タイム・シップ

[題名]:タイム・シップ
[作者]:スティーヴン・バクスター


※このレビューにはH・G・ウェルズ氏作『タイム・マシン』のネタバレがあります。ご注意ください。

 スティーヴン・バクスター氏は濃密かつ壮大なハードSFを得意とされる作家さんです。物理学的な深い考察と、度肝を抜く程のスケール感を味わわせてくれるという作風が特徴的です。
 この『タイム・シップ』は確かにバクスター氏の作品でありながら、同時に面白い側面を持っています。実は本作、SFの父H・G・ウェルズ氏による名作『タイム・マシン』の続編なのです。作品刊行が『タイム・マシン』刊行のちょうど百年後、かつウェルズ氏の遺族の了解まで得ているという懲りようです(^^;)
 しかし、単なる二次創作と侮るなかれ。文体こそウェルズ氏に似せてあるものの、その魂は紛れもなくバクスター調です。加えて、本作にはウェルズ氏作品への深い愛情が見て取れます。続編としての整合性と、自作としての独自性を両立させた、非常に優れた作品だと言えるのではないでしょうか。
 八十万年後の世界へと再び赴いた時間航行家。しかし、彼がそこで目撃したのは、前回訪れたときとは似ても似つかない未来だったのです。

 物語は時間航行家(原作通り名前は明記されませんが、ある経緯により間接的に知ることができます)の一人称で綴られます。
 八十万年後の未来で人類の末裔を目にし、更に三千万年後の地球終焉を目撃した時間航行家は、出発時間である一八九一年へと帰還して友人達にその話を聞かせました。
 一晩明けて落ち着きを取り戻した彼は、自分の成さねばならないことに気付きます。それは、未来世界で失ったエロイ族の少女ウィーナを救出することでした。タイム・マシンがあれば、それは可能なのです。
 準備を整え、再びタイム・マシンに乗り込んで八十万年後へと向かった時間航行家。ところが、前の旅とは様子が異なりました。夏至と冬至の間を上下するはずの太陽の帯が、途中で静止してしまったのです。それは、地球の公転面に対する地軸の傾きが矯正されてしまったことを意味します。
 訳の分からない時間航行家の目前で、太陽は次第に日周運動を緩め、遂には空の一点に留まってしまいました。そして太陽が爆発的に明るくなった後、周囲は闇に閉ざされます。
 その瞬間、時間航行家は更に奇妙なものを目撃します。タイム・マシンのすぐそばに、人間そっくりの目を持つ丸い肉の塊のような生物がいたのです。パニックに陥った彼はタイム・マシンを制止させ、未来世界へと投げ出されました。
 時間航行家が辿り着いたのはかつて自分が訪れたのとは違う未来、洗練されたモーロック族が太陽の周りにダイソン球殻を建築した世界でした。そこで彼は、新生モーロック族の一人ネボジプフェルに教えられるのです――自分が未来で見聞したことを友人達に語ったことで、未来が変化してしまったのだと。

 本作の注目ガジェットは、歴史の多様性です。
 H・G・ウェルズ氏はタイム・マシンという概念を発明し、時間の中を未来や過去へ移動したときに起こる物事を題材とした時間SFを創設されました。しかし、タイム・マシンを使って過去を改変してしまったとき何が起きるのかという問題に対して、その物語中で触れていません。このタイム・パラドックスは、氏より後の時間SFでは重要な役割を占めるようになります。
 本作中では、過去を改変するとその未来も変化してしまうものとされています。但し、その変化を引き起こしたきっかけである時間旅行者にその影響が及ぶことはありません。つまり、時間旅行者が過去に干渉した時点で、歴史自体が分岐するというイメージです。時間旅行者が出発した未来は消えてしまうのではなく、枝分かれしてしまったために到達できなくなってしまうだけです。
 時間航行家が過去へ遡って干渉するたびに歴史が変化していき、全く別の未来が登場します。この歴史自体の多様性が量子論の多世界解釈と関連付けられる辺りが心憎いですね。
 ただ、この世界では不用意に過去へ旅行すると、二度と元の時代へ戻ることができません(歴史が変わってしまうため)。この点から見ると、タイム・マシンと言うより別のパラレルワールドへ移動する装置のようです(^^;)

 物語には、まず最初に新生モーロック族の世界が登場します。この未来の人類である新生モーロック族は、姿形こそ『タイム・マシン』のモーロック族に酷似しているものの、野蛮な彼等とは違い知的で冷静な種族です。新生モーロック族は太陽系内へと進出し、ダイソン球殻(太陽を殻で包み込み全エネルギーを利用するという、物理学者フリーマン・ダイソン氏が提唱した文明の究極形態)を構築しています。
 その一人ネボジプフェルは、時間航行家がこの未来から逃れようとしたとき咄嗟にタイム・マシンへ乗り込み、以後旅を共にすることになります。冷徹で、時に非人間的に感じられることもありますが、時間航行家とネボジプフェルは様々な驚異を目の当たりにすることで奇妙な友情を育んでいくのです。
 二人が過去へと時間旅行するごとに歴史は変貌していき、遂に新生モーロック族の超テクノロジーですら児戯に等しいほどの存在・普遍建設者("Universal Constructor")と遭遇します。しかし、そこはまだ物語の終着駅ではありません。その先に続くスケールの大きさには頭がクラクラしてしまうほどです。バクスター氏の本領発揮ですね。
 時間SFとしての仕掛けもなかなか凝っています。史上最高の天才と称されるクルト・ゲーデル氏(不完全性定理の発見者)が作中に登場しその変人ぶりを発揮してくれるほか(^^;)、『1984年』の作者ジョージ・オーウェル氏が全体主義国家のプロパガンダ映画に出演する等、小ネタにもエスプリが利いています。

 同時に、『タイム・シップ』は『タイム・マシン』の正当な続編と認めるに足る作品でもあります。
 おそらく原作を読んだ方の多くが、「時間航行家はウィーナを助けに行ったのではないか」と想像したことでしょう(私もその一人(笑))。そこから始まる壮大な冒険譚、そして結末は実に感動的です。
 また、小説『タイム・マシン』の一人称話者である時間航行家の友人も、作家という呼び名で間接的に登場します。名前こそ明かされないものの、これはH・G・ウェルズ氏その人を指しているわけです。
 更に、『タイム・マシン』以外のウェルズ氏作品からも非常にたくさんのネタが使われています(準主役のネボジプフェルも、ウェルズ氏が学生時代に書かれた"The Chronic Argonauts"に登場する"Dr. Nebogipfel"に由来)。ウェルズ・ファンにはたまらない部分ですね。:-)
 原作を尊重しつつも壮大なスケールの大風呂敷を広げた、センス・オブ・ワンダー溢れる傑作SFです。

この記事へのコメント

  • X^2

    このレヴュー、特に「普遍建設者」以降の記述を読んで連想したのは、オラフ・ステープルドンの「スターメーカー」です。どちらの作品がよりスケールが大きいのか、興味があるところです。どちらもイギリスの作家ですから、発想というか根本にある思想が似ているのかもしれませんね。
    2010年01月30日 01:39
  • Manuke

    バクスター氏も絶賛されているみたいですね。影響を受けているのかもしれません。
    未読ですが、いずれ読んでみたいです。
    2010年01月31日 01:00
  • むしぱん

    (ネタバレ注意)今も印象に残るのは、過去の世界から帰れなくなり、そこで一生を終える覚悟で厳しい秩序ある小社会を完成させたところで救助が来てしまい(?)、完成させた小社会への未練と、元の世界に帰れる喜びとがごっちゃになるところです。(記憶がうろ覚えで違ってたらすみません)
    このようなエピソードはこれまでの他の小説でも結構あったとは思いますが、このタイムシップでは切なさを特に強く感じることができたように思いました。
    2015年02月15日 21:43
  • Manuke

    救助と言うか、ネボジプフェルが時間車を修理する場面でしょうか。あの場面はぐっと来ますよね。
    自分達の築き上げたファースト・ロンドンを後にして、ただ物事の結末を見定めるために旅立つ、というのが時間旅行者の背負った業を表しているようで、感慨深いです。
    2015年02月17日 01:30
  • むしぱん

    やはり違ってましたか(笑)、すみません。本棚に見つからなかったので、図書館から借りたのだと思います。
    築き上げてきた愛着ある小社会との別れの感慨は、ハインラインでもありましたね。「自由未来」で、この小家族集団で頑張るぞと決意していたところに・・・とか、「愛に時間を」で夫婦二人でゼロから出発し、でもラザルスが長命なための別離とか。私はそういうエピソードに弱いみたいです。

    あと、話がずれてすみませんが、先週の新聞に「人工流星」を作る日本のベンチャー企業女性社長の話が載ってました。人工衛星から数センチの金属のつぶつぶをたくさん放出して作るのだそうです。2020年五輪のセレモニーで披露するのが目標だとか。楽しみ。
    http://www.star-ale.com/


    2015年02月22日 16:36
  • Manuke

    ふむふむ、これはなかなか面白い計画ですね。
    ただ、いくつかのSFにあるような宣伝広告のディスプレイに転用されたりしないか、ちょっと心配ではあります(^^;)
    2015年02月24日 01:03
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