パシフィック・リム

[題名]:パシフィック・リム
[作者]:アレックス・アーバイン


 奇才ギレルモ・デル・トロ監督渾身の怪獣・巨大ロボット映画、大傑作『パシフィック・リム』のノベライズです。
 のっけからぶっちゃけてしまいますが(笑)、この小説は映画と切り離され独立で評価されるような種類のものではありません。映画と小説が並び立つ『2001年宇宙の旅』や、原作ならではの骨太さを持つ『ジュラシック・パーク』、映画を元にした小説化ながらも独自考証で読み応えのある『ミクロの決死圏』といった先行例とは異なり、ストーリーラインはほぼ映画と同じ内容です。
 何しろ、映画『パシフィック・リム』の真骨頂は怪獣と巨大ロボが格闘戦を行う場面とその他のディテールですから、映像あってこその作品です。映像がなく、表紙を除けば挿絵すらない小説版はその魅力が欠落してしまっています。加えて、肝心のバトルシーンが薄いのは致命的で、冒頭のジプシー・デンジャーVSナイフヘッド(漁船の場面から浜辺で倒れるところまで)はたったの十一ページという短さです。科学考証に対しては突っ込みどころ満載なので、真面目なSFファンには敬遠されてしまうかもしれません(^^;)
 ただ、だからと言って読む価値がないということではありません。本書の立ち位置は、映画を見終えた後に作中で描かれなかった部分を拾う、または映画鑑賞時の追体験を行うといった役割であり、あくまで脇役に徹しているわけですね。(バトルシーンが薄いのも、映画本編を食わないため?(^^;))
 深海から現れる怪獣を倒すために作られた巨大ロボ・イェーガー。兄の死で心に傷を負いイェーガーのパイロットの座を退いた青年ローリーは、人類存亡の危機に際し再びジプシー・デンジャーへと乗り込みます――新たな相棒のマコと共に。

 二〇一三年、摩天楼のように巨大な化け物が深海から現れてサンフランシスコを襲撃し、核弾頭ミサイル三発でようやく倒されるという事件が発生しました。しかし、それは始まりに過ぎなかったのです。
 それからも頻繁に太平洋深海の裂け目(ブリーチ)から巨大で、姿や性質が各々異なるモンスターが出現し続け、それらの化け物は「怪獣」と呼ばれるようになります。通常兵器はほとんど通用せず、核兵器ぐらいしか有効な手立てがない怪獣達。けれども、襲撃のたびに核兵器を使い続ければ、いずれ地球が汚染されて人が住めない世界へと化してしまいます。
 この事態に世界各国は一致団結してPPDC(環太平洋防衛軍)を結成し、怪獣と戦うための兵器を開発することになりました。巨大人型ロボット、イェーガーの誕生です。二人の搭乗パイロットが精神を繋ぎ合わせて操縦するイェーガーは、対怪獣戦で絶大な威力を発揮し、パイロット達は一躍ヒーローとなります。怪獣への恐怖は薄れ、その脅威は過ぎ去った――かのように見えました。しかしながら、怪獣はより大きく、より賢く、そしてより出現頻度を増していったのです。

 二〇二〇年、パイロットのローリー・ベケットは兄ヤンシーと共に米イェーガー、ジプシー・デンジャーに搭乗して怪獣ナイフヘッドを迎え撃とうとしました。ところが、ナイフヘッドはパイロットこそがイェーガー最大の弱点であることを知っており、操縦室コン=ポッドを襲撃してヤンシーを機体から引きずり出してしまいます。精神結合中に兄を失ったローリーは、心と体にダメージを負いながらも単身でジプシー・デンジャーを操り、ナイフヘッドを倒しました。けれども、ローリーのトラウマはあまりに深く、生存者手当ての受け取りすら拒否して彼はPPDCを去りました。
 怪獣の攻撃がさらに激しさを増していく中、数多くのイェーガーとパイロット達が戦いの中で倒れていきます。やがてついに、国連はPPDCに対して資金の打ち切りを通告してきます。怪獣出現ポイントであるブリーチこそを攻撃、破壊すべきだというPPDC司令官スタッカー・ペントコストの意見には耳を貸さず、官僚達は怪獣退治ではなく太平洋沿岸に張り巡らせた防壁で侵入を防ぐという消極策への転換を決定します。ペントコストは国連と袂を分かち、PPDCを独立採算性の抵抗組織にすることを決断しました。

 そして対ナイフヘッド戦から五年後の二〇二四年末、対怪獣防壁の建設作業員として働いていたローリーの下にペントコストが訪れてきます。彼はレストアした旧型イェーガーのパイロットにローリーをスカウトしに来たのです。当初は渋るローリーでしたが、気を変えて再びパイロットとなることを決めました。
 彼らが向かった先は、PPDCの最後の拠点となる香港シャッタードームでした。かつては多数存在したイェーガーも、今ではチェルノ・アルファ、クリムゾン・タイフーン、ストライカー・エウレカの三機しか残っていません。そして、レストアされた旧型イェーガーこそは、ベケット兄弟の愛機ジプシー・デンジャーだったのです。
 紆余曲折の後、ローリーは相棒のパイロットとしてジプシー修復プロジェクト責任者の女性マコ・モリを選びました。ところが、起動テストのさなか、マコは過去の記憶に囚われ、あわやシャッタードームを破壊してしまうほどのトラブルを引き起こしかけます。この事故のせいでローリーとマコは、PPDCのメンバー達から白い目で見られることになってしまうのです。
 そうした中、ブリーチから新たにレザーバックとオオタチという二体の怪獣が同時出現しました。ジプシー・デンジャーを除く三機は怪獣を迎え撃つために出撃するものの、チェルノ・アルファとクリムゾン・タイフーンは大破、ストライカー・エウレカも行動不能になってしまいます。
 待機状態にあったローリーとマコは、旧世代であるがゆえに稼働可能だったジプシー・デンジャーに搭乗し、二体の怪獣から香港を守るために出撃します。そして……

 本書の注目ガジェットは、怪獣とイェーガーです。
 怪獣(英語でもそのまま"Kaiju")は、太平洋海底に突如出現した異次元アンティバースへの門・ブリーチから現れる、山のように巨大なモンスターの総称です。そのサイズは百メートルクラス、戦車の砲弾では無傷、ヘルファイア・ミサイルでさえかすり傷がせいぜいという強靭な皮膚を持つ、ほぼ無敵の存在です。更に、その青色の血液は腐食性かつ毒性を持ち、下手に傷付けると二次災害(怪獣ブルー)を引き起こすことになります。
 個々の怪獣は、爬虫類型・サメ型・甲殻類型・ゴリラ型と様々な外観を持ち、その攻撃方法も多彩です。一見すると巨大であること以外に共通点はなさそうに思われますが、そのDNAは同一で、全ての怪獣はクローンです。また、怪獣はそれなりに知能があるらしく、テレパシーのように情報を互いに交換しています。
 物語冒頭では、怪獣がなぜ地球を襲うのかは分かっていませんが、中盤になってそれが異次元の知的生命体・先駆者("Precursor")の地球侵略兵器だったことが判明します。先駆者達はかつて一億年前にも侵略を行おうとしたものの、当時は地球環境が彼らに不向きであったために断念、人類の環境破壊により彼らに向いた環境となったことから再侵攻を目論んだようです。先駆者は侵略した世界を消費し尽くした後に次元侵略を繰り返しているようで、怪獣の出現元であるアンティバースも先駆者の出身地ではないものと思われます。
 映画では触れられませんでしたが、小説版では恐竜も元は先駆者に作り出された怪獣であったことが明示されます。先駆者が侵略を中止した後、放置された恐竜は独自に進化・繁栄し、やがて滅んだようです。少し無理がある設定のようにも感じますけど、そこは目をつぶるということで。:-)

 海から現れて都市を破壊しまくるという超自然災害・巨大怪獣を前に、人類が総力を挙げて開発したのが人型巨大兵器・イェーガー("Jaeger"、ドイツ語の狩人から)です。
 イェーガーは、全高おおむね八十メートルぐらいの人型ロボットで、パイロット(レンジャーとも呼ばれます)が中に乗り込んで操縦するタイプです。操縦は戦闘機の操縦システムの応用で、パイロットの神経をイェーガーと接続し、体の動きをモーションキャプチャーする形で行われます。また、怪獣の攻撃による機体損傷を把握しやすいよう、イェーガーの受けたダメージはパイロットに“痛み”として伝わります。
 初期のイェーガーはパイロット一人で操縦していたのですが、脳へかかる負担が大きすぎたため、二人のパイロットが右脳・左脳の役割分担を行い共同で操縦する形に変更されています(例外的に、クリムゾン・タイフーンのみ三つ子が操縦)。パイロット同士の神経接続はドリフトと呼ばれ、互いの記憶を共有することになるため、相互信頼が不可欠です。また、ドリフト時には自分と相棒の記憶が雪崩のように流れ込むため、その記憶に囚われる危険性もあります。
 イェーガーの武装は各機体毎に色々とあるものの、基本は肉弾戦です(最新鋭のストライカー・エウレカはアンチ・カイジュウ・ミサイルを装備していますが、これは怪獣の体内に潜り込んで炸裂する特殊弾の模様)。一応、怪獣の血液をできるだけまき散らさないようにという理由付けはありますけど、切断系の武装を見るに少々苦しい説明ですね(^^;)
 怪獣とイェーガーは互いに殴り合い、投げ飛ばし合う、光の国から来た某巨大宇宙人さながらのバトルを繰り広げ、その過程で都市を破壊し尽くすわけです。:-)

 超巨大な怪獣とロボットがぶつかりあう、という娯楽作品ではあるものの、舞台設定や人物描写もシンプルながら決して悪くないお話です。突っ込みどころは多々ありますけど、その辺りは様式美ということで(笑)
 映画版にはない小説版ならではの要素としては、やはり登場人物の内面描写や背景設定、幕間のサブエピソード、映像では表し尽くせない状況などですね。作中、ある人物がアンティバースの様子を垣間見る場面がありますが、映画ではフラッシュバック的に表されていたシーンが実際にはどういうものだったか、小説では詳細に記されています。また、ヒロインのマコの家系が刀鍛冶であり、ジプシー・デンジャーの秘密兵器もその流れを汲んでいることが明かされます。(ここは日本人的にはちょっと微妙?(^^;))
 ただ、映画のストーリーから逸脱できないという枷のためか、あまり小説固有の要素が見られないのは残念なところです。また、翻訳のせいか元からなのかは分かりませんけど、全体的に台詞回しも映画の方がより感情に訴えてくるように思われます。
 異なるメディアでありながら破綻なく小説化が行われている点は評価できますが、やはり『パシフィック・リム』は動画あっての作品です。巨大ロボVS怪獣という夢の対決(笑)は、映像(可能ならば大スクリーン)で見てこそ、ですね。小説版だけを読まれた方には、ぜひ映画も鑑賞されることをお勧めします。逆に映画を楽しまれた方には、本書を読むことで『パシフィック・リム』の世界をより堪能できるのではないでしょうか。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    今月は「ガニメデのクリスマス」だろうと思いきや、サイトを開いてみると「パシフィックリム」のインタラプト。Manukeさんのこの映画への愛の深さを痛感しました(笑)。

    私はこの映画、宣伝スチールで菊池凛子が黒スーツ着て歩いてる姿のカッコよさに、おたく心をわしづかみにされて観に行った感じです。(映画「ローレライ」も香椎由宇の黒スーツ姿にわしづかみにされて観に・・・成長のない私です)

    あとは「エンダーのゲーム」がどんな出来か、今年は楽しみです。
    2013年08月31日 22:10
  • Manuke

    > 今月は「ガニメデのクリスマス」だろうと思いきや、サイトを開いてみると「パシフィックリム」のインタラプト。Manukeさんのこの映画への愛の深さを痛感しました(笑)。

    あはは。おっしゃる通り、予定変更で割り込みです(^^;)

    私は情報をあまり入れないようにして映画館へ足を運びました。
    冒頭でかなり飛ばされたときは「外したかも?」と不安が頭をよぎりましたけど(笑)、全然杞憂でした。
    上映中に3回も映画館へ行ったのは『パシフィック・リム』が初めてですねー。

    # ちょっとフィギュアが欲しくなってきたんですが、置く場所がないので自重してます。
    # 日本製で出来の良いのが出たら買っちゃいそうですが(^^;)
    2013年09月01日 00:10

この記事へのトラックバック