ドルセイの決断

[題名]:ドルセイの決断
[作者]:ゴードン・R・ディクスン


 ディクスン氏の未来史〈チャイルド・サイクル〉に属する中短編集です。
 作品としては四つのお話が収録されているのですが、このうち一本はディクスン氏とは別の人による評論、もう一本は別作品の抜粋(しかも当時は執筆中(^^;))という半端な内容なので、実質は二本収録となります。
 また、表題作は『ドルセイ魂』と同様イラストレイテッドSFで、内容も『ドルセイ魂』と関連している部分が大きいため、こちらと併せて読むことをお勧めします。

◎ドルセイの決断

 かつて、ある戦いで顔に傷を負い、妻を亡くしたドルセイ人コルンナ・エル・マン(一人称主人公)。彼は惑星セタに、アマンダ・モーガン二世を連れていくという任務を受けます。
 惑星セタのナハール市では、ケンジー・グレイムとイアン・グレイムの率いるゲベル・ナハール軍が膠着状態に陥っていました。もはや封建制度を維持できる社会状況ではないにも拘らず自らの支配に固執するナハール領主が反感を買い、周囲の国により包囲されていたのです。外交の専門家であるアマンダと、現地にいた異邦世界人パドマは事態を収拾しようと努めますが、状況は芳しくありません。
 そうした中、コルンナはゲベル・ナハール要塞で、旧知のドルセイ人青年マイケル・ド・サンドヴァルと再会します。マイケルはドルセイ人には珍しく、他人を傷つけることを厭う性格で、軍楽隊楽長を務めながらも自らの矛盾に苦悩していました。
 ナハール人は勇猛ではあるものの、ドルセイ人とは異なり義務ではなく個人の名誉を重んじる人々で、それが軍楽隊を除く全連隊兵士が要塞から逃亡するという事態に発展してしまいます。残されたのはマイケル配下の、銃もろくに扱えない軍楽隊員達だけでした。しかし、頑迷なナハール領主は降伏することを良しとしません。
 この状況の裏には、セタの皇太子ウィリアム(『ドルセイ!』参照)の暗躍がありました。彼はナハール市を手に入れると同時に、ドルセイ人傭兵の評判を落とすことを目論んでいるのです。
 八方塞がりの中、彼らはこの難局を切り抜けることができるのでしょうか。

◎戦士

 旧地球のマンハッタン地区警察警部補タイバーンは、空港でドルセイ人イアン・グレイムを出迎えました。イアンの地球訪問理由は、死亡した部下の遺品を遺族に届けるというものでしたが、警察ではイアンに別の目的があるという情報を掴んでいたのです。
 イアンの部下ブライアン・ケネバック隊長が命令無視による無謀な突入を行ったため、部下三十六名中三十二名が死亡するということがあり、ブライアンは軍法会議にかけられ銃殺されることになりました。ブライアンの行動の責任が彼の兄ジェームズ・ケネバックにあるとイアンが考えている――そうした報告が、北部フライランド警察からもたらされています。
 ジェームズはギャングであり、弟ブライアンを徹底的に虐待していました。しかし、いかなる証拠もなく、法的にはジェームズは白です。タイバーンはドルセイ人の倫理が旧地球と異なることを認めつつも、旧地球の法ではジェームズに対する復讐は認められないのだと諭します。けれども、寡黙なイアンからはほとんど何も反応を引き出すことができません。
 そうして、タイバーンが秘密裏に監視する中、イアンはジェームズと面会することになります。果たして、イアンの意図は……。

◎ペンと剣

 サンドラ・ミーゼル氏による、G・R・ディクスン氏とその作品に関する評論です。
 小説の内容とはあまり関係しないので、レビューは割愛させていただきます。:-)

◎最終百科事典 ――抜粋――

※未翻訳作品『最終百科事典』からの抜粋で、これ単体ではほとんどお話の全貌は見えません(^^;)
 付記しておくと、『最終百科事典』は大ボリュームかつ評価の分かれる作品のようです。また、他のドルセイ作品とは異なり、ミリタリー要素は薄い模様。

 地球軌道付近を漂っていた宇宙船からただ一人発見された孤児ハル・メイン(『ドルセイ魂』にも登場)は、ドルセイ人・異邦世界人・友邦世界人の三人の家庭教師により地球上で育てられました。
 けれどもハルが十五歳のとき、〈分離文化〉の雑種で世界支配の野望を抱いた集団〈他者(アザーズ)〉の手により、後見人達は殺されてしまいます。成長した暁には〈他者〉の敵となるべく育てられたハルですが、今はまだ抵抗する力を持ちません。彼は鉱脈惑星コービーに避難しますが、そこもまた嗅ぎ付けられてしまいます。
 家庭教師の一人の名前を借り、ハワード・イマニュエルスンを名乗ることにしたハルは、友邦世界の惑星ハーモニーへと逃れます。しかし、そこにも〈他者〉の魔の手が伸びていたのです。

 表題作の『ドルセイの決断』は、『ドルセイ魂』でハブられてしまったアマンダ二世が活躍するお話です(笑)
 ただ、実際のところストーリーの中心となるのは、ドルセイ人でありながら人を殺すことを厭うマイケル君ですね。マイケルは肉体的には健全なドルセイ人で、かつアカデミーでの訓練により軍人としての技能を身に着けています。マイケルが殺生を嫌うのは能力がないからではなく、純粋に性格上の問題なわけです。
 マイケルは軍人として育ててくれた両親やドルセイ社会に対する義務を果たせていないと感じています。彼が恐れているのは戦闘そのものではなく、自分が仲間を守るために人を殺すことを選択してしまうのではないか、ということですね。
 お話は胸を打つ美談的なエピソードにより締めくくられることになりますが、ドルセイ社会の中にマイケルのようなタイプの居場所がないという意味では、何ら進展していません。〈分離文化〉は思想が特化している分、異分子を受け入れる余地がないのかもしれませんね。
 一方、一人称話者のコルンナ(『ドルセイ!』にも登場)に関しても、明らかに妻の死から立ち直っていないようなのに、本人自身が終盤近くに至るまでその自覚がなかった様子です。周囲の人々も、コルンナを悩みの相談相手と見てはいてもコルンナ本人の悩みに手を差し伸べようとしない辺り、少々冷淡に感じてしまいます。

 『戦士』では、イアンのドルセイ人としての生き様が描かれます。法で裁けない悪に、直接的な暴力ではない「力」をもって対峙するお話です。ただ、いくらなんでもこれは無謀に思えますね(^^;)
 台詞の断片から類推すると、イアンは惑星フライランドで軍を指揮していたようです。これは『ドルセイ!』でドナル・グレイムが、双子の兄弟ケンジーの死に落ち込むイアンに、フライランド軍元帥ゴールトの補佐の仕事を与える下りと符合します。この時期のイアンは自殺的傾向があると診断されており、本エピソードもそれに当てはまるのかもしれません。
 イアンの言った「戦士("warrior")」とは、軍を離れてすら戦いの場に身を置くしかない自分を揶揄しているのでしょうか。

 〈チャイルド・サイクル("Childe Cycle")〉は、詩人ロバート・ブラウニング氏の『チャイルド・ローランド暗黒の塔に来たり("Childe Roland to the Dark Tower Came")』という詩にインスパイアされたようです。
(更にルーツを辿ると、シェイクスピア氏の『リア王』の台詞、そして更にスコットランド民話があるようですが、繋がりは薄いようなので割愛(^^;))
 ここで「チャイルド("Childe")」とは子供のことではなく見習い騎士(従騎士?)を指す言葉とされています。詩の内容は、暗黒の塔を目指すチャイルド・ローランド一行に次々と訪れる苦難を描いたものですが、正直に言って私にはよく分かりません(笑)(ブラウニング氏が見た夢を綴ったとされているので、そもそも寓意はないとも)

 ディクスン氏の〈チャイルド・サイクル〉では、二十一世紀初頭(『ドルセイへの道』参照)の出来事をきっかけに、太陽系外惑星へと移住した人類が各々別の理念に特化した文明を築く〈分離文化(スプリンター・カルチャー)〉が始まります。
 〈分離文化〉では、惑星ドルセイの勇敢さ、異邦世界の哲学、友邦世界の信仰、〈金星グループ〉のハードサイエンスといった、指向性の強い文化が形成されています。しかしながら、友邦世界は信仰心が過ぎて狂信的、異邦世界は客観性を重視するがゆえに文明社会に関わろうとせず、惑星セタは支配欲が強いためトラブルを招く、といった歪さをそれぞれ抱えています。
 本書ではまた、ドルセイの「勇気を重視しすぎて、それ以外を顧みない」という側面が描かれているように思われます。『兵士よ問うなかれ』でパドマが、〈分離文化〉には生存能力が欠けていると述べていますが、そうした偏りが社会を不安定にさせているのでしょうか。もっとも、惑星ドルセイはそう簡単には攻略できそうにないですけど(^^;)
 この〈分離文化〉は最終的に再統合されることが作中で暗示されています。〈分離文化〉で培われた指向性を取り込んだ、新たな人類文明が誕生することになるのかもしれません。
 残念なことに、長編版『最終百科事典』は日本語未翻訳、最終巻となる予定の過去の時代を描いたエピソードは執筆されなかったため、〈チャイルド・サイクル〉の全貌を知ることは困難です。ただ、骨太で読み応えのある作品群ですから、埋もれさせてしまうには少々惜しいですね。

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