火星航路SOS

[題名]:火星航路SOS
[作者]:E・E・スミス


 スペースオペラの巨匠E・E・スミス氏による、太陽系を舞台とした冒険活劇です。(原題は"Spacehounds of IPC"で、『惑星連合の戦士』の名前でも邦訳されています)
 ドク・スミスの代表作は〈スカイラーク・シリーズ〉と〈レンズマン・シリーズ〉の二つですが、本書はどちらにも属さない単作です。執筆年は『スカイラーク3号』と『銀河パトロール隊』の間のようで、〈スカイラーク〉のシートンに似た天才科学者の主人公と、複数の登場人物(異星人含む)から多面的に描かれる〈レンズマン〉的なテイストを併せ持つお話になっています。
 興味深いことに、この作品には超光速航法・通信のような疑似科学的な設定があまり登場しません。非科学的と批判されることもあった〈スカイラーク〉に対し、科学的に不可能な設定をできるだけ排除するよう苦心されたそうで、スミス氏は本書が自作の中で最も「サイエンス・フィクション」的だと自負されていたとのことです。(もっとも、ローザー線や牽引ビームのような謎技術もないわけではないですが(^^;))

 地球人類が太陽系に進出し、火星人・金星人と交流を持つようになった未来――。
 火星へと向かうIPC(惑星間定期宇宙船会社)の宇宙船アルクトゥールス号に、一人の青年が計算士(宇宙船の航路を手動計算する役目です(^^;))として搭乗することになりました。彼の名はスティヴンス、数理物理学者と高跳びこみ競技の名選手という二つの側面を持ち、太陽系最高の頭脳とされるビッグ・スリーの一人でもあります。
 近年、IPCの宇宙船が規定時間に航路上の測候所を通過しないというトラブルが多発しており、スティヴンスが宇宙船に乗ったのはIPC社長ニュートンに問題解決を依頼されたためでした。アルクトゥールス号発進後、スティヴンスは原因がパイロットや計算士のせいではなく、測候所の空間座標が正確でないためだということを証明します。
 仕事を終えたスティヴンスは、ニュートン社長の娘ナディアにアルクトゥールス号の中を案内するという役目を仰せつかりました。ナディアは美しく利発的、かつ全米女子ゴルフのチャンピオンという才媛で、案内の間に二人は互いを好ましく思うようになります。
 ところが、ここで異常事態が発生します。アルクトゥールス号は謎の球形宇宙船に襲われ、死のビームで切断されてしまったのです。
 たまたまアルクトゥールス号の下側、噴射装置の付いた楔形の断片の中に二人だけ取り残されたスティヴンスとナディア。壊れた救命艇と噴射装置をつなぎ合わせて即席の宇宙船《決死隊》に仕立て上げたスティヴンスは、球形宇宙船の隙を突いて脱出し、木星の衛星ガニメデへと漂着したのです。
 地球人が足を踏み入れたことのないガニメデは、薄いながらも呼吸可能な大気があり、動植物が豊富な星でした。スティヴンスはナディアの協力を得つつ、有り合わせの材料から水力発電所を、そして更に地球へ通信を送る装置を作るべく奮闘します(^^;)
 一方、航路上に残されたアルクトゥールス号は、球形宇宙船に曳航されている途中に別の宇宙船と出くわします。球形宇宙船を撃破したその新参者は、木星の衛星カリストから来た船でした。彼らは、球形宇宙船を操る残忍で非情な六肢人と長年に渡って戦いを続けていたのです。カリスト人の発明した思考移送機で事情を知ったアルクトゥールス号船長キングは、彼らに協力を申し出ました。
 アルクトゥールス号一行とカリスト人は、凶悪な六肢人に対抗できるのでしょうか。そして、ガニメデ上で原始時代から近代までを一気に駆け上がろうと苦闘するスティヴンスとナディアは――傍から見ると案外幸せそうですが(笑)――果たして地球と連絡を取ることができるのでしょうか。

 本書の注目ガジェットは、牽引ビーム("tractor beam")です。(作中では牽引波:"tractor ray"の表記もあり)
 スペースオペラにはしばしば、それを照射することで相手を引き寄せることができる光線、牽引ビーム(あるいはトラクター・ビーム)が登場します。原理不明ですが、照射された対象が手前に引き寄せられるということは、負の運動量を持つ粒子でも放射しているのでしょうか(^^;)
 この牽引ビームという用語は、本書が初出とされます。つまり、ドク・スミスが命名者ということになりますね。もっとも、同じ作用を持つビームは既に『宇宙のスカイラーク』でも登場(この時点では"the attractor"などと呼ばれます)していますから、あくまでSF用語としての"tractor beam"に関してですが。
 本作では、地球・火星・金星の文明では牽引ビームの存在が知られておらず、一方で六肢人やカリスト人、タイタン人、ヴォークル人は牽引ビーム技術を有しているようです。この点について、「どうやら、われわれ以外は全部あれをもってるらしい」とスティヴンスがボヤく場面もあります(笑)
 ちなみに、顕微鏡レベルの話ではありますけど、レーザーを使って微小物体をつかむことができる光ピンセットが現実で実用化されています。残念ながら、宇宙船を動かせるほど強力な牽引ビームへの応用は無理そうですが(^^;)

 お話としては前半の、スティヴンスが地球と通信するためにウルトラ・ラジオを作り上げるときの苦労がなかなか面白いです。装置を作るために電力が、電力を得るために発電所が、水力発電所を建造するために導水管が……といった具合に、必要なものをどんどん遡って作らなければならない羽目に陥ります。この辺りの作成過程は駆け足で、あまりじっくりと描かれないのが残念です(笑)
 ここで、スティヴンスはウルトラ・ラジオを作る際に真空管を必要とするのですが、《決死隊》の噴射装置を扱う場面ではそうした描写がありません。どうやら、アルクトゥールス号の推進装置系統は電磁リレーによって制御されていたようで、宇宙船を飛ばすだけなら真空管も(もちろんコンピュータの類いも)不要のようです。いかにもレトロな感じですが、仮に電子制御式のロケットだったら、天才のスティヴンス君でも宇宙船の作成は難しかったかもしれません(^^;)
 余談ながら、作中で宇宙船の航路を手動計算する計算士は英語で"computer"と書きますけど、実は"computer"という単語はこちらが本来の使い方です。元々は「計算する人」を指す単語だったのが、電子計算機を指す単語へと変わっていったわけです。本作がSF雑誌『アメージング・ストーリーズ』で連載されたのが一九三一年ですから、電子計算機という概念すら人々に知られていなかったと思われ、時代を感じさせる部分ですね。

 後半では、スティヴンスとナディアから離れた複数の視点から描かれることになります。(特に、地球人と生態が異なるヴォークル人視点が面白いです)
 〈スカイラーク・シリーズ〉では、登場する異星人の多くが地球人と同じ姿(やや異なるフェナクローン人も一応同類(^^;))をしており、これはパンスペルミア説的なルーツがあるからだと説明されています。一方本書では、祖先こそ共通の可能性が示唆されているものの、登場する異星人(既に友好を持っている火星人や金星人も)の姿は全く異なっています。本書の後に執筆されることになる〈レンズマン・シリーズ〉を先取りしたような部分です。
 スティヴンスはこの点で、ベストセラー小説に出てくる異星人との恋愛をあり得ないと切り捨て、ナディアに不満を抱かせています。少々メタっぽいエピソードですね(^^;)

 『火星航路SOS』の舞台背景はかなり面白いのですが、単作で続編も書かれなかったようなので、盛り込まれた設定が生かし切れていない感があります(特にヴォークル人)。『スカイラーク3号』が銀河系外へ飛び出した大スケールの物語だったのに対し、本書は太陽系内(木星系と土星系)だったことで、読者にはいささか地味だと受け止められてしまった模様です(^^;)
 ただ、思考すら異なる多種多様な異星人といった設定は、本作の後に執筆が始まる〈レンズマン・シリーズ〉に形を変えて受け継がれたと見るべきかもしれません。〈レンズマン〉はスペースオペラというジャンルにおける偉大な金字塔であり、そのエッセンスが本作に見て取れるのは興味深いです。

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