カエアンの聖衣

[題名]:カエアンの聖衣
[作者]:バリントン・J・ベイリー


 この作品を一言で評するとしたら何が適切でしょう?
 ここに込められた発想には目を見張るものがありますが、間違っても名作ではありません(笑)
 また、傑作も今一つピンと来ませんね。もちろん、大変面白いお話ではあるのですけれど。
 強いて挙げるなら、大怪作でしょう(^^;)
 この『カエアンの聖衣』は、あまたのSFジャンル中でも特異な種類、ワイドスクリーン・バロックと呼ばれるものに属します。壮大なスケールの骨子にアイディアを詰め込めるだけ詰め込んだ闇鍋SF、といった辺りでしょうか。
 ある程度SFを読みなれた人でないと理解しがたい、敷居の高いジャンルかもしれません。しかし、ひとたびこの物語へ没入することができたなら、このめくるめくネタの嵐に幻惑されること請け合いです。

 舞台は遥か未来、人類が銀河の各地に進出した時代です。人々はあちこちの惑星に植民して独自の文化を花開かせ、互いに政治的・文化的な対立をしています。
 そうした中でも、カエアン人と呼ばれる人々は特異な衣裳文明を発達させ、周囲の惑星から敬遠されています。彼らは『服飾=意識』と考え、まとう衣服こそが人生そのものであるという奇妙な哲学に取り憑かれているのです。このため、カエアン人は服飾デザインを極度に発達させてきました。
 カエアン文明に隣接するジアード人はカエアン人と敵対していますが、その衣裳には魅了されています。公には貿易を禁止しているものの、闇ではカエアン衣裳が高値で取引されている状態なのです。

 そんな中、衣服を満載した一隻のカエアン宇宙船がとある惑星に難破します。ジアードの闇商人リアルト・マストはこれ幸いと、その難破船に積載された衣裳を略奪に向かいます。
 主人公ペデル・フォーバースはそのマストに目利きとして雇われた服飾家です。彼はカエアン船の積み荷の中に、とんでもないお宝を発見します。それはカエアン衣裳最高峰とまで言われる、噂に名高きフラショナール・スーツでした。
 一見すると何の変哲もないスーツに見えるそれをネコババしたペデルは、早速自分で着てみて、その絶大な効果に虜となります。しかしフラショナール・スーツにはある秘密が隠されていました。物語が進むにつれ、スーツの恐るべき謎が次第に明らかとなっていきます。

 このネタだらけの物語でも最大の注目ガジェットと言えば、タイトルが示すフラショナール・スーツでしょう。
 繊細なラインの上着、超音速ロケットのように細身のズボン、そしてチョッキ。そう、これはつまり三つ揃いの背広のことなのです。人類の存亡に関わる、恐るべき背広――このお話の馬鹿馬鹿しさがお分かり頂けたでしょうか?(^^;)
 これを着たペデルは、風采が上がらなかった容貌に威厳が満ち、気弱だった性格も自信に満ちあふれてきます。そして、やることなすこと全てが上手くいくという状態になるのでした。
 しかし、スーツの力はそれだけに留まらず、更なる威力を発揮していきます。やがてペデルの手には負えなくなるほどに……。

 この『カエアンの聖衣』には、とにかく無数のアイディアが散りばめられています。インフラ・サウンド生物、蠅の惑星、ヤクーサ・ボンズ(=ヤクザ坊主)、カエアン社会等々。ネタバレ防止のため紹介できませんが、もう一人の重要人物に関する事柄も。
 本筋に絡んだり絡まなかったりするそれらのネタに関して、矛盾とか科学考証の不備を指摘してはいけません。と言うか、このお話にそんなものを求めるべきではないです(笑)
 注意して頂きたいのは、本書は決してギャグでもコメディでもないということですね。登場人物達は(一部を除き)いたって真面目です。だからこそ余計にニヤニヤ笑いを禁じ得ないのですが。

 なんだか紹介していると言うより、けなしているように読める文になってしまいましたが(^^;)、決してそんなつもりはありません。
 この『カエアンの聖衣』、面白さという意味では超一級です。そして、SFというジャンルの懐の深さを示す好例とも言えるでしょう。
 物語が進むにつれ、スケールはだんだんと大きくなっていきます。そしてクライマックスにて、ついに本作最大のネタが明らかにされるのです。
 信じがたいことに、ここで私は強い感動を覚えました。ストーリーではなく、登場人物にでもなく、ネタそのものに。「ああ、そういうことだったのか」と。
 本書はそんな物語です。

この記事へのコメント

  • goldius

    私は平気でネタバレ記事を書いてしまいますが、Manukeさんの美意識に反する場合は遠慮なくデリって下さいませ。
    2006年12月23日 21:04
  • Manuke

    いえいえ、その辺りの感覚は人それぞれですので、お気になさらず~。
    2006年12月27日 23:13

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「カエアンの聖衣」バリントン・J・ベイリー 冬川亘 訳 ハヤカワ
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