ニューロマンサー

[題名]:ニューロマンサー
[作者]:ウィリアム・ギブスン


 本書『ニューロマンサー』は、SF界にサイバーパンクと言う一大ムーブメントを巻き起こした、エポックメイキング的作品です。
 コンピュータ・ネットワーク内に構築された現実とは異なる空間・サイバースペースを舞台に、依頼(しばしば非合法な)を受けた凄腕のハッカーが活躍する、というのがサイバーパンクの少々乱暴なあらましですけど、この様式自体は本作発表の少し前から現れつつあったようです。しかし、『ニューロマンサー』が読者に熱狂的に受け入れられたことにより、サイバーパンクはSFジャンルの一つとして確立されたのだと言えるのではないでしょうか。
 本書のイメージは濃密かつクールで、後のSF作品に多大な影響を与えたことは疑いありません。ジャンルとしてのサイバーパンク以外においても、以後のSF作品中でコンピュータを扱う場合にサイバースペースがしばしば登場することになります。

 サイバースペースに潜り込んで、企業から情報を盗み出すことを生業とするクラッカー達――またの名をカウボーイ。ケイスは二十二歳の若さながら、《スプロール》(アメリカ東海岸の連結都市)中でも腕利きのカウボーイとして名を馳せていました。
 しかし、あるときケイスが雇い主を裏切って情報を横流ししたことがバレて、報復として神経系へ真菌毒による損傷を与えられてしまいます。その結果、身体的には健康でありながら、ケイスは二度とサイバースペースへジャック・インすることができなくなってしまうのです。
 サイバースペースを自らの居場所と考えるケイスにとって、それは楽園追放に等しいものでした。彼は神経外科医学の発達した日本のチバ・シティへ渡航し、闇クリニックで治療方法を探しますが、全て徒労に終わります。資金を使い果たしたケイスは、チバ・シティで殺人や麻薬密売を請け負いながらも、破滅への道を辿りつつありました。
 そんな彼の下を、女性用心棒のモリイが訪れます。彼女に連れられて謎の男アーミテジに引き合わされたケイスは、神経系の修復と引き換えに仕事を依頼されたのです。もちろん、ケイスにはそれに応じる以外の選択肢はありませんでした。
 無事カウボーイの能力を取り戻したケイスはモリイとコンビを組み、アーミテジの求める仕事をこなします。しかし、二人ともアーミテジを信用してはおらず、密かにその背後関係を探っていました。
 その結果、アーミテジの背後には冬寂(ウィンターミュート)なる黒幕が存在することが分かりました。そして冬寂とは、人工知能の認識記号だったのです。
 果たしてAIである冬寂は、ケイス達に何をやらせようとしているのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、サイバースペースです。
 日本語で電脳空間とも訳されるこの言葉が指すものは、コンピュータ内部へ仮想的に構築された擬似的な空間です。但し、現実を模倣した世界をコンピュータ内に生み出すことを目指すヴァーチャルリアリティとは異なり、サイバースペースの場合は抽象的な世界で、その目的はコンピュータの操作です。
 作中でケイスは、額に皮膚電極(ダーマトロード)を貼付けてサイバースペースへとジャック・インします。視覚・聴覚はこれによりコンピュータ内の疑似空間のものに置き換えられますが、五感全てを奪ってしまうわけではないようで、身体的な苦痛はジャック・イン後も感じている描写があります。(完全に生身の感覚を置き換えられてしまうこともあるようですが)
 サイバースペース内(マトリックスとも呼ばれます)では、ネットワーク空間が透明3Dチェスボードのように、各ノードが色とりどりのピラミッドや立方体のように見え、透明なコンピュータ・ウイルスがICE(侵入対抗電子機器)に食い込んでいく様が視覚化されます。
 一方、ヴァーチャルリアリティである疑験(シムスティム:"Simstim"。"simulated-stimulation"の略語?)というものも存在しますけど、肉体を重視しないカウボーイ達はそれを玩具だとして蔑視しているようです。
 個人的には、こうしたサイバースペースがどれほど有用なものなのか少し疑問に感じたりします(^^;) 本物のハッカーはきらびやかなユーザインターフェースを必要としないのじゃないかな、という思いがあるものですから。ただ、中途半端に知識があるため想像力が損なわれている可能性もあるので、決めつけは良くないですね。
 もちろん、小説の描写手法としてのサイバースペースには大きな価値があります。何と言っても、サイバースペース内でのケイスの活躍は格好良く、そのイメージは鮮烈ですから。

 本書の作中世界は猥雑でありながらクールであり、その混沌さが独特の魅力となっています。
 物語冒頭、チバ・シティの一角にある歓楽街・仁清(ニンセイ)は、ハイテクと暴力、そしてエスニック・テイストの日本文化が入り交じった、異様な印象の場所です。危険で刺激的な“夜の街”ですが、整然とした輝かしい未来都市よりもずっとリアルな印象を受けますね。
 登場人物達はほとんどが非合法な活動に身をやつしており、その言動もシニカルです。特に主要人物の一人モリイは冷めた視点と肉体的な強さを持つ女サムライで、作中で最も格好良いキャラクタです。
 こうしたダーティなイメージが、サイバーパンクというジャンルの「パンク」に当たる部分なのでしょう。それが「サイバー」の部分であるサイバースペース内描写と渾然一体となり、非常にスリリングな世界を構成しています。
 とにかく圧倒的されるほどに強烈なパワーを持つ本書。SF界に旋風を巻き起こしたことも頷ける、サイバーパンクの代表作です。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/70241974

この記事へのトラックバック