永劫回帰

[題名]:永劫回帰
[作者]:バリントン・J・ベイリー


 本書『永劫回帰』は奇才バリントン・J・ベイリー氏の手による、様々なガジェットを壮大な世界設定に詰め込んだワイドスクリーン・バロックです。
 作品の突き抜け具合は、その題名にも現れていますね(^^;) 知の巨人と称される哲学者ニーチェ氏の思想・永劫回帰を題材にSFを書いてしまうのですから恐れ入ります(原題は"The Pillars of Eternity"/『永遠の柱』ですから、邦題よりも少し謙虚?)。
 もっとも、これはニーチェ氏の永劫回帰そのままではなく、作品世界を「未来永劫、同じ歴史を繰り返す宇宙」に据えた物語ですので、読むに当たってそれほど身構える必要はありません。一応、キーワードとして哲学的なものがいくつか登場しますけど、これはベイリー氏お得意のハッタリぐらいに捉えておくのが無難かと(笑)
 哲学者コロネーダー達の手により超人となったヨアヒム・ボアズは、しかしそのために想像を絶する苦痛を体験しました。その結果、ボアズは願うようになるのです――永遠に繰り返す歴史を終わらせることを。

 宇宙船管理者(シップキーパー)であるヨアヒム・ボアズは無頼の宇宙船乗りで、荷を運送することで日々の糧を得ていました。しかし彼はただのシップキーパーではなく、奇妙な生い立ちを持っていたのです。
 ある惑星のスラムで生まれたボアズは、先天的に骨に障碍を持っており、そのせいで迫害を受けていました。そんなとき、惑星を訪れたコロネーダー(哲学者集団)にボアズは見いだされ、実験手術を受けることになります。
 それは、体中の骨を人工的に作られた珪素骨に置き換えるというものでした。珪素骨にはコロネーダーが求める機能が備わっており、手術の成功によりボアズは超人へと生まれ変わります。
 しかし、それが同時に悲劇を招くことになります。ある錬金術の実験に立ち会っていたボアズは、〈エーテルの火〉の爆発によりその身を焼き尽くされてしまいました。ところが、珪素骨の働きで彼は死なず、感覚を鋭敏にしていたせいで人間の限界を超える肉体的・精神的苦痛を味わうのです――意識を失うことさえ許されず。
 コロネーダー達の尽力によりボアズは一命を取り留めました。けれども、その肉体はもはや単独では維持することができず、宇宙船に組み込まれた装置の助けを借りなければなりません。宇宙船から遠く離れれば、ボアズには死が待つのみです。そして、彼の精神はある狂気に囚われてしまいます。
 この時代、宇宙は永遠に同じ歴史を繰り返しているということが科学的に証明されていました。と言うことは、超未来のいつかボアズは再び生まれ、同じ苦痛を味わうことになります。それはボアズにとって我慢のならないことでした。
 そして、辺境の惑星でボアズが一組の男女を助けたところから物語は動き出します。時間を超えて画像を映すというタイム・ジェルを求め、ボアズは謎の放浪惑星メアジェインへと向かうことになるのです。
 彼の目的はただ一つ――再び訪れるはずの苦痛を回避するため、永遠に繰り返す時間を終わらせることでした。

 本作の注目ガジェットは、永劫回帰です。
 オリジナルは十九世紀の哲学者フリードリヒ・ニーチェ氏が提唱した概念ですね。物質が有限であるなら、その組み合わせも有限であり、永遠に続く時間の中の遥かな未来において物質は今と同じ組み合わせを取るだろうとするものです。つまり、私達がしばしば考える「一度きりの特別な人生」/「唯一の特別な自分」は特別でも何でもなく、過去無限に存在してきたし、未来にも無限に繰り返されるのだと言うわけです。(この辺り、理解不足があるかもしれませんが、ご容赦ください)
 本書の中における永劫回帰はそこまで壮大なものではなく、単に同じ歴史を延々と繰り返すという世界です。全ての組み合わせを使い果たしている訳ではないため、作中の繰り返される世界とは別の歴史が存在しうることが示唆されています。
 ニーチェ氏の永劫回帰では、無限に繰り返される人生に意味や目的があることを全否定しながらも、その人生を肯定する超人思想へと繋がります。一方、ヨアヒム・ボアズも超人と称されているものの、もっと俗っぽい意味ですね。ボアズは苦痛の記憶を受け入れることができず、ニーチェ氏のお眼鏡には適いそうにありません(^^;)

 ベイリー氏の他作品と同様、本作でも非常にたくさんのSFガジェットが登場します。
 哲学的な思索を愛する集団・コロネーダーと、それとは別の形で宇宙を探求する錬金術師。様々な用途に使われる制御システムの要であり、珪素骨の材料でもあるADP(自動データ処理装置)と、それを上回る能力を持つ生物的な結晶・ベーム。過去や未来の光景をその表面に浮かび上がらせる時間石(タイム・ジェル)。
 退廃的な文化も、無限に同じ歴史を繰り返す世界観と良くマッチしています。中でも、自分のクローンを作ってそれに記憶を送信しつつ、自分を殺してもらうことで快楽を得ようとする遊びの流行は退廃の極みでしょう。主人公ボアズは、クローンにとっては死の疑似体験でもオリジナルにとっては実際の死だと考えてそれを嫌悪していますが、人々は違いを気に留めていないようです。
 もっとも、こうして一風変わった味付けを施されながらも、本書のメインストーリーは「タフでクールな主人公が、実現不能だとされる目標に立ち向かう」というスペースオペラの形態を踏襲しています。哲学っぽいキーワードは散りばめられていますけど、さほど深い意味はなさそうですのでご安心ください(笑)
 ヨアヒム・ボアズが望むのは永劫回帰を終わらせること、すなわち宇宙そのもの改変です。対するに、ボアズは珪素骨を持ち宇宙船と接続されているものの、その力は特筆するほどのものではありません。この途方もないラージスケールの目的と相まって、物語のクライマックスは非常に鮮やかです。このスケール感こそがワイドスクリーン・バロックの真骨頂と言えるのではないでしょうか。

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