マイルズの旅路

[題名]:マイルズの旅路
[作者]:ロイス・マクマスター・ビジョルド


 ビジョルド氏の代表的作品群〈ヴォルコシガン・サガ〉のエピソードです。
 作中時間では前作『外交特例』からおよそ七年後、外伝的扱いの『大尉の盟約』からは四年ほど後に相当するようです。(原語版では『大尉の盟約』の方が『マイルズの旅路』より後に執筆)
 ある経緯からバラヤーを離れ惑星キボウダイニを訪れていたマイルズ。しかしそこで誘拐騒動に巻き込まれた彼は、キボウダイニの人体冷凍技術にまつわる闇へ切り込むことになるのです。

 名前の似た別惑星・第二ニューホープと区別するためキボウダイニ("Kibou-daini")と呼ばれる星では、人体冷凍が盛んに行われていました。病に冒された者や年老いた者が、未来へ展望を託して自ら冷凍保存し、そこから利益を上げる人体冷凍会社が社会を牛耳っていたのです。無数の冷凍死体が納められた“冷凍棚”が地下に並ぶ都市は、《クリオポリス》と呼ばれています。
 そうした人体冷凍会社の一つシラギク社がコマールへ大規模な売り込みをかけてきたとき、バラヤー皇帝グレゴールはマイルズを調査に当たらせることにしました。キボウダイニで開催された人体冷凍術招待者会議に出席したマイルズですが、キボウダイニの現行社会に不満を持つ過激派ニューホープ遺産解放戦線が会議に乱入し、マイルズ達を拉致しようとしたのです。
 しかし、誘拐犯の使った鎮静剤が効かなかったため、マイルズは脱出して地下に逃れました。薬物による幻覚状態で冷凍棚の間を彷徨っていたところ、少年ジンに助けられ、彼の住処へ案内されます。
 そこは、高いお金を払うことができない人々の冷凍措置を引き受ける、未認可の冷凍施設を擁する奇妙なコミュニティでした。父は死亡、母が強制的に冷凍保存され、伯母夫妻に預けられていたジンは、家出してここに身を寄せていたのです。
 マイルズは、ジンの母ライザが何かトラブルに巻き込まれたのだと推測しました。彼女は何か人体冷凍会社の屋台骨を揺るがすようなことを知ってしまったために、社会的に抹殺されたのではないか――マイルズはジンへの恩に報いるため、そして聴聞卿的好奇心(笑)を満たすため、ライザを蘇生させることができないか模索を始めます。
 それはやがて、キボウダイニ社会を揺るがす一大スキャンダルへと繋がっていくことになるのです。

 本書の注目ガジェットは、人体冷凍術(クリオニックス:"cryonics")です。
 人体冷凍自体はシリーズの中でも既に登場しているもので、マイルズ自身がニードル手榴弾で死亡した際に措置を受けています。もっとも、彼のような死亡後の緊急措置でなければ、蘇生後の記憶喪失や副作用に悩まされる恐れは低いようです。
 キボウダイニでは、社会におけるかなりの人数が人体冷凍契約を行っており、かつ蘇生者より冷凍者の方が多いため、地下の冷凍死体は増える一方です。多くの人間は病気や老衰による死から逃れるために冷凍措置を行うのですが、病気はともかく老衰に関してはさほど進展がなく、蘇生者は得てして失望を味わうことになります。また、冷凍中の人間は生者扱いのため、その投票権は冷凍会社が代行するという奇妙な委任がまかり通っているようです(笑)
 支払い能力のあるほとんどの人間が冷凍契約を行っているというのは一見尋常な社会ではないように思われますが、死を回避する可能性があればそれにすがりたくなるのは人の常ですから、ある意味当然なのかもしれません。むしろ、〈ワームホール・ネクサス〉世界において、キボウダイニ以外の惑星で同様のことが起きていないのが不思議と言えるかも(^^;) 例えば、ジャクソン統一惑星では他人が信頼できないため人体冷凍は普及できない、といった各惑星固有の事情があったりするのでしょうか。
 なお、本書の原題は"Cryoburn"で、この単語自体は冷凍による凍傷を意味するもののようですが、おそらくは同時に人体冷凍術("cryonics")と炎上("burn")をかけているものと思われます。

 今回のマイルズ君はそもそも、シラギク社のコマール進出の裏を探るために派遣されたのですが、その追求はそっちのけで、別の冷凍会社ニューエジプト社のスキャンダルに熱を入れることになります。自覚はあるようで、忠実な親衛兵士ロイックにこの点を突っ込まれ、誤魔化す場面があります(笑)
 本書の末尾では、またもマイルズの人生における節目が訪れます。生まれながらに障碍を抱えた虚弱体質の少年が、ふとした切っ掛けで宇宙艦隊提督となって多数の困難な作戦を成功に導き、更には皇帝直属聴聞卿を任じられるという、誰も予想し得なかった偉業を成し遂げてきました。果たして彼は、この先どのような道を選ぶことになるのでしょうか。

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