賢者の石

[題名]:賢者の石
[作者]:コリン・ウィルソン


 コリン・ウィルソン氏は、社会から孤立した天才を題材としたノンフィクション『アウトサイダー』で一躍名を馳せた思想家です。本書『賢者の石』は、氏の研究を反映した思想小説としての側面を持つ、少々風変わりなお話ですね。
 また、この物語のバックボーンにはホラー小説発祥の架空神話、〈クトゥルー神話体系〉のガジェットが使われています。この〈クトゥルー神話〉に関する事前知識があると、より物語の展開に深みが増すことでしょう。
 しかし、そうした面を考慮に入れなくとも、本作は独立した作品として十分に楽しむことができます。意識の拡大により超人となった二人の男性。彼等が人類の過去を探ろうとしたとき、同時に恐るべき「古きものども」の存在を知ることになるのです。

 物語は大きく二つの章に分かれています。
 始めの章では、主人公ハワード・ニューマンとその盟友ヘンリー・リトルウェイが、いかに人の知性を覚醒させるかに取り組む様が描かれます。鳥瞰的な意識を獲得することが人間のあるべき姿であり、それにより肉体的にも不老不死になり得るという信念の元、彼等は調査と研究を繰り返し、ついにそれを達成するのです。
 ただ、この章は控えめに言っても退屈です(^^;) ウィルソン氏の思想が前面に押し出されていることにより、およそ物語性というものに欠けた内容になってしまっているのです。何しろ中盤でヘンリーに出会うまで、一人称主人公である「私」の名前すら出てきませんから。
 思想的な意味では、本書は『アウトサイダー』に負うところが大きいようですね(ハワード自身もアウトサイダーですし)。ただ、このレビューはあくまでSFとしての作品評価ですので、そちらには踏み込みません。悪しからず(^^;)
 次の章に入ると、一転してお話は俄然面白くなってきます。
 ニーチェが言うところの超人に相当する意識拡大を果たした二人は、それにより新たな能力を獲得し始めます。その一つが時間ヴィジョンと呼ばれる、目にした物体にまつわる過去を透視する能力です。
 周囲にある様々な物の過去をヴィジョンで覗き見るうち、ハワードはとある玄武岩像に関しておかしなことに気づきます。それは、想像されていた年代よりも桁違いに古い、クロマニョン人がまだ生まれていないはずの時代に作られたものだったのです。しかも驚くべきことに、その玄武岩像はハワードの時間ヴィジョン能力に抵抗し、作られた時期以上の情報を知ることができません。
 そして二人は次第に、人類創世に関わる秘密、そして人間とは全く異なる恐るべき存在との対峙を余儀なくされることになります。

 本作の注目ガジェットは、価値体験を己がものにすることによる意識の進化です。
 歴史上の偉大な天才達でさえ、自らの意識を軛から解き放ち鳥瞰的視点に至ることができたのは、ほんの一瞬でしかないとされています。人が年老いて死ぬのは不自然なことであり、価値体験と名付けられたこの状態を維持し続けることができれば、自ずと不死性を獲得することになるはずだ、というわけです。
 その妥当性はともかく(笑)、物語中では脳の前頭葉にニューマン合金という謎の金属を埋め込んで電流を流すことで、ハワード達は次なる人類へと進化を遂げます。この結果、彼等は深い洞察力を得ただけでなく、前述の時間ヴィジョンやテレパシー等の超常能力を身につけていくことになります。

 冒頭で述べたように、H・P・ラヴクラフト氏から始まる〈クトゥルー神話体系〉が、本作の味付けとして使われています。ただし、扱い方は少々番外編的なものとなっており、小説内世界では〈クトゥルー神話〉は実話が歪められたものと設定されているようです。このため、本書自体を〈クトゥルー神話〉群の中に含めて良いものかどうかは難しいところですね。
 もっとも、そうした距離の置き方は、SFとしてプラス方向に働いていると言えるでしょう。〈クトゥルー神話〉は無数の邪神が闊歩するおぞましい世界であり、全部取り込んでしまうと「意識の解放」というテーマが食われてしまいかねませんから(^^;)

 かなり思想的な色合いが強く、ウィルソン氏の価値観が押し付けられる感も一部ありますけど(シェイクスピア作品が徹底的にこき下ろされたりします(笑))、それらもまた本書の面白さでもありますね。序文に述べられているのですが、執筆にあたってはできる限り事実に基づくよう配慮されたそうです。時間ヴィジョンで語られる過去の姿に説得力があるのも頷けます。
 思想小説として、ホラー作品として、はたまた文芸批評として――本書は様々な楽しみ方ができるでしょう。そしてもちろん、SFとしても一級の面白さがあります。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    私はこの小説、SFというよりは自流のトンデモ仮説を布教したい新手の宗教活動を目指す手段として書いてるのかな? という目で読んでしまいました。
    アシモフ氏が「空飛ぶ円盤なんてあるはずないでしょ」と現実派的だったことに対し、この小説はオカルト的なものを追い続ける、私にとっては普段読まない珍しい部類の読書体験のようなものを感じました。
    (オカルト否定派ではないです。ユリ・ゲラーがTV出演した時(古!)、壊れた腕時計をTVの前に置いたら動き出してびっくりしました。世の中、不思議なことはあるのだなと実感です。ちなみに腕時計は一週間ぐらいしたら止まりました。笑)
    ただ、SF古典群の中の一つとして本書はちょっと忘れ去られそうな感じもあり、それはそれで惜しいところもあるのでSF名作選の中に残ってほしい作品ですね。
    2015年12月12日 22:41
  • Manuke

    ウィルソン氏の「価値体験」は、確か『アウトサイダー』でも触れられていたように思います。大分昔に読んだのでうろ覚えですが(^^;)
    茂木 健一郎氏のアハ体験なんかも同じようなものかな。

    ただこれ、個人的にはセンス・オブ・ワンダーのあれ(グラグラする感じ)じゃないかと勝手に思っています。
    そうなると、SFファンはまさに「選ばれし開眼者」なのかも!……とはならないですね。
    SFファンが新人類に進化したという話も聞きませんし(笑)

    むしろ、「電極で脳を刺激」となると、〈ノウンスペース・シリーズ〉の電気中毒を連想してしまいます(^^;)
    そちらの方がよほどありそう。
    2015年12月14日 00:48
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