アンドロイド

[題名]:アンドロイド
[作者]:エドマンド・クーパー


 このお話は、人間そっくりに作られたアンドロイドが普及し、人々が一切の労働から解放された未来を描くSF小説です。
 人間が生きていく上で労働に従事する必要がなくなるというのは、一見すると夢のような時代のように感じられます。しかし、それが幸福な状態であると言えるかどうかは難しいところですね。
 また、もう一つの軸として、アンドロイドと人間の関わりがあります。人間に比肩しうる知性を持った人工的存在は、果たして人間と本当に共存可能なのかという命題です。共に優れたアンドロイドでありながら異なるスタンスを取るマリオンAとソロモンの二体を通じて問いかけがなされる部分は、本書のクライマックスを大いに盛り上げてくれます。
 ある事故のために百四十六年の未来で復活したマーカム。そこで彼が目にしたのは、アンドロイドが労働の全てを代行し、人が労務から自由になった世界でした。

 時は一九六七年、世界情勢は不穏な色を帯びていました。核戦争の恐怖が忍び寄り、放射能汚染に備えてイギリス政府は地下倉庫に大量の食料を備蓄し始めていたのです。
 有限会社国際冷凍で働くジョン・マーカムは、しかしそうした危惧をそれほど真面目には考えていませんでした。彼にとって冷凍倉庫への備蓄は、妻や子供達を養うための単なる仕事でしかありません。政治家が正気であれば核戦争など起こすはずはないと、彼は楽観視していました。
 しかし、マーカムがある日冷凍倉庫内で作業中、突然地震のような震動が彼を襲います。倉庫の中に閉じ込められてしまったマーカムは、冷気の中で意識を失ってしまいます。
 そして、マーカムが息を吹き返したとき――そこは二一一三年の未来でした。彼は核戦争で生き埋めになり凍死していたのを偶然発見され、進歩した医療技術によって蘇生させられたのです。
 復活したマーカムの目には、百四十六年後の社会は異様なものに映りました。戦争のせいで激減した人口を補うために、人間そっくりに作られたロボット・アンドロイドが大量に動員され、その結果人々は生涯働く必要なく遊んで暮らすことができます。責任感や連帯感は存在せず、貞操観念も希薄です。
 マーカムは妻子が既にこの世にいないことを嘆きつつも、政府から配給された女性型アンドロイドのマリオンAの助けを借り、社会に融け込むべく様々なことを学び始めます。
 ところが、その過程でマーカムは気付きます。一見するとお気楽に感じられた二十二世紀社会の裏には、闇が潜んでいることに。

 本書の注目ガジェットは、アンドロイドです。
 作中世界では、『九日間のトランキライザー』と呼ばれる核戦争、そしてそれに続く疫病と飢餓によって世界人口が激減しました。その人手不足を補うためにロボットが作られたのですが、社会において様々な環境や道具を人間と共有する必要から、姿形が人間そっくりのアンドロイドへ進歩していったとされています。
 アンドロイドの内部構造に関する説明はあまり多くありませんが、身体的能力に関しても人間とさほど変わらないようです。動力源は心臓ほどの大きさの原子力ステーションで、電力によって動いているものと思われます。食事のふりをすることはできるものの、摂取した食べ物は消化されず後で廃棄されます。
 使用形態としては、大別して私用アンドロイド(PA:"Personal Android")と公用アンドロイドに分けられ、全ての人間は召使いとしてのPAを一体ずつ所有することが慣例となっています。公用アンドロイドは様々な仕事を担い、肉体労働ばかりでなく医者・警官・行政、更には学究の分野までがアンドロイドにより行われています。

 二十二世紀では、ルールを犯さない限り政府からお金が支給され、人々は働く必要がありません。物語中に登場する人間のうち、職業に就いていると明記されたのはロンドン共和国大統領ぐらいで、後は遊興に耽ったりスポーツや芸術に打ち込んだりしているもようです。労働自体が禁止されているわけではありませんが、それは時代遅れの恥ずべき行為だと考えられています。
 さすがに哲学や考古学のような学問までもがアンドロイドによって行われているとなると、マーカムならずともぎょっとしてしまいますね。学術研究を単なるレクリエーション以上に面白いものだと捉える人もいるわけですから、そうした職業まで消滅してしまうかは少々疑問ですけど(^^;)
 但し、全ての人間がこの状態を受け入れているわけではないようです。自由や独立心を尊び、人は社会において何らかの責任を果たすべきだと考える者もいます。しかし、この思想は危険なものだとして精神治療(洗脳)の対象になるため、それを厭う人々は逃亡者となってアンドロイドから逃げ続けなければなりません。
 面白いのは、このアンドロイドが主導権を握った社会は必ずしもアンドロイドによる人間支配とイコールではない点です。体制側の象徴であるアンドロイドの総理大臣ソロモンは、現行の社会はあくまで人間のためにあるのだと主張します。ソロモンは嫌味っぽくも洗練された存在として描かれますが、それでも彼を指して「アンドロイドには誇張の能力はない」とする台詞が登場します。なかなか皮肉なシチュエーションと言えるでしょう。
 逆に、マーカムに与えられた私用アンドロイド・マリオンAは、マーカムとのやり取りを通じて人間的な物の見方を学び始めます。文字通り機械的だった態度の変遷していく様が興味深いですね。マリオンAがマーカムに抱くようになるプラトニックな愛情は、お話のラストを強く印象付けてくれます。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    こんにちは
    小説「アンドロイド」は抒情豊かな小説だったなあという暖かい思い出があります。
    エイミー・トムスンの「ヴァーチャル・ガール」も同じ自立(自律?)型女性アンドロイドものとして好きです。
    エドマンド・クーパーがリチャード・エイヴァリー名義で書いたSF「コンラッド消耗部隊シリーズ」も、もし未読でしたらお勧めです。
    2010年11月13日 22:50
  • Manuke

    『ヴァーチャル・ガール』は後半の展開に驚かされました。あの自立も違う意味で印象的です(^^;)
    『コンラッド消耗部隊』は未読なので、機会があったら読んでみますね。
    2010年11月14日 00:48
  • トオル

    「アンドロイド」のレビューありがとうございます。この小説は、当方が30年以上前(小学生の頃)に読んで、とても切なく心に残った本です。大人になってから、もう一度読みたくてずっと探してましたが、先日中古の本がが見つかり、早速注文しました。大人になってからの感じた方がどう違うのか、本が届くのを楽しみにしています。
    2012年02月19日 10:35
  • Manuke

    いらっしゃいませ。
    本作のラストはとても切ないですね。一つのラブストーリーとしても美しいお話だと思います。
    子供の頃に読んだお話を大人になって読み直すと印象が変わったりすることもしばしばですけど、当時気付かなかった仕掛けに唸らされることも多いです。こうやってレビューを書いていると、良く体験します(^^;)
    2012年02月20日 00:24

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