ゲームウォーズ

[題名]:ゲームウォーズ
[作者]:アーネスト・クライン


 コンピュータ・ネットワーク上に構築された広大な仮想空間を舞台に、多数の人間が宝探しを競う――それが本書『ゲームウォーズ』(原題:"Ready Player One")の物語です。
 しかしながらこのお話の一番の特徴は、膨大な量のポップカルチャー/サブカルチャーへの言及ですね。一九八〇年代を中心とする、実在のゲーム・映画・音楽・小説・アニメ・特撮といったいわゆるオタク系コンテンツへの惜しみない愛情が、小説の中からあふれ出さん限りに詰め込まれています。そうしたものを愛する読者の魂を揺さぶること請け合いです(笑)

 二〇一二年、高名なゲーム開発者ジェームズ・ハリデーとその属するグレガリアス・シミュレーション・システムズ(GSS)は、OASISという名の仮想現実プロダクトを発表しました。
 それは当初、これまでにない大規模なマルチプレイヤー・オンラインゲームと謳われていましたが、ほどなくライフスタイルに等しいものとして全世界の多くの人間に受け入れられることになります。バイザーをかぶってハプティックグローブを装着すれば、仮想空間の中で好きな姿を取れ、およそ現実では不可能なことができるようになるからです。それも、基本的には無料で。
 時代が進むにつれ、地球の化石資源は枯渇し、世界的なエネルギー危機の中で社会は沈滞していきました。しかし、現実ではスラム街に住む者でも、OASIS上でならずっと自由かつ安全に暮らせるのです。そうして、しばしば社会はOASISの中と外で二極化しています。
 二〇四〇年頃(作中で明記なし?)、身寄りのない億万長者となっていたハリデーが死去したとき、彼の遺言が世界に向けて公表されました。無数の惑星からなる広大なOASISのどこかにイースターエッグを隠し、それを最初に見つけた者には自分の全資産、時価総額二四〇〇億ドルを全て進呈する、と。困難を乗り越えて三つの鍵、銅の鍵(コッパー・キー)/翡翠の鍵(ジェード・キー)/水晶の鍵(クリスタル・キー)を入手し、対応する三つの門を開いた勇者だけが、宝箱の待つ場所“The End”に到達できるのだ、と。
 OASISプレイヤーならば誰もが参加できるその宝探しに、世界中が熱狂しました。ハリデーは一九八〇年代前後のポップカルチャーに傾倒しており、彼自身が宝探しのヒントとなる『アノラック年鑑("Anorak's Almanac")』(アノラックはハリデーのOASIS内ハンドル)にそれらを記していたことから、人々はそれを隅々まで読んで鍵の在り処を探そうとしました。イースターエッグを探す者はエッグ・ハンター、縮めてガンター("gunter")と呼ばれるようになります。
 ところが、最初のコッパー・キーすら見つからないまま、時は過ぎていきました。次第に多くの人々は、イースターエッグなど最初から存在しない嘘だったのか、もしくはあっても見つけられないのだと諦めていきます。

 そして、遺言公表から五年後の二〇四五年に物語は幕を開けます。
 オクラホマシティのスタックパーク(トレーラーを積み上げ住居にしたスラム)に住む、十八歳の太り気味の孤児少年ウェイド・ワッツ(一人称主人公)は、しかしOASISの中では優れたガンター、パーシヴァルとして知られていました。彼は現実では貧しいため、OASIS内のゲームのレベル上げすらおぼつかないのですが、八〇年代ポップカルチャーを熟知するだけでなく愛し、レトロゲームの腕を磨いていました。パーシヴァルには同格のガンター少年エイチという親友がおり、二人は直接会ったことはなく互いの本名も知らないものの、魂の友と言える間柄でした。
 OASIS内の高校へ通っているウェイドですが、惑星間の移動にはお金がかかるため、学校のある惑星ルーダスから出る機会はほとんどありません。しかしある日、ウェイドはラテン語の授業中、惑星ルーダスこそがコッパー・キーへのヒントが示す場所なのではないかと思いつきます。その発想は功を奏し、パーシヴァル(ウェイド)はコッパー・キーの在り処を発見、のみならず課題のゲームをクリアして入手に成功します。
 五年の間停滞していたエッグ・ハントは、ランキング・スコアボードに初めてプレイヤー名が掲載されたことで一気に沸き返りました。そして、パーシヴァルより先にコッパー・キーを見つけながらもゲームをクリアできずにいたアルテミス、パーシヴァルの親友エイチ、更には日本人ガンターのダイトウ・ショウトウ兄弟の四人が続けてコッパー・キーを入手、かつ五人全員が第一ゲートをクリアしたことで、再びエッグ・ハント熱が世界を覆います。トッププレイヤー五人はハイファイブと呼ばれて一躍有名人となり、広告契約などでウェイドは現実のお金を稼ぐことができました。
 けれども、彼等には魔の手が迫っていました。多数の社内ガンター・シクサーズを擁し、人海戦術やズルを駆使しながらもエッグ・ハントで成果を上げられなかった巨大インターネット・プロバイダー企業IOIは、報酬と引き換えにコッパー・キーの秘密を明かすようパーシヴァルへ接触を図ってきます。パーシヴァルがそれを拒絶すると、その正体をウェイド少年だと突き止めていたIOIは、彼を現実に殺害しようとしたのです。
 幸運に助けられてそれを逃れたウェイドは、身を潜めつつ、パーシヴァルとしてエッグ・ハントを続けます。イースターエッグを求めながらもポップカルチャーへの敬愛を忘れないガンター少年少女達と、それらを作業と見做し殺人すら辞さないシクサーズの、ハリデーの遺産を巡る戦いがここに始まります。

 本書の注目ガジェットは、OASIS(存在論的人間中心感覚没入型仮想環境:"Ontologically Anthropocentric Sensory Immersive Simulation")です。
 OASISは、基本的にはマルチユーザーのヴァーチャル・リアリティです。バイザー(ヘッドマウントディスプレイ)とハプティックグローブ(手の動きをコンピュータに伝え、逆にコンピュータからも触覚がフィードバックされるグローブ)を装着し、これをプレイヤーの手元のコンソールに接続、インターネット経由で耐障害性の高いサーバー群と通信を行うことで参加します(お金があれば、全身を覆うハプティックスーツなども使えます)。プレイヤー側のコンソールにも処理を行わせることで負荷分散を行い、同一エリアに五百万人ものプレイヤーが同時参加しても処理落ちしないとされています。通信データ量が凄いことになりそうですけど、作中ではインターネットの回線帯域幅が相当に広いようです(笑)
 OASIS内には一辺の長さが三十光時(約三二四億キロメートル)の立方体型の宇宙空間が存在し、ルービック・キューブのように3×3×3のセクターに区切られています。セクターの中にはそれぞれ数百の惑星が浮かんでおり、惑星毎に剣と魔法の世界・未来世界・レトロゲームの世界といったように特徴づけられているようです。
 OASISは基本プレイは無料ですが、長距離移動には費用が掛かります。一番便利かつ高価なのはテレポーテーションで、運営会社のGSSはここから主に利益を得ています。惑星間移動には宇宙船が使われることもありますけれど、それなりのお値段が付き、かつ移動先が魔法世界のゾーンだったりするとエンジンが動かなくなってしまうといった危険が伴います(^^;)
 二〇四〇年代において、OASISは単なる仮想空間ではなく、社会インフラと化している模様です。OASISの中に学校があり、会社があり、様々な情報サービスが揃っているわけです。

 少しばかり余談になりますが、イースターエッグにも触れておきましょう。
 イースターエッグとは、開発者がソフトウェアの中に仕込んでおいた隠し要素のことです。大抵の場合、特に本体のソフトウェアとは関係のない機能で、開発者の名前などのメッセージが表示されたりする程度のものがほとんどですが、中には隠し要素がプレイ可能なゲームになっている凝ったものもあります。本書の場合では、むしろエッグ・ハント自体もイースターエッグと言えるかもしれません。
 元々、復活祭のときにイースターエッグ(鶏卵もしくは卵型のお菓子)を隠して子供たちに探させるゲームがあり、これがソフトウェア内の隠し要素を指す言葉に転用された模様です。そこからさらに派生して、映画などの片隅にこっそり潜ませた隠しメッセージやキャラクタもイースターエッグと呼ぶことがあります。
 イースターエッグは秘密の要素であり、多くは上司に無断で開発者がこっそり仕込みます(^^;) このため、往々にして機能自体のチェックが十分に行われません(セキュリティホールに繋がりやすいと指摘されることも)。作中のハリデーも生前、エッグ・ハントが難しすぎたのではないか、バグが残っているのではないかということを気にしていたようです。同じソフトウェア開発者として、個人的に共感を覚える部分です(笑)

 さて、本書を特徴づける膨大な量のポップカルチャー・コンテンツですが、OASIS関連を除くほぼ全てが実在のもののようです。
 登場するのは一九八〇年代を中心とする二~三十年の期間に公表されたもので、ビデオゲーム/コンピュータゲームなら『パックマン』・『ZORK』など、映画なら『ウォー・ゲーム』・『ブレードランナー』など、その他アニメや特撮、音楽から数えきれないほどの作品が言及されます。
 ただ登場するだけでなく、その内容がエッグ・ハントに深く関わるものも少なくありません。なにしろ、八〇年代ポップカルチャーを愛したジェームズ・ハリデーがお遊びたっぷりに作り上げた宝探しゲームのため、それらを熟知していないとクリアどころか鍵の発見すらままならないわけです。
 特に白眉となるのは、第二ゲートをクリアしたとき報酬で与えられる巨大ロボットです。パーシヴァルが選んだのは、日本の特撮テレビシリーズ『スパイダーマン』に登場する最強瞬殺ロボット(笑)・レオパルドン。敵シクサーズのトップであるソレントが選んだのが、メカゴジラ。これが第三ゲートを巡る最終決戦時に、ガンダムやライディーン、戦車や宇宙船その他の兵器と仮想空間内で大乱戦を繰り広げるのです(〈ベーターカプセル〉にて出現する、かのお方まで……)。こんなお馬鹿な小説を愛さずにいられましょうか(^^;)
 これらのコンテンツは、ただ闇雲に引用されたのではなく、ちゃんと「分かっている」形で表現されます。作中に登場するレトロゲームのテクニックは実際に通用するものですし、パーシヴァルはレオパルドンのコクピットで「チェンジ、マーベラー!」と叫びます(^^;) もちろん、細かい点では物足りない部分もあったりしますが(そこはゴッドバードだろう、とか(笑))、おおむねそれぞれの原作ファンにも満足のいく形と言えるのではないでしょうか。これはおそらく、アーネスト・クライン氏の諸作品に対する愛のなせる業ですね。:-)

 これらの「弾けた」部分はあるものの、基本的にSFとしての設定は決して突飛なものではありません。ヘッドトラッキング機能付きヘッドマウントディスプレイは実用化されていますし、仮想空間を使ったマルチユーザー・インフラがいずれ現実になることは想像に難くありませんね。ヴァーチャル・リアリティを扱うフィクションにありがちな仮想空間の誇張が少ない、地に足の着いた設定は好感が持てます。
 例えば、エッグ・ハントでは「映画の中に入って登場人物になりきり、台詞や仕草を映画通りに演技すると高得点」というゲームが登場しますけど、これなどは実際にVRゲームのキラーコンテンツになりうるのではないでしょうか。
 ストーリーラインは比較的シンプルで、若干ご都合主義的な部分もあります。個人的には、ジェード・キーの笛のヒントにウェイドがすぐ気づけなかった点は(『ウォー・ゲーム』のなりきりプレイ直後なだけに)解せないところです(笑) また、IOI/シクサーズはいかにも悪役過ぎる感がありますね。
 もっとも、こうした部分はお話の分かりやすさを優先したためと思われ、必ずしも欠点とは言えません。本書のメインストーリーは「仮想世界での冒険を通じたウェイド少年の成長物語」、すなわち正統派かつ直球のジュブナイルなのですから。たとえ無数の「大きなお友達」向けガジェットに満ち溢れていようとも(^^;)
 単にサブカルをネタにしただけの小説などではない、スピード感にあふれたエンターテイメント性の高いヴァーチャル・リアリティSFです。

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