禅〈ゼン・ガン〉銃

[題名]:禅〈ゼン・ガン〉銃
[作者]:バリントン・J・ベイリー


 このお話は、奇妙極まりないロジックと盛りだくさんのガジェットで読者を幻惑する奇才バリントン・J・ベイリー氏による、似非日本文化風味のワイドスクリーン・バロックです。
 とにかく本筋との関係・無関係を問わず無数の設定が盛り込まれていますけれど、そこに日本の禅思想が絡んでいるためによりいっそう訳の分からないお話に仕上がっています(^^;) もっとも、小難しいと言うよりは馬鹿SFに近い存在ですので、読むにあたって身構える必要はありません。コメディではないのに面白おかしいというのは、ベイリー作品の持ち味ですね。
 類人猿のキメラであるパウトが手に入れた、木製状の拳銃・禅ガン。パウトは私欲を満たすため禅ガンを使います――それが宇宙の命運を左右する武器であることを知らず。

 人類の住む星全てを版図に収めた〈銀河の宝冠(ギャラクティック・ダイアデム)〉帝国。しかし、帝国には退廃がはびこっていました。
 享楽に耽るダイアデム星域では極端に出生率が低下していました。このため、様々な動物を知性化して二級市民とし、身の回りの仕事をさせていたのです。更に、支配下の惑星に赴いてその星最高の科学者や芸術家を『税』として取り立て、ダイアデムの活性化を図ることも行われています。
 アーチャー提督率いる第十艦隊がそうした『徴税』を行っていた矢先、ダイアデムの最高司令部から、エスコリア星域で発生した反乱の鎮圧に当たるよう命令が下されます。そして更に、〈託宣(オラクル)〉(神秘的な予言を行うデータ・マシン)が下した予言の真偽を確かめることを求めたのです。〈オラクル〉曰く、エスコリアに帝国を滅ぼしうる兵器あり。
 一方そのころ、エスコリア星域に属する辺鄙な惑星――かつて地球と呼ばれていた、今は誰にも顧みられない星――で、ある出来事が進行していました。
 博物館館長トルス・ナシュシメイントゥーに創り出された、人間を含む全霊長類の合成体であるパウトは、しかしあまりの出来の悪さに檻の中へ幽閉されていました。それを哀れに思ったナシュシメイントゥーの友人ロボ・デ・コーゴは、パウトを逃がしてやります。
 しかし、心のねじけたパウトはそれに感謝することなく、博物館に忍び込んでそこに展示されていた武器を盗み出そうとします。パウトが手にしたのは、木またはそれに似た肌合いの材質で作られた、おもちゃのように粗末な拳銃でした。
 けれどもその銃――禅ガンは、恐るべき力を秘めていたのです。

 本作の注目ガジェットは、後退理論です。
 これは作中世界において重力や電磁気力等の相互作用を説明する物理理論、言ってしまえば疑似科学です(笑) 現実にこれを主張したらトンデモ扱いされてしまいそうですが、フィクションの中の理論ですから問題ありませんね。
 後退理論の肝は、引力の否定です。我々は重力を物体間に働く引力だと考えていますが(万有引力の名通り)、実際には斥力だと言うのです。つまり、全ての物体は引かれ合うのではなく、反発し合って互いに遠ざかっているというわけです。しかし、物体が近くにある場合には周囲の物体の斥力を遮るため、その両者の後退速度が相対的に遅くなり、結果として互いに引かれ合っているように見える、ということになります。
 屁理屈もいいところですけど、これが物語の設定や、禅の「動静一如」と結びつけられたりすると、唖然を通り越して感心してしまうのがベイリー氏の恐ろしいところだと言えましょう(^^;)

 本書において禅の思想を体現するのが、〈小姓〉池松八絋です。池松はパウトに命を救われたことから、パウトの用心棒として同行することになります。
 作中では、〈小姓〉とは完全無欠と言われる戦士のことで、圧倒的な戦闘力を有しながらも政治には関わらない伝説的な存在です。常に泰然自若とした池松と、その甥で修行中の少年・審美庵(シンビアン)が、ストイックな〈小姓〉の文化を表現してくれます。この〈小姓〉という文字は日本語訳時の当て字のようですが、おそらくベイリー氏は漢字を知らないので気にしてはいけません(^^;)
 その他にも、退廃の極みであるダイアデム文化では若い女性が老女のような顔に美容整形することが流行していたり、アーチャー提督に仕える部下が象・キリン・豚といったカートゥーンばりの人語を話す動物達だったり、信号化された分子で意思疎通を行う気体袋型異星人が登場したりと、あまり本筋とは大きく関ってこない部分でもネタが詰め込まれています。(もちろん、科学考証など期待しないように(笑))
 後半ややお話の収束が早い感があるものの、とにかく盛りだくさんのガジェットで読者を楽しませてくれる、アイディア勝負のエンターテイメントSFです。

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