成長の儀式

[題名]:成長の儀式
[作者]:アレクセイ・パンシン


 本書は、宇宙を航行する巨大な〈船〉の中で生まれた一人の少女の成長を描く物語です。原題は"Rite of Passage"、一般的には「通過儀礼」と訳される言葉ですね。各々の文化において、人生の節目となるような時点に行われる儀式を指します。
 作中の世界では、地球は既に壊滅しており、人類は〈船〉の上で一生を過ごす人々と植民惑星に生きる者の二グループに分かれています。このうち、〈船〉がテクノロジー全般を掌握しており、植民惑星は前近代的な文明レベルに留まっています。こうした世界構造が少女マイアの成長と共に読者の前へ提示されていき、それと同時に社会のいびつさもあらわになってくる、というストーリー展開が興味深いところですね。

 二十一世紀に入って、地球は人口過多と資源の枯渇により危機に瀕していました。このことから、他の恒星系へ植民するための〈巨人船団〉が建造され、大勢の人々を別の惑星へ運ぶことが実行されます。テクノロジーの維持が困難だろうと懸念されたため、植民先の惑星では家畜等を使役する前近代的なシステムが選ばれました。
 しかし二〇四一年、太陽系内の植民地を道連れに地球は遂に破滅します。人類は故郷を失い、八隻の植民輸送船と百十二の植民惑星が残されました。
 ここで、移民を運んだ〈船〉はテクノロジーを独占して宇宙を移動する都市へと変貌し、文明レベルの遅れた植民惑星を従えるという道を選びました。(植民惑星はその後の経緯により約九十にまで減少)
 〈船〉では優生学に基づく徹底した産児制限が行われ、違反者は追放されます。また、堕落を防ぐために、子供が十四歳に達したら植民惑星で一ヶ月の間自活することが義務づけられます。この〈試験〉にパスした者のみが成人として認められますが、通過できずに命を落とす子供も少なくありませんでした。
 二十二世紀末、そうした〈船〉の一つで生を受けたマイア・ハヴァローは、勝ち気さと人見知り傾向を併せ持つ少女でした。利発的で身体能力が高く負けん気が強いものの、新しい物事には消極的で、初対面の人間と上手く接することができません。
 物語はマイアが十二歳の時点から始まります。彼女にとって、間近に迫った〈試験〉は恐怖の対象でした。マイアは一度も〈船〉の外へ出たことがなく、また未開の植民惑星の住人を〈泥食らい(マッドイーター)〉と呼んで蔑視していたからです。
 評議会議員である父マイルズの都合により住み慣れた区画から転居したことをきっかけに、マイアの世界は広がり始めます。それまで築いてきた居場所を白紙に戻さざるを得なかったマイアは、否応無しに新たな人々と付き合うことを強いられたのです。
 聡明な少年ジミー・ダントルモンや教師ジョーゼフ・L・H・ムベルといった者と触れ合い、また実際に植民惑星を訪問したことで、マイアは自分の見識の狭さを自覚していくことになります。しかしなお、〈泥食らい〉達に対する嫌悪感は彼女の中に残っていました。
 様々な出来事、そして成長の儀式である〈試験〉の果てに、マイアは何を見いだすのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、〈船〉です。
 元々は人口過密の地球から植民惑星へ人々を輸送するために建造された〈巨人船団〉の一つですが、物語の時代では移動式のスペースコロニーのようなものへと変貌しています。
 もっとも、宇宙船といっても金属で作られているのではなく、実際には小惑星の中をくり抜いて居住可能にしたものです。〈船〉は基本不連続原理(作中の架空理論)に基づき超光速で飛行することができ、内部には人工重力が働いています。
 船内は六つの層から構成されており、第一層は技術区、第二層は行政区、第四・第五層は居住区となっています。また、第三層は自然環境を模したエリアで、動物が放し飼いにされていたりします。(第六層は不要になったことから放棄されています)
 総人口は数万人ほどで、過去の反省から産児制限が行われています。医学の発達により、人々は長命かつ健康です。
 面白い設定の一つに、〈船〉の命運を左右するような意思決定に対して全成人(〈試験〉をパスした者)による投票を行うこと、つまり直接民主制が採られている点があります。人口規模がそれほど大きくないために、直接民主制の弱点である意見の乱立がそれほど問題にならないということでしょうか。但し、この投票には〈船〉の住人しか参加できず、植民惑星の人間は異論を挟む余地すらありません――たとえ自分達に関ることであろうとも。

 タイトルにもなっている通過儀礼は、直接的にはもちろん〈試験〉を指すものと思われますが、本作はマイアという少女の成長を描く物語ですから、他にもいくつかそれに相当するイベントが含まれます。
 また、それらとは全く別のレベルにおける通過儀礼も、エピローグで仄めかされているようです(エピローグの表題も『成長の儀式』)。劇中に登場する入れ子人形(マトリョーシカ?)の逸話がそれを暗喩しているようにも感じられますね。(穿ち過ぎかも(^^;))
 作品からのメッセージにはいささかダイレクトかつナイーブに思える部分があるものの、本作がベトナム戦争まっただ中の時期に書かれたものであることも考慮しておいた方が良いかもしれません。そうした時代背景を踏まえて読むと、本作をより楽しめるのではないでしょうか。

この記事へのコメント

  • Kimball

    Manukeさん、
    いやー、まだまだ、こんな名作があったのですねー!

    アマ損マーケットプレースでの購入を
    即決しました!

    1968年の作品ということなので、小生の
    中高生時代に一度は本屋さんで出会って
    いるのかもしれません。

    はは。
    著者をググる前は、「ロシアSF」かと
    思いました!\(^o^)/
    2007年11月04日 20:08
  • Manuke

    巻末の解説によると、やはりロシア系のようですねー。>パンシン氏
    ご自身はミシガン生まれとのことですが。

    SFファンダム出身とのことで、ちょっと親近感を覚えちゃいます(^^;)
    2007年11月06日 00:05
  • ムシパン

    初めまして。
    30年前にこの小説を読んで以来、何度も読み返してます。
    それまでずっと父親を尊敬していたマイアが、ティンティラへの制裁が決まった時に「お父さんは間違っている」と反発するマイアの成長ぶりが大好きです。読み返す度に新たな発見があり、本当に素晴らしいSFだと思います。
    2010年10月30日 01:04
  • Manuke

    いらっしゃいませ。

    おっしゃるとおり、父親から精神的に独立するところは印象的ですね。
    狭い中で完結していたマイアの世界が物理的にも心理的にも大きく広がっていく辺りが、舞台背景と良くマッチしていると感じます。
    この先、マイアとジミーが〈船〉にどういう変化をもたらしていくのか、想像を巡らしたくなります。
    2010年10月31日 00:24
  • むしぱん

    そうですね。なんだかいろいろ、その後の彼らを考えてしまいますね。マイアの娘とかが「お母さんは間違っている」とか(笑)。
    2010年11月13日 23:11
  • Manuke

    あはは、確かにありそうですね。
    〈船〉の植民惑星に対する絶対的な優位性が揺らぐ時代などを考察してみるのも面白いかもです。
    2010年11月14日 00:24

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