アンドロメダ病原体

[題名]:アンドロメダ病原体
[作者]:マイクル・クライトン


 マイクル・クライトン氏と言えば、数多くの映画原作・脚本を手がけ、更には監督まで務めてしまう作家さんです。医学部を卒業されていることからか、医学的な造詣の深い作品も少なくありません。
 『アンドロメダ病原体』は、そのクライトン氏の出世作と言っていいでしょう。このお話以前にも氏は推理小説を書かれているのですが(エドガー賞も受賞)、本書は出版後直ちにベストセラーとなり、またすぐに映画化もされました。この映画は原作に忠実な優れたものでしたから、本作をこの映画版で知っていらっしゃる方も少なくないと思われます。
 非常に真面目かつ緻密な描写によって描かれる、未知の病原体によるバイオハザード――次第に明らかとなっていくアンドロメダ菌株の恐るべき作用は、思わず息を詰めてしまうほどに緊迫感に溢れ、そしてスピーディです。

 物語はまず、アメリカはアリゾナ州の一地方都市から始まります。
 落下した人工衛星スクープ七号を回収しようとしていた陸軍の回収車が、人口四十八人の小さな町ピードモントで異常を発見します。驚いたことに多数の住人が路上に倒れ、死んでいたのでした。そして、回収車に乗っていた二人の兵士もほどなく死亡してしまいます。
 スクープ七号は地球上空を科学的に調査する衛星という建前でしたが、実際は違いました。大気圏の外に存在する地球由来の細菌、もしくは地球外の生命を捕獲し、生物兵器に転用する意図を持っていたのです。そのスクープ七号がピードモント郊外に落下したのを住人が拾い、町医者のところへ持ち込みました。医師は不用心にも衛星のカプセルを開こうとし――そして惨事が始まります。
 事態を重く見た軍は、ワイルドファイア計画を発動させます。こうした状況が発生することを、あらかじめ科学者グループが予見していたのでした。その取り決めに従って四人の研究者が招集され、ネヴァダ州の施設に集合します。第五レベルまである徹底した殺菌設備を持ち、最悪の事態のために核兵器による自爆装置まで備えた物々しい施設です(^^;)
 防護服を着た彼等がピードモントに赴くと、奇妙なことが判明します。多くの人はほとんど苦しむ様子もなく即死し、その血液は完全に凝固していました。一方、少数の人々は即死ではなかったものの、精神に異常をきたしたらしく自殺を図っていました。
 そして驚くべきことに、二人の生存者が発見されます。一人は胃潰瘍を患った老人、そしてもう一人は泣きわめいているものの健康な赤ん坊です。
 果たして共通点の見当たらない二人だけが生き延びられた理由は何なのか。そしてアンドロメダ菌株と名付けられた奇妙な病原体の正体は。五日間という短いスパンの中、物語は進行していくのです。

 本作における注目ガジェットは、宇宙外からの病原体侵入です。
 本書のタイトルでもあるアンドロメダ菌株は完全に未知の存在であり、その恐るべき作用が明らかになっていく様は、緻密な筆致と相まって相当な迫力を持っています。
 が、本書の主張は単なるフィクションにとどまらず、現実に起こりうるものとの問題提起を感じさせる部分が興味深いですね。荒唐無稽に聞こえがちな地球外生命による汚染だけでなく、地球由来の細菌が宇宙で放射線を浴びて突然変異を起こし、それが人類に害をなす可能性も指摘しており、思わず考えさせられます。
 実際にNASA等でも宇宙からの帰還機に対する検疫を行っているわけですが、それでも十分ではないかもしれないと思わされてしまう説得力がありますね。事実、ベストセラーになったことにもそうした側面が影響していたようです。クライトン氏にとってみれば、してやったりというところでしょうか(^^;)。
 但し、この問題を本気で危惧するべきかどうかは難しいところです。例えばNASAの極地観測衛星POLARが、数十トンもの巨大な雪玉が地球へ毎日無数に降り注いでいることを発見しています(観測結果に疑問を呈する人もあり)。我々の住む地球は、宇宙から隔離された安全地帯などでは決してないのです。宇宙機の帰還などという希有なイベントを待つまでもなく、凶悪な病原体は今まさに地球へ降り注ごうとしているかもしれない訳ですから(笑)

 本書の特徴として、事件を今まさに起ころうとしているものではなく、既に起きてしまったものとして扱っていることが挙げられます。後に事件を振り返る形を取った、フィクション仕立てのノンフィクション風の小説という、少々ややこしい形態です(^^;)
 この形式が物語のリアリティを高めるのに成功している一方、登場人物の掘り下げがほとんど行われないという側面もあります。人物の個性が希薄で、キャラクタの区別が付け辛いのです(個性的なのは生き残りの老人ぐらい?)。ただ、現実の人間にはそれほど個性の強い(=キャラが立った(笑))人は多くないわけですから、これは必ずしもマイナス点とは言い切れないですね。
 また、本書の語り口が非常に真面目かつ正確であることも特筆すべき点です。作中に登場する内容にはフィクションではなく事実に基づくものも多く(人間の染色体が四十八本とされた過ちとか)、よりいっそう迫真さを盛り上げてくれます。ただ、そのせいで逆にいくつかのご都合主義が少しばかり目立ってしまうのですが、そこには目をつぶるということで(^^;)
 バイオハザードSFのハシリとして今なお魅力を失うことのない、優れた作品です。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    >フィクション仕立てのノンフィクション風の小説という、少々ややこしい形態
    と書かれてたので、ちょっと我が家の出来事をご紹介します。
    「ジュラシックパーク」ロードショー時に作者に興味を持った家内は、私の蔵書からクライトンの「失われた黄金都市」を読みました(家内は文学部卒で小説好きですが、SFに関しては初心者)。前書きに、物語中に登場する博士に対する謝辞があるので、てっきり本当の話だと思い込み「ゴリラって凄いんだねえ」とたいそう感心していました。私が「あの前書きから既にフィクションである」ことを指摘すると、SFってそんなところから嘘をつくのかと、たいそう憤慨してしまいました(笑)。

    映画「アンドロメダ・・・」は高校の頃テレビで放映したのをビデオに録って何度も観返しましたが、この間DVDを観て随分カットされていたことを初めて知りました。
    2011年03月13日 23:32
  • Manuke

    『失われた黄金都市』は未読なのですが、謝辞までフィクションというのはいかにもクライトン氏らしいですね(^^;)
    映画版は私もTV放送されたものしか見ていないので、機会があったらノーカット版を鑑賞してみようと思います。
    2011年03月15日 00:11
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「アンドロメダ病原体」マイケル・クライトン / SF史上に残るマスターピース
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