イルカの島

[題名]:イルカの島
[作者]:アーサー・C・クラーク


 本書は人間とイルカのコミュニケーションを題材とした近未来ジュブナイル(少年少女向け)SFです。
 海をメインテーマとしたSFには、他ならぬクラーク氏ご自身の傑作海洋SF『海底牧場』がありますけど、本作はそれよりももう少し身近な設定になっています。二十一世紀初頭を舞台に描かれる物語は、もしかしたら今現在進行中なのかもしれないと思わされるほどに等身大です。
 ジュブナイルとしては、やはりクラーク氏の『宇宙島へ行く少年』に通じる部分がありますね。一人の少年がそれまでの生育環境とは異なる状況に置かれ、新たな一歩を踏み出すという骨子は共通していますし。衛星軌道上と海という対照的な舞台を持つ、対を成す作品と言えるのかもしれません。
 密航したホヴァーシップが海に沈んだとき、ジョニーはイルカ達に救われました。そしてジョニーが辿り着いた場所は、イルカと人間のコミュニケーションを探る研究施設だったのです。

 アメリカ内陸部に生まれ育った少年ジョニー・クリントン(物語冒頭では十六歳?)は、あまり幸福ではありませんでした。彼の両親は四歳のときに飛行機事故で亡くなり、預けられた叔母家族との関係は上手くいってなかったのです。
 ある夜、家のそばの大陸横断高速道を走っていた貨物輸送用ホヴァーシップが、トラブルで停止しました。好奇心に駆られたジョニーが少し見学させてもらおうと近づき、側面のはしごを登ったところで、ホヴァーシップのエンジンが息を吹き返します。ジョニーはジェットで吹き飛ばされないよう慌てて中に潜り込みました。
 いっそこのまま密航して、目的地であるオーストラリアまで家出してしまおうと考えたジョニーですけど、世の中そう上手くはいきません(^^;) ホヴァーシップはオーストラリア沖の海上で再び故障し、沈没してしまったのです。乗組員達は救命艇で全員無事に逃れましたが、密航者であるジョニーは取り残されてしまいます。
 夜の海で、貨物のケースに掴まって何とか生き延びたジョニー。しかし、夜明けとともに彼の周囲へ三角形のヒレが多数姿を現します。サメに襲われて一巻の終わりかと覚悟した彼でしたが、それはサメではなくイルカだったのです。しかも、そのイルカ達はジョニーの窮状を察したのか、団結してケースをある方向へと押し始めます。
 イルカ達に導かれてジョニーが辿り着いたのは、オーストラリア東海岸のグレート・バリア・リーフにある島でした。そこは〈イルカ島〉と呼ばれ、人間とイルカのコミュニケーションを図るための研究施設が存在したのです。

 本書の注目ガジェットは、イルカとのコミュニケーションです。
 〈イルカ島〉研究所では、イルカの鳴き声の合成にコンピュータを使用し、イルカに対して情報を伝達するという実験が行われています。また逆に、録音したイルカの声をコンピュータで解析し、その内容を人間の言葉へ翻訳する努力も続けられています。しかし、物語中ではまだ、どちらもスムーズに意思疎通できるレベルには達していません、
 作中では、イルカは人間に匹敵するほどの知能を持ち、何万年もの歴史を口伝で残しているだろうと推測されています。ちょうど、人間が文字を発明する前に持っていた段階の文化に相当するようです。(道具を使わないので、「石器時代」とは言えませんが(^^;))
 もっとも、現実においては今のところ、イルカの知能が人間並みに高いという証拠は残念ながら得られていません。三段論法を使えたりする一方、人間なら普通に行える逆の論理(「A→B」の逆の「B→A」)ができないとも言われます。そもそも、異なる生物の知能を人間の尺度で計ること自体が間違いなのかもしれませんが。

 物語の舞台となる〈イルカ島〉は、世界最大の珊瑚礁と言われるグレート・バリア・リーフの一角にあります。
 アメリカ内陸で生まれ、海を見たことすらなかったジョニーは、この〈イルカ島〉で様々な海の神秘に触れることになります。親友となる島の少年ミック・ナウルに案内される形で描かれる珊瑚礁の様子は実に美しく、クラーク氏の海に対する深い愛情が伺えます。
 〈イルカ島〉には研究所の他、漁で生計を立てている人々も存在します(ミックの家もその一つ)。人口はそれほど多くはなさそうで、せいぜい数百人程度でしょうか。漁師は本業に加え研究所の仕事も一部引き受けており、両者の関係は良好です。
 この〈イルカ島〉はもちろん架空の島ですが、作中に登場するメアリー・ワトソンの悲劇的エピソードは実話だそうです(現実での島名はトカゲ島:"Lizard Island")。そうした点もあって、本作の〈イルカ島〉は本当に存在しても不思議ではなさそうな雰囲気を持っています。
 美しく豊かな海と、おおらかで優しい人々、そして賢く愛らしいイルカ達。ジョニー少年ならずともこの地に骨を埋めたくなる、そんな魅力を持つ島ですね。

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