泰平ヨンの現場検証

[題名]:泰平ヨンの現場検証
[作者]:スタニスワフ・レム


 〈泰平ヨン・シリーズ〉の第三弾です。(執筆順は『未来学会議』の方が先のようです)
 本シリーズは宇宙冒険家の泰平ヨンを主人公に、奇妙奇天烈な他惑星の文化を紹介したり、マッドサイエンティスト達の発明とその顛末を綴ったりという、ブラックユーモアたっぷりのSFです。前作『泰平ヨンの航星日記』及び『泰平ヨンの回想記』は連作短編という形態でしたが、本書は一つのエピソードを扱った長編小説になっている点が異なりますね。
 『航星日記』は地球外、『回想記』は地球上が主な舞台ですが、本書は惑星エンチアの文明を描く内容なので前者に近い感じです。但し、長編になった分、密度が非常に高くなっています(^^;)
 また、お話の流れとして、『航星日記』の『第十四回の旅』との繋がりが強いため、こちらを先に読んでおかないと意味が把握しづらい点があるかもしれません。(実は、読んであってもかなり手強いです(笑))

 宇宙旅行を終えて地球へ帰還した、我らが泰平ヨン。彼は余暇を過ごすため、これまで訪れたことのなかったスイスを訪問してみることにしました。ところが、スプーンの所有権についてシェラトン・ホテルと揉めたり、無料で譲り受けた古城の件で元所有者と裁判沙汰になったりと、散々な目に遭います(かなり自業自得(^^;))。
 そうした中、たまたま乗った汽車内で、泰平ヨンは自著の『航星日記』(作中では、泰平ヨンの日記を知人のタラントガ教授が編纂したという扱い)を読んでいた乗客と知り合いになりました。その読者は宇宙法の教授グヌスという人物で、国連の地外省(地球外の問題を扱う省)に属する歴史機研究所の監督を務めていたのです。
 歴史機研究所に招かれた泰平ヨンは、そこで他の惑星の歴史をコンピュータ上でシミュレーションしていることを教えられます。しかしながら泰平ヨンは、明日の昼飯に何を食べるのかも言い当てられないのに、数千光年先の惑星の未来を予測できるなどにわかには信じられません。研究所員達は彼に対し、『航星日記』に記載された惑星エンテロピアをシミュレーションしてみることを提案し、実行しました。
 すると、コンピュータからはとんでもない結果が出力されました。なんと将来、惑星エンチアの国家クルドランジアとルザニアの在地球大使館が作られ、両者から泰平ヨンに「『航星日記』の内容が出鱈目だ」という抗議文が送られてくる、というものだったのです(笑) ルザニアの文書には、保養・遊興用の合成衛星を惑星エンチア本体と勘違いしたのだ、という指摘がなされていました。
 これは何の冗談か、と怒り心頭の泰平ヨンでしたが、タラントガ教授に問い合わせてみたところ、惑星エンテロピアのことが記載されていた百科事典が偽物だったことを(今更)教えられます。
 どうやら、歴史機研究所のシミュレーションは正しく、自分が惑星エンチアを訪れていないらしいと納得した泰平ヨン。彼は図書館に通い詰めてエンチア文化をみっちり学び(本当にみっちりです(^^;))、その上で現場検証のために惑星エンチアへ向かうことにするのですが――。

 本書の注目ガジェットは、知精です。
 泰平ヨンが『航星日記』で訪れた惑星エンテロピアは偽物で、実在する惑星エンチアのコピーだったことが作中で判明します。惑星エンチアには、人々が都市龍(シティドラゴン)の中で生活するクルドランジア歩行国と、高度に文明が発達したルザニアという二つの国家があり、このうちルザニアは知覚力が付与された疑似物質、知精があらゆるところに存在する状態になっています(究極のユビキタス・コンピューティング?)。ルザニア人は知精のおかげで労働から解放されており、定められた割当量の範囲内であればエネルギーを好きなように使うことができます。
 知精自体には判断力がないものの、プログラムされた通りに動作し、ルザニア人社会から争いを取り除いています(他人に暴力をふるおうとすると、布地を構成する知精が作用して、服が固まってしまい動けなくなる、といった具合)。もっとも、ルザニア人の中にはそれが我慢ならない者もいるようで、知精の裏をかいて他の星からの来訪者(泰平ヨン)を害することを目論む輩も存在します。

 全体のイメージとしては、ユーモラスなエピソードを織り交ぜつつも、戯画化されたエンチアを用いて人間社会や風俗の考察を行うなど、前二巻よりも硬派な印象ですね。
 なお、長編になっただけあって、内容の濃さは相当なものです。
 スイス滞在時のトラブルから始まって、歴史機研究所のシミュレーション内容、図書館資料から浮かび上がる地球人とエンチア人の対比、エンチアへの旅行中に泰平ヨンが宇宙船内で使用した賢人達の人格再生カセット、惑星エンチアでのエピソード、果ては全く役に立たない巻末用語集(笑)と、最初から最後までネタがぎっしり詰まっています。
 一見すると出鱈目な内容に見えて、その実かなり重要なことが書かれていることも少なくないため、適当に読み飛ばしてしまう訳にもいきません。そのせいもあって、本書を読み進めるには少々気合いが必要です(笑)
 もっとも、やや読みづらい印象はあるものの、〈泰平ヨン・シリーズ〉らしさは健在です。ハチャメチャな展開を通じて物事の本質を深く考えさせられる、良作風刺SFです。

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