アルテミス

[題名]:アルテミス
[作者]:アンディ・ウィアー


 前作『火星の人』で華々しくデビューしたアンディ・ウィアー氏による、月面都市アルテミスでの出来事を描いたサスペンスタッチのお話です。
 本書の舞台となるアルテミスは、二〇六四年に月面に建設されることになる架空の月面都市です。一人称主人公のジャズは、幼いころからアルテミスで育った若い女性で、いささか型破りと言うか非合法寄りの仕事を手掛けており、周囲からは不良娘と見られている模様ですね(^^;)
 展開はややクライムノベル寄りで、ジャズが作中で行うことは現代日本的観点からすると明らかな犯罪です。ただ、社会が未完成なアルテミスにおいてはそこまで敵視されるほどのものではないようで、良くも悪くも開拓者精神にあふれる都市と言えるでしょうか。:-)

 時は二〇八〇年代、月面都市アルテミスでポーター(地球から届く貨物の荷運び)を生業とする二十六歳の女性ジャスミン・バシャラ(ジャズ)は、同時に密輸業にも手を染めていました。
 彼女はある経緯から大金を必要としており、より儲かるEVAツアーの資格を得ようとしますが、宇宙服の整備不良のため試験に落ちてしまいます。
 そんなおり、ジャズは葉巻密輸の客で実業家のトロンド・ランドヴィクから、ある仕事を持ち掛けられました。トロンドはアルテミスの外でアルミニウム製錬を行う企業サンチェス・アルミニウムを入手したいと考えており、そのためには破壊工作が必要なのだと。
 サンチェス・アルミニウムは、製錬に伴って生成された酸素をアルテミスに供給する契約を交わしており、灰長石を月面から自動収集する収穫機を壊してしまえば操業がストップし、契約違反になります。トロンドは酸素を十分に確保してあり、それを代わりに提供することでサンチェス・アルミニウム買収を有利に行えると言うのです。
 バレてしまえば地球へ強制送還されるだろう破壊工作にジャズは二の足を踏みますが、報酬の百万スラグ(スラグは疑似通貨の単位)に釣られて結局は引き受けてしまいました。
 観光客に化けて機材を外に送り出し、気付かれることなくアルテミスのエアロックから月面へと抜け出すことに成功したジャズ。四台中三台の自動収穫機は壊せたものの、あと一台の破壊は果たせず、彼女は這う這うの体で逃げ帰ります。
 そして、事態は更に悪い方向へと向かいます。トロンドと彼のボディガードの二人が何者かに殺されてしまったのです。殺人などめったに起きないアルテミスでの凶行にジャズは震えあがりますが、これは単なる斜陽企業の買収工作ではなさそうだと遅ればせながら気づきます。
 トロンドと面会した際に同席した謎の男ジン・チュウと、彼の持っていた箱に書かれた“ZAFO”なる文字。そこに秘密があると考えたジャズは、身を隠しつつ事態解明と生き延びる道を探るのですが……。

 本書の注目ガジェットは、静かの海(アポロ11号着陸地点近く)に建設された月面都市アルテミスです。
 アルテミスは一見すると、古き良きSFに登場するドーム都市のような外観をしていますが、実際には球状の建築物が集まったものです(下半分は月面の中)。それぞれの球はバブルと呼ばれ、アームストロング/シェパード/ビーン/コンラッド/オルドリンの五つのバブルがトンネルで結合されています。
 バブル全部を合わせても五百メートル程度のサイズで、人口は約二千人と、決して大きい都市とは言えません。主な収入は観光で、オルドリン・バブルが行楽地となっている他、シェパード・バブルが大富豪向けの高級住宅です。
 アルテミスはケニア・スペース・コーポレーション(KSC)の配下にあり、アルテミス住人の多くはKSC従業員です。国際企業であるKSCの建築物という建前で、月面の専有を禁ずる月協定を巧妙に回避している模様ですね(^^;)
 アルテミス内では、通貨代わりとしてスラグ("slugs")という単位が使われます。これは実際にはお金ではなく「軟着陸(ソフトランディング)グラム」の略語で、「一グラムの貨物を地球から月へ輸送する権利」を示しています。これを個人間でやり取りすることで、実質的な通貨の役割を果たしているわけです。描写から類推すると、「一スラグ≒十円」ぐらいの価値でしょうか。
 面白いアイテムとして、ハムスターボールが挙げられます。これは空気の詰まった透明な風船で、宇宙服を着ずに中に入って月面に出ることができる道具です。ハムスターの回し車のように、中の人間がボールを転がすことで移動できるわけですね。かなり丈夫なもののようですが、破れてしまうと当然ながら死の危険があります。気軽に月面を歩ける反面、ボールの外にあるものを扱うことはほぼ不可能なので、実用性には欠けるかもしれません。主に観光客向けの道具とされているようですが、実際にあったらちょっと使ってみたいような、怖いような……(^^;)

 主人公ジャズは、いわゆる蓮っ葉な娘で、真面目な人間からは敬遠されることもあるものの、聡明かつ行動力のある女性です。真面目で実直な溶接工の父アマー・バシャラとは、ある経緯をきっかけに疎遠になっていますけど、愛情と尊敬の念を抱いています。アマーの元で修業した経験から、彼女自身も溶接工の技術を有しています。
 地上のKSC複合ビルに伝手があることからアルテミスで唯一の密輸業者ですが、銃器類や麻薬のような危険なものは一切アルテミスに持ち込ませないという矜持もあります。(密輸するものはポルノや葉巻のような、比較的無害なもの(^^;))
 ただ、厳格なムスリムである父への反発からか、いささか他人に対して喧嘩腰で、しばしば軽率な側面も見られます。そんなジャズの成長も本書の要点ですね。
 ジャズを取り巻く人々も、楽天的で富豪トロンド・ランドヴィクと彼の娘で足に障碍を持つレネ、かつてボーイフレンドを巡って三角関係だったデイル・シャピロ、技術オタクでピント外れながらもどこか憎めないマーティン・スヴォボダ、アルテミス統治官でやり手の老女フィデリス・グギ、直接会ったことはないものの信頼できる地上の友人ケルヴィン・オティエノと、個性的なキャラクタが揃っています。
 そして、何より魅力的なのは、月面都市アルテミスそのものです。ただの月探検隊の足掛かりではなく、遠未来SFに出てくるような完成された宇宙都市でもない、今から少し未来に本当に存在しそうなリアリティがあります。そんな月面都市を舞台とした、アップテンポで痛快な宇宙SFです。

この記事へのコメント