ネメシス

[題名]:ネメシス
[作者]:アイザック・アシモフ


 本作は巨匠アイザック・アシモフ氏による、人類が太陽系外へと進出し始める時代を描いたSF作品です。
 基本的に、氏のライフワークたる〈銀河帝国もの〉とは独立した物語であることが前書きで明言されています(設定上にも相容れない部分あり)。但し、必ずしも額面通りにそれを受け取っていいものかどうかは分かりません(^^;) アシモフ氏ご自身、それらシリーズとの関連を仄めかしていらっしゃいますし、事実ストーリー上のいくつかのポイントが〈イライジャ・ベイリ三部作〉と共通しているのも見逃せませんね。
 もっとも、お話自体に他作品との直接的な関連はありませんから、〈銀河帝国もの〉を読んでいなくても本書を楽しむことができるでしょう。
 太陽系を脱した植民衛星ローターが辿り着いた、太陽に最も近い赤色矮星ネメシス。しかし、そこには大きな秘密が隠されていたのです。

 時は二十三世紀、人口過密で暮らし辛くなった地球の周囲に多数の植民衛星(スペースコロニー)が建設されている時代です。
 八十億人もの人口を有するが故に多数の問題を抱えている地球に対し、人種別に集まった各植民衛星は少数ながらも高い生活レベルを維持しており、互いに反目し合っていました。(植民衛星同士も仲が良いとは言えないようです)
 そうした中、ローターと呼ばれる植民衛星が亜光速で宇宙を移動する方法、ハイパー・アシスト駆動を開発しました。そしてそれを利用した無人の深宇宙探査ロケットを使い、偶然にも今まで知られていなかった赤色矮星を発見したのです。
 ネメシスと名付けられたその赤色矮星は、最も近い連星系アルファ・ケンタウリよりもさらに近い、太陽系から二光年の距離にありました。しかし、星間ガスに光が遮られていたため、その存在が地球からは分からなかったのです。
 ローターの要人で分離主義者のジェイナス・ピットはネメシスの存在を知り、上層部に太陽系を離れることの意義を訴えました。そして、植民衛星ローターは太陽系を脱してネメシスへと向かうことになります――ハイパー・アシスト駆動の技術を地球や他の植民衛星に明かさず、更にはネメシスの存在自体を秘したまま。
 それは同時に、一組の夫婦に破局をもたらしました。ネメシスの発見者である天文学者ユージニア・インシアナはローターと共に太陽系を脱することを望み、夫の地球人クライル・フィッシャーはそれを拒否したためです。二人の娘である赤ん坊マルレイネを残し、クライルはローターを離れて地球へ帰還します。

 そして時は流れ、ローターはネメシス星系へ到達し、その周囲で活動を始めていました。
 十五歳の少女へと成長したマルレイネには、ある特殊な能力が備わっていました。マルレイネは他人の表情やちょっとした動作、声の調子などから、相手の心を読む技に長けていたのです。それはテレパシーではなく推測に過ぎないものの、それに近いレベルに達しています。
 マルレイネはその力を使い、母ユージニアが秘密にしている事実を見抜いてしまいます。それは、ネメシスが地球に破滅をもたらすだろうという、恐るべき予測でした。

 本作の注目ガジェットは、赤色矮星ネメシス("Nemesis")です。
 名前の由来はギリシア神話に登場する女神で、日本語では復讐の女神と訳されることも多いのですが、ニュアンス的には「復讐」よりも「正義の報い("retributive justice")」が近いようです。つまり、神罰を下す女神ですね。
 なお、このネメシスという名前、直接的には女神ではなく二十世紀に提唱された太陽の伴星にちなんだものです。生物の大量絶滅が二千六百万年毎で発生しているように見えることから、太陽には二千六百万年周期で公転する伴星が存在するのではないか考えられたものですね。(現在では存在が否定されています)
 作中に登場するネメシスの大きさは太陽質量の七分の一程度で、かなり暗い星です。巨大ガス惑星・メガスを有しており、ネメシスから四百万キロメートルと非常に近い公転軌道を持つため、メガスは常に同じ面をネメシスに向けています。
 更にメガスの周りにはその衛星エリスロ("Erythro")が公転しています。このエリスロはほぼ地球サイズの衛星で、人間が居住可能な温度かつ呼吸可能な大気を持っています。
 アシモフ氏が『ネメシス』を執筆された当時、恒星のすぐそばを公転するガス惑星というのはかなり大胆なアイディアでした(太陽系のガス惑星はいずれも太陽から遠く離れていますし)。ところが、一九九〇年代に入って太陽系外の惑星が発見されると、その内のいくつかが恒星に非常に近い軌道を持つことが分かりました。
 これらはホット・ジュピター(熱い木星)と総称されていますが、恒星から離れた場所で形成されると目されるガス惑星がどうやって低い軌道に移行するのか、現時点では分かっていないようです。
 アシモフ氏が惑星メガスをネメシスの近くに配置したのはストーリー上の都合だと思われますけど、図らずもホット・ジュピターの存在を予見したような形になってしまったのは興味深いですね。

 本書『ネメシス』は前述の通り〈銀河帝国もの〉として書かれた作品ではないのですが、役割としては欠けた歴史を補完する作品に当たります。
 ただ、正史に組み入れる場合に問題となるのは、超光速航法の開発年代です。〈ロボットもの〉の初期作品『われはロボット』の中には超光速を達成するスペース=ワープ・エンジン開発のエピソードが含まれますけど(年代は二十一世紀)、これが本書の設定と矛盾してしまいます。もっとも、『われはロボット』ではまだ実験段階なので、実際には開発に成功しなかったことにしてしまえば良いのかもしれませんが(^^;)
 正史に含めた場合、『ネメシス』は〈ロボットもの〉と〈イライジャ・ベイリ三部作〉の間を繋ぐ逸話ということになります。本書における地球と植民惑星の対立は、『鋼鉄都市』における地球とスペーサーの関係に近いものがありますが、これは本書の出来事以降に各植民惑星が太陽系外へ進出してスペーサーになったと考えれば、歴史がスムーズに繋がることになりますね。
 更に、衛星エリスロの存在は『ファウンデーションの彼方へ』に登場する〈あれ〉(ネタバレなので名前は伏せます(^^;))そのもの、もしくはそのモデルである可能性も指摘されています。
 単体作品としても十分に楽しめる本書ですが、数万年に及ぶ銀河帝国の歴史を繋ぐものと捉えると、よりいっそう面白さが感じられるかもしれません。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    アシモフは、女性が主人公の小説の方が面白い気がしてます。このメネシスしかり、ファウンデーションの2巻や3巻もかなり感情移入しました。「停滞空間」も凄くよかったと思います。
    単に私が、女性が主人公の小説が好きなだけという感じもしますが…
    2010年12月12日 20:46
  • Manuke

    アシモフ作品の女性キャラクタは生き生きとしているのがいいですね。『永遠の終り』のノイエスとか。
    個人的に一番お気に入りなのは、なんと言ってもスーザン・キャルヴィン博士です。人から冷血だと陰口をたたかれながらも、意外と茶目っ気があったりしますし(^^;)
    2010年12月14日 00:45
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