神ではありませんので、時には死亡する者が現れ、欠員を埋めるために神の座の交代が行われます。つまり、この世界における神は人格に結びつけられたものではなく、役職に近い感じでしょうか。

 主人公であるサムの設定もなかなか興味深いです。彼は仏陀を詐称するわけですが、神々の一員であったころにはカルキンを名乗っています。この両者、ヒンドゥー教においてはどちらもヴィシュヌの化身(アヴァターラ)とされており、このうち仏陀は偽りの宗教(すなわち仏教)を阿修羅族に教え堕落させる役割、そしてカルキンはカリ・ユガ(悪徳のはびこる時代)を終わらせるために将来現れるとされる救世主です。
 また、本書の題名でもある〈光の王〉は弥勒(マイトレーヤ)を指し、人々はサムをその名で呼びます。仏教において、弥勒は末法(仏法滅尽の時代)を救済するために現れる未来仏ですね。
 つまり、民衆は「サム=仏陀=カルキン=弥勒」と見なしています。ゼラズニイ氏の神話SFには不死の男がよく登場しますが、『光の王』のサムは中でもとびっきりの大物ですね(^^;) もっとも、サム自身は自分が偽者であることを自覚しているわけですけど。

 かなり複雑な設定ですが、サムとは別の登場人物である善逝(スガタ:如来十号の一つ)の存在が更に深みを与えてくれます。彼は当初、サムを暗殺するために神々が遣わした暗殺者として登場し、その後サムの弟子となります。偽りの神々、偽りの〈正覚者〉、偽りの悪魔が無数に存在する世界で、彼だけが本物だというのは実に皮肉です。
 物語のクライマックスに登場する〈黒衣の王〉ニルリティも、その正体と目的は衝撃的です。彼もまた、本書の世界を象徴する人物の一人ですね。

 かなり多くの神々が登場しますので、読むに当たってあらかじめインド神話の予習をしておいた方が良いかもしれません。知らなくてもストーリーを追うことに支障はありませんけれども、やはりそれぞれの神々が神話においてどんな性格付けをされているのかを多少とも知っていると、より楽しめるはずです。
 ゼラズニイ氏の諸作中でも特に密度の高い物語であり、氏の代表作と言える傑作神話SFです。

この記事へのコメント

  • beki

    ブラフマンはブラフマの翻訳違いですね。。。。
    ブラフマンは中性名詞で、真理の顕現である「意識」のことで(哲学的な意味)、ブラフマーは男性名詞で「ブラフマ神」神話的な意味の創造神だそうです。

    『光の王』は大好きなSFだったので、ついつい
    コメントしてしまいました。すみません。
    2011年02月27日 20:57
  • Manuke

    あー、やっぱりそうですか。
    「~マン」の方が名前っぽく見えるから翻訳時に取り違えてしまったんでしょうか(^^;)
    フォローありがとうございました。
    2011年03月01日 01:04

この記事へのトラックバック

バブルへGO!! タイムマシンはドラム式 スタ
Excerpt: これが所謂「本編」と呼ばれる映画なのか、と問われれば答えはNO!だろう。しかしあのバブルの頃から時代の「最先端」を横目で見続けてきたホイチョイプロダクションの、優れた観察眼に異議を唱えられる者もそう多..
Weblog: SFがたくさんあります
Tracked: 2008-02-02 10:02


Excerpt: 女神女神(めがみ)とは、女性の神のこと。姿は美しい若い女性や、ふくよかな体格の母を思わせる姿のものが多い。中にはモイライの様な年老いた女神や、カーリーの様な恐ろしい姿の者も居る。大地や美や性愛を司る神..
Weblog: 神話の世界
Tracked: 2008-02-15 16:06