渦動破壊者

[題名]:渦動破壊者
[作者]:E・E・スミス


 ドク・スミスの代表作〈レンズマン・シリーズ〉の番外編です。
 作品背景としては、レンズマン世界に数多くの設定を倣い、直接の登場こそないものの作中人物がキムボール・キニスンとコンタクトを取る場面も存在します。ただ、内容そのものはさほど〈レンズマン・シリーズ〉と関連しているわけではありません。
 時代設定としては、どうやら『第二段階レンズマン』と『レンズの子ら』の間に位置するようです。キニスンが銀河調整官に就任し、ひとまずの平穏を迎えた期間ですね。ただ、この時代においてもズウィルニク(麻薬業者)のような不心得者はなくならず、人々を脅かしている模様です。
 ある悲しい事故を経て、恐るべき原子渦動を消滅させる手法を編み出したニール・クラウド。彼は新たなヒーロー・渦動破壊者として、渦動を消滅させるべく銀河を駆け巡ります。

 原子炉の稼働中に低確率で発生する災害、原子渦動。ひとたび生じると永久に消滅することなく光と熱を放射し続けるその異変は数多くの惑星で生じており、喫緊ではないにせよ人々の生活を脅かしていました。
 あるとき、地球にある渦動の一つを消滅させようとした試みが裏目に出て、女性とその子供達が犠牲になってしまいます。彼らの夫であり父親だった核物理学博士ニール・クラウド(渦動の研究をしていたものの、消滅の試みとは無関係)は、その知らせを受けて絶望しました。
 しかし、その悲しみの最中、クラウドは渦動を真に消滅させる方法を思い付きます。それは、スーパーコンピュータを凌駕する頭脳を持つクラウドが、渦動に接近して状態をリアルタイムに観察・予測し、最適なタイミングでデュオデック爆弾を爆発させるというものだったのです。
 あまりに危険な手法であり、かつクラウド以外にそれを成し遂げる人間は存在しないことから、渦動制御研究所所長で友人のフィリップ・ストロング(レンズマン)は、それが自殺衝動ではないかと訝ります。レンズでの接触により自殺ではないことを証明したクラウドは、自らの考えを実行に移し、大怪我を負うものの見事破壊に成功しました。
 かくして銀河でたった一人、渦動を消滅させることのできる渦動破壊者となったクラウド。その災害に苦しむ諸惑星は彼の到来を熱烈に希望し、クラウドは優先順位に従い銀河中を回っては渦動を消し去っていくことになります。
 麻薬を合成し、それを隠蔽するため人為的に渦動を作ったフェアチャイルドとの対決。遭難船の救命艇が辿り着いた星における、未知の異星人ボーンヘッドとの関わり。クラウドが救った救命艇の乗客が、なし崩しにクラウドの部下として働くことになった経緯(^^;) そしてクラウドの代替となるコンピュータを開発すべく協力することになった、テレパスの女性研究者ジョーン・ジャノウィックとの出会い――。
 消えることのないと思われた悲しみは、多くの出来事の中で癒され、クラウドは新たな愛情と、思いもよらない能力を得ました。その結果クラウドは、原子渦動が誕生する真の理由へと辿り着くことになるのです。

 本書の注目ガジェットは、原子渦動("atomic vortex"あるいは単に"vortex")です。
 原子炉の暴走状態のようなもので、中央に絶対温度数万度の超高温の熱源が存在し、周囲には直径数キロメートルの巨大なクレーターが形成されます。周囲から絶えず風が吹き込み、渦動がそれを有毒のガスに変異させて大気汚染を広げていくようです。状態は安定せず、刻一刻と変化するため、コンピュータでも予測不可能です。(クラウドも十秒程度先しか予測できませんが、これでも離れ業)
 原子炉が常に渦動へと変異するわけではなく、パーセンテージとしてはさほど高くはないのですが、発生すると消滅させる手段がありません。汚染が続けばいずれ惑星そのものが生息不能となるため、渦動破壊者クラウドは数多くの人々から英雄視されることになるわけですね。
 それだけの熱源が恒久的に存在し続けるなら、そこから無限にエネルギーが取り出し放題のような気がしますけど、そういった活用方法についての言及はありません。邪魔ならばいっそ、巨大バーゲンホルム機関を設置し周囲の土地丸ごと無慣性状態にして移動させてしまえば良さそうに思えますが……(^^;)
 ややネタバレになりますが物語終盤で、渦動は自然発生したものではなく、意図的に形成されたものだったことが判明することになります。これにより「妻子を事故で失ったクラウドの活動が、実は……」という皮肉な事実に到達するわけですけれど、この点に関しては掘り下げがなされていません。

 ニール・“ストーム”・クラウドは本書におけるヒーローですが、キムボール・キニスンのような万能型ではなく、頭脳の優秀さに特化したキャラクタです。〈スカイラーク・シリーズ〉のリチャード・シートンに近いタイプでしょうか。肉体的に劣っているというわけでもないのですが、年齢は中年ですし、戦いで大活躍したりはしません。また、どちらかと言うとトラブル巻き込まれ体質ですね(^^;)
 妻子を失い絶望した男性が、突如人々からヒーロー扱いされるようになったことに戸惑いつつも人生を取り戻していく、という再生の物語でもあります。本書の最後でクラウドは渦動破壊者ではなくなりますが、彼はそこから新たな人生に踏み出すのでしょう。
 本作は元々連作の形で発表されたものらしく、やや雑多なエピソードが詰め込まれている感があります。メインストーリーとなる渦動が大きく取り上げられるのはほぼ序盤と終盤のみで、それ以外の部分ではクラウドが渦動破壊を行う間に遭遇した諸事件が描かれます。少し問題なのは、全体的に駆け足であることでしょうか。
 特に割を食っているのが、あらすじにあるフェントン・フェアチャイルドですね。放射線学者で、〈レンズマン〉世界における最悪の麻薬シオナイトを原産惑星トレンコ以外で収穫する技術を生み出し、更には関連する殺人を隠蔽するためだけに原子渦動を人為作成するという、クラウドと対になる悪の科学者です。一度は死んだと思われたものの、実はしぶとく生き延びていて、その後も悪事を働きます。このように、役割上は重要な敵役のように見えますが、しかしながら作中への登場はほぼシオナイト事件のときのみで、最後も酷くあっけない展開です(^^;)
 分量的にもう少し長尺であれば、各エピソードもより面白くなったのではないかと想像できるだけに、残念ですね。

 一つ気になるのは、アリシア人の立ち位置です。
 〈レンズマン・シリーズ〉では銀河文明の背後にアリシア人とエッドール人が存在し、隠された両者の対立が物語のバックボーンを形成しています。時期的に、おそらく本書の少し後にエッドール人との最終対決が控えているものと思われます。
 原子渦動の正体やその作成理由について、いやしくも超種族たるアリシア人が全く関知していなかったとは考えにくいものがあります。また、作中でクラウドが終盤における覚醒に至る際、“大いなる意志”の介在が示唆されており、これがアリシア人を指している可能性はかなり高いでしょう。(少なくともエッドール人ではなさそう(笑))
 ただ、これがアリシア人の干渉によるものだとすると、クラウドの覚醒は彼が渦動破壊者になったことと不可分ですから、妻子の死亡を看過、もしくは誘導した嫌疑がかかります(^^;)
 逆に、アリシア人が渦動問題を認識していない、あるいは(対エッドール戦に集中して?)意図的に見過ごしたとなると、それはそれで彼らの能力に疑問符が付くところです。何しろ、クラウドは銀河唯一の「第六型の思考者」であり、精神と思考の信奉者アリシア人にとっても重要人物であるはずなのですから。
 はてさて、アリシア人はどう関わっていたのでしょう。真相は闇の中です。:-)

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