重力への挑戦

[題名]:重力への挑戦
[作者]:ハル・クレメント


 本書は異生物テーマでの古典と言うべきSFです。別の出版社から『重力の使命』のタイトルで翻訳されていますので、こちらの名前で覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
 人類とは様々な点で違う異星人の視点で物語を紡ぐことにより、我々が知る世界の全く別の側面を垣間見せてくれる、それが異生物テーマの醍醐味です。
 この作品は、まさにその部分において素晴らしいセンス・オブ・ワンダーを感じさせてくれるものであり、異生物ものを多数世に送り出したクレメント氏の代表作と言えます。

 本作の舞台は惑星メスクリンです。地球の七百倍という強い重力を持つ巨大惑星なのですが、超高速で回転しているために遠心力で相殺され、赤道付近では重力が三倍程度にまで低下しているという非常に奇妙な環境です。
 地球人科学者はこの惑星の重力に目を付け、北極地方に無人探査ロケットを送り込みます。様々なデータを収集したロケットなのですが、肝心の離陸に失敗し、その貴重なデータは回収不可能となってしまうのです。
 しかし幸運なことに、惑星メスクリンには土着の知的生物が存在しました。科学者達は彼らにロケットを回収してくれるよう頼むことにします。

 主人公バーレナンはメスクリン人、ザリガニに似た生物です。南半球高緯度地方出身で、大型外洋船ブリー号の船長をしています。彼らの文明は大航海時代あたりに相当し、バーレナンは様々な地方を探検しつつ交易を行っているのです。地球のクック船長のような人物と言えるでしょうか。
 少々無鉄砲かつ見栄っ張りな部分はあるものの、勇敢で商売上手、乗組員達からは尊敬を集めています。彼は空からやってきた不思議な生物“飛行士”(地球人のこと)の依頼に応じ、擱座したロケットを回収するために未知の領域である北極への大冒険に出発することにしました。胸にとある思惑を秘めて。

 この作品の注目ガジェットは、惑星メスクリンとその環境・生態系です。
 メスクリンは水素の大気とメタンの海を持ち、周囲には土星のようなリングがありますが、十八分に一回という猛スピードで回転しているために球ではなく上下につぶれたパイ皿状をしています。数分ごとに入れ替わる昼と夜という目まぐるしい様は、当然ながらメスクリン世界の描写でも大きなウェイトを占めています。
 赤道地方は三Gと、強化服を着れば人間でもなんとか活動できますが、緯度が高くなるにつれその力は増していきます。極地方の七百Gという超重力下では様々な事象が我々の知るものとは異なっていて、少しの判断ミスが死を招くことになりかねません。一つの惑星上にこうした多面性を持たせたクレメント氏の手腕はお見事です。
 バーレナン達メスクリン人は体長四十センチメートル、太さ五センチメートルほどの芋虫状の体をしています。多数の足と体前方に一対のはさみを持ち、体表面がキチン質に覆われた甲殻類のような姿ですが、陸上生物です。
 高重力環境で生まれたバーレナン達は、「飛ぶ」とか「投げる」という概念を持ちません(一瞬にして物が落下する世界では、それは死に直結しているため)。“飛行士”と触れ合うことにより、彼らもそうした考えに馴染んでいくことになります。

 このように非常に風変わりな舞台・登場人物でありながらも、本書は普通の冒険譚としても十分に楽しめる内容です。これもクレメント氏の緻密な描写によるものですね。
 行く先々の住人と交流したり、見知らぬ生物と遭遇したりと波瀾万丈な冒険を続けながら、通信機を通じて会話する“飛行士”の影響で彼らも少しずつ変化していきます。
 バーレナン一行の旅が終わるころには、きっとこの奇妙な生物達に愛着を覚え、彼らに感情移入していることでしょう。

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