アシモフ初期作品集3 母なる地球

[題名]:アシモフ初期作品集3 母なる地球
[作者]:アイザック・アシモフ

 ライティング・マシーンことアイザック・アシモフ氏の、作家経歴初期における作品を集めた短編集、第三弾です。
 本作では作品執筆順にお話が収録されているのですが、前巻の中ほどでいよいよアシモフ氏の代表的二大シリーズ、〈ロボット三原則もの〉と〈ファウンデーション・シリーズ〉が執筆開始されており、押しも押されぬ実力作家へと変貌を遂げています。ぎこちなさの伺えるデビュー作より数年程度なのに、SF史に残るほどの名作を世に送り出すまでになったその成長ぶりには目を見張るものがありますね。
 本巻収録作品はいずれも粒ぞろいで、もはや「初期作品」と断る必要のないレベルに達しています。中でも『袋小路』と『母なる地球』は、氏の未来史における位置づけが興味深いと言えるのではないでしょうか。

◎著者よ! 著者よ!

 推理小説家グレアム・ドーンは、私立探偵レジナルド・ド・マイスターを主人公とするミステリーのシリーズを執筆していました。このシリーズはロマンス要素が受けて、多数の女性読者を熱狂させています。
 けれども、グレアム本人は自分の作品に嫌気がさしており、シリーズを終わらせて次の真面目な作品に取り掛かりたいと考えていました。グレアムの恋人ジェーンや、出版社社長のマクダンラップは、グレアムの「真面目な作品」が酷く退屈かつ売れそうにないと忠告しましたが、グレアムは聞く耳を持ちません。
 かくしてシリーズ最終作の『サード・デッキの死』を書き上げ、出版社に送りつける三下り半をタイプしていたグレアム。その背後に、突如として見知らぬ男が出現しました。その男とは――ほかならぬ彼の作り上げた主人公ド・マイスターだったのです。ド・マイスター・シリーズには彼の実在を本気で信じてしまう熱狂的なファンがおり、そのため現実世界へ姿を現すことができるようになったのだ、とのことでした(笑)
 ド・マイスターはグレアムに、シリーズを落ち切ることを考え直すよう進言しますが、グレアムは首を縦に振ろうとしませんでした。しかし、ド・マイスターが現実化したことで、グレアムの日常は次第に侵食されていくことになります。

◎死刑宣告

 素人古代史研究家テオル・レアロは、現在の〈銀河連盟〉が出来上がる前に存在した〈第一次宇宙連合〉の首都惑星ドーリスを独学で研究し、驚くべき発見を成し遂げます。それは、惑星の住人全部が陽電子ロボットで構成される世界の存在でした。
 古代人はこの世界を心理学研究のために作り上げたのですが、〈第一次宇宙連合〉の滅亡と共に放棄され、以後一万五千年もの間ロボット世界は独自に発展を遂げてきたのです――自分たちがロボットだと知らないまま。
 テオル・レアロは実際にロボット世界を訪れて確かめた後、この事実をかつての同級生で〈心理学委員会〉のメンバーでもあるブランド・ゴーラに打ち明け、ブランド・ゴーラはそれを委員会議長に報告しました。アルビノで変人のテオル・レアロが言ったことは当初真面目に受け取られませんでしたが、これが事実であることが判明するや否や、〈心理学委員会〉は惑星ドーリスへ押し寄せ、テオル・レアロから研究を取り上げてしまいます。
 しかし、〈心理学委員会〉はドーリスに残された史料を調べるのみで、実際のロボット世界へ赴くことはありませんでした。すっかり蚊帳の外に置かれたテオル・レアロは機嫌を損ねるものの、〈心理学委員会〉は意に介しません。
 ところが……。

◎袋小路

 皇帝アウレリオン治世下の銀河帝国で、人類ではない知的種族が発見されました。
 ケフェウス一八番星に生息するケフェウス型非人類("Cepheid non-Human")は、煉瓦色の肌のヒューマノイドで、発見された時点では絶滅に瀕していたものの、今は保護されて不自由のない生活を送っています。しかしながら、彼らの出生率は長らくゼロとなっているという問題がありました。
 ケフェウス型非人類を研究する科学調査委員会長トモル・ザンモは、ケフェウス一八番星の監督官である主任公衆行政官ルーダン・アンティオクに対し、研究がはかどらない旨を訴えました。ザンモの考えは、ケフェウス型非人類は所詮動物であり、解剖・人体実験を実施すればより多くを学べるというものでしたが、アウレリオン皇帝が人道主義者であることから許可が下りないのです。アンティオクは官僚らしく、のらりくらりと応えをはぐらかしつつも、一つの助言をします。すなわち、報告書にてケフェウス型非人類の出生率問題を取り上げれば、研究の優先度を上げてもらえるのでは、と。
 一方、新聞記者のガスティヴ・バナードはアンティオクに対し、科学者グループがケフェウス型非人類に対し行っている研究内容が非人道的だと苦情を申し立てました。アンティオクはまたもはぐらかしつつ、バナードに対しても助言を与えます。出生率問題を読者に提示することで、社会に問題提起することができるだろう、と。
 事なかれ主義でアクションを起こそうとはしないアンティオクを、ザンモもバナードも無能で愚かな典型的官僚だと見下していました。しかし、アンティオクの狙いは別のところにあったのです。

◎関連なし

 考古学者ラフは、巨大な顎と太い首、へら状の指、趾のついた太い脚を持った、この時代の典型的アメリカ人(ギャロウ・サピエンス)でした。彼は謎の古代知的生物〈原始霊長類〉のことを研究していますが、この高度な知性を持っていたと思しき生物がなぜ滅んだのか、詳しいことは分かっていません。
 そんなラフはある日、息子ジュニアの話を通じ、エエカアと名乗る知的生物が空飛ぶ機械でアメリカ東海岸を訪れたことを知ります。同じ霊長類らしいエエカアが、何か〈原始霊長類〉と関わりがあるのでは――そう考えたラフは重い腰を上げ、自分の所属するグループを離れて東海岸に向かうのですが……。

◎再昇華チオチモリンの吸時性

 論文型SFです(^^;)
 あまりにも水に溶けやすいため、水が加えられる「前」に溶解を始めてしまうという奇怪な架空物質チオチモリンの特性を、様々な表やグラフを交えて論文に仕立て上げた大怪作です。

◎赤の女王のレース

 とある原子力発電所にて、エネルギーが二マイクロ秒ですっからかんになるという事件が発生しました。これによる直接の被害はほぼなかったものの、事態を引き起こしたと思しき核物理学者エルマー・タイウッド教授が卒中で死亡していたのが発見されます。加えて現場には、古代ギリシア語に翻訳された化学の教科書の一部という奇妙なものが残されていました。
 プルトニウム数十ポンドの塊から爆発させることなく全エネルギーを瞬時に取り出すことができるとしたら一大事であり、アメリカ国民の生命は風前の灯火と言えます。原子力発電所では箝口令が引かれ、全ての情報は極秘扱いとなりました。タイウッド教授は対外的に、死亡ではなく行方不明と公表されます。
 「わたし」(本名不明)は、表向きは失踪したタイウッド教授の行方を探すという捜査官の役割を持っていましたが、実際は世間の目を逸らすための目くらましに過ぎませんでした。しかし、「わたし」が聞き込み捜査を行ううち、事件の真相に迫ることになります。
 タイウッドはマイクロ時間移動、すなわちタイムマシンの研究を行っていたのです。そして、その目的は……。

◎母なる地球

 地球から近隣の恒星へ植民が行われた結果、五十の宇宙国家が誕生していました。
 宇宙国家の人々は自らの肉体に遺伝子改良を施し、また陽電子ロボットを使役することで高度な文明を形成しています。一方、人口過密の地球は疲弊し、ロボットに対する拒否感が根強いために省力化もままなりません。
 地球政府は、新たなる宇宙植民で地球勢力を強めようと市民を促していたものの、地球を劣った世界と蔑視する宇宙国家側はそれを歓迎していません。また、地球市民の中にも、移民より人口制限と陽電子ロボットによる水耕栽培の導入をすべきと主張する者がいました。
 そうした中、地球政府が何やら「パシフィック計画」なる秘密の計画を遂行しようとしている、という噂がまことしやかに流れ始めます。宇宙国家の雄オーロラでは、噂そのものが惑乱目的のフェイクではないかと怪しむ者もいたものの、真実を突き止めるには至りません。
 そして徐々に、地球と宇宙国家の対立はキナ臭くなっていき、両者の融和を目指す者は排斥されていきます。果たして、パシフィック計画とはいかなるものなのでしょうか。

 収録作品のうち、『袋小路』と『母なる地球』はアシモフ未来史に連なると思われるお話です。
 アシモフ氏の〈ファウンデーション・シリーズ〉及び関連作では、銀河帝国の構成員は地球人類のみとされ、異星人は登場しません。これは、やや人種的偏見のある編集者キャンベル氏と対立が起こらないようアシモフ氏が配慮したためとのことですが、『袋小路』一作のみ、その異星人が登場する〈銀河帝国もの〉です(本作の執筆は『ザ・ミュール』の少し前)。〈ファウンデーション・シリーズ〉最大のガジェットである心理歴史学は、地球人類という単一の種族からなる巨大集団の未来を予測する学問なので(そのため、ミュールのような異分子を考慮不可)、ケフェウス型非人類が将来無視できない勢力となって銀河帝国と接触すれば瓦解してしまいます。後年の『ファウンデーションの彼方へ』で取り上げられる問題の種が、初期シリーズ執筆中に蒔かれていたのは興味深いですね。
 一方、『母なる地球』は推理SFの傑作『鋼鉄都市』の舞台設定に連なる前日談です(執筆はこちらが先なので、『鋼鉄都市』が本作を下敷きに書かれたものと思われます)。なぜ地球が宇宙国家によって封鎖されることになったのか、その理由が描かれています。『鋼鉄都市』以降を見るに、パシフィック計画は画策者の思惑通りには進行しなかったようで、地球は名探偵イライジャ・ベイリの登場を待つことになるわけです。
 個人的お勧めは、一見お役所仕事的に見えて実は高度な駆け引きを行う官僚の活躍が見どころな『袋小路』、真面目な論文の体裁を取りながら笑いを誘う『再昇華チオチモリンの吸時性』辺りです。

 さて、『アシモフ初期作品集』に収録された作品の執筆期間はせいぜい十年程度ですが、駆け出し作家だったデビュー作からの成長っぷりが目覚ましいですね。
 アシモフ氏ご自身が才能を秘めていたこともあるでしょうけど、名編集者ジョン・W・キャンベル氏の指導も少なくなかった模様です(ロボット三原則などは、両者がお互いに相手の発明と主張)。幕間の解説でも、アシモフ氏がキャンベル氏へ敬愛と感謝の念を抱いていることが見て取れます。キャンベル氏はアシモフ氏を始め数多くの新人 SF作家さんを育てており、アメリカSF黄金時代の立役者と呼ばれるのも大いに頷けるところです。

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