トリフィド時代

[題名]:トリフィド時代
[作者]:ジョン・ウィンダム


 三本の根を使って歩きまわり、毒のある鞭を振るって人を殺してしまう恐ろしい植物――それが本書に登場するトリフィドです。この不気味な怪物の存在は、このお話の最も有名な部分と言えるでしょう。
 しかしながら実際にストーリーを追ってみると、本書の核心はこの食肉植物にあるのではないことが分かります。『トリフィド時代』は丁寧に描かれた破滅テーマの物語なのです。

 タイトルになっているトリフィドは、ソビエト連邦で作り出されたらしい新種の植物であるとされています。前述の通り危険きわまりない存在ですが、その体からは良質のオイルが採取できるため、気味悪がられながらもあちこちで栽培されています。また、その奇妙さ故に公園や庭などに鞭を剪定されて植えられていたりもします。あまりにも繁殖力が強いため、油断をするといつの間にか予期しない場所に生えていたりするという危なっかしい状態ですが、人々はなんとかこの奇妙な植物と共存しているのです。
 そうした中、とある災厄が世界を襲います。
 前触れなく突如現れた緑色の大流星群――あまりの美しさに世界中の人々が夜空を見上げ、その光景を堪能しました。ところが翌日になって、それを目撃した全ての人々が失明してしまうのです。こうして人類文明の崩壊が始まります。

 主人公ウィリアム・メイスンはトリフィドを研究する生化学者ですが、仕事中にその毒液を目に受けてしまい、病院に入院していました。それ故に、彼は幸運にも流星を目にしなかった数少ない人々の一人となります。
 彼は同様に目の見える女性ジョゼラ・ブレイトンと出会い、そして新たに構成される様々なコミュニティと接触します。さらに、管理する人々のいなくなったトリフィドが野放図に繁殖する様に出くわし、それらと戦うことを余儀なくされます。
 ウィリアムは失われていく文明を肌で感じながらも、自らが生き延びるため必死に滅びの運命に抗うのです。

 この作品の注目ガジェットは、奇怪な植物トリフィド――ではありません。流星雨を見た人々がことごとく失明し、その結果失われていく文明崩壊の過程こそが肝です。
 視力を失った人々の中で、ある人は絶望から死を選び、別の人はかつてのモラルを捨ててまで生き長らえようとします。そうした中、視力を失わずに済んだごく少数の人間は、自分が彼らをどう扱うべきなのかという辛い選択を迫られることになります。
 もちろん、このシチュエーションが現実に起こるということはまずあり得ないでしょう。一夜にして世界中のほぼ全ての人間が視力を失う(それ以外は健康のまま)という状況は、あくまでフィクション上のことでしかありません。
 けれども、本作を読み進めるに従って、人類文明がいかに脆いものであるかということに改めて気付かされます。我々が当たり前だと考えていることが、実はそうではないのだと。それこそが『トリフィド時代』における最大のセンス・オブ・ワンダーです。
 また、看板であるトリフィドですが、彼ら(?)も決して単なる脇役ではなく、物語中でも様々に活躍してくれます。どちらかと言えばヌルい(^^;)破滅過程の本作に緊迫感を与えてくれますし、後半では人類の前に大きな障害として立ちはだかります。

 この『トリフィド時代』を筆頭とする一九五〇年代の破滅テーマSFは、〈心地よい破滅〉と揶揄されることもあります。「人類が破滅の危機に陥っているというのに、主人公は結構幸せそうじゃん」と言うわけです(笑)
 その辺りの是非はともかくとして、本作は主人公の身近な視点から破滅が語られるために臨場感があります。流星群やトリフィド等、設定はリアリティがあるとは決して言えないのですけど、その語り口はとても説得力があり、滅びの物悲しさを強く感じさせられますね。そこもまた本書の魅力の一つでしょう。

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