泰平ヨンの回想記

[題名]:泰平ヨンの回想記
[作者]:スタニスワフ・レム


 奇想天外な物語に痛烈な風刺と深い考察を含めた、〈泰平ヨン・シリーズ〉の第二弾です。
 本書の内容は『泰平ヨンの航星日記』と若干の関わりを持つお話はあるものの、言及程度です。基本的に一話完結なので、前作を読んでいなくても構いません。(もちろん、読んでいればより楽しめますが)
 宇宙旅行や時間旅行といったダイナミックな旅の記録が主だった『航星日記』とは異なり、『回想記』は最後の一編を除くと地球が舞台です。また、作品はマッドサイエンティストとその発明を扱ったものが多く、ややシリアスで不気味な傾向があります。まさに「ハードSFホラー」という位置付けが適切でしょうか。

◎第一話

 泰平ヨンが、どこかの夕方の集いでスピーチした内容、という体裁です。
 泰平ヨンは世に受け入れられない発明家・科学者を惹き付ける性質があり、サイバネ学者コルコラン教授もその一人でした。
 ある学術会議でたまたまコルコランと合った泰平ヨンは、彼から「魂についてどう考えるか」と尋ねられます。特に意見を持っていないと答えたところ、泰平ヨンは教授に気に入られることになりました。
 別の学者に、「コルコランは魂どころか人間も信じない唯我論(世界には自分しかなく、あとは全て実在しないという考え)の信奉者」だと聞かされた泰平ヨンは、興味を惹かれてコルコランの実験室を訪問してみることにします。
 そこで泰平ヨンが見たのは――科学技術によって作り出された、唯我論者の思い描く世界だったのです。

◎第二話

 とある日の夕方、奇妙な風貌の男がアポなしで泰平ヨンのところへやってきました。男は比較個体発生学の教授デカンターと名乗り、自分は魂を発明したと言います。テクノロジーによる不滅の魂の制作には資金が必要であり、泰平ヨンに援助を求めたのです。
 デカンターの言う「魂」の定義とは、すなわち「ほぼ未来永劫に渡って不滅となった人間の個性」というものでした。一兆世紀すら取るに足らないほどの時間を存在し続ける、人間の意識の複製――話を聞くうち、泰平ヨンはデカンターの成し遂げたことに恐怖します。

◎第三話

 ある日、郊外を散歩していた泰平ヨンは道に迷い、雨に降られてしまいます。たまたま見かけた屋敷で雨宿りさせてもらおうとドアを叩いたところ、その館の主は奇っ怪な容姿の男、生体解剖で悪名高いザズール博士でした。不機嫌そうに追い出そうとするザズールに喧嘩腰で臨んだところ、泰平ヨンは何故かザズールに気に入られてしまいます。
 屋敷に招き入れられた泰平ヨンは、そこで上部が布で覆われた、石棺に似たガラスの水槽を目にします。その中に、ズボンをはいた人間の足が揺れ動いているのを見た泰平ヨンは仰天し、ザズールを問い詰めました。すると、ザズールは自分の研究を語り始めるのです。それは、一卵性双生児の片割れを、成人した大人から作り出すというものでした。

◎第四話

 小雨の降る秋の日暮れ時、泰平ヨンの家へ大きな箱を抱えた男がやってきました。男は物理学者のモルテリスと名乗り、途方もない発明成し遂げたのだと言います。モルテリスが作ったもの、それはタイムマシンでした。その開発資金を援助してもらうために彼は泰平ヨンの下へやってきたのです。
 その言葉を信じた泰平ヨンは、銀行から資金を引き出すために信用のおける人物を探す必要があると説明しました。そのとき、二人は同時に気付きます――その人物を探す必要などなく、名前を知るためにタイムマシンで未来へ行けばいいじゃないか、と。ところが……。

◎第五話

 洗濯機開発を巡る、お馬鹿なドタバタ騒ぎです。
 第十一回の旅(『航星日記』参照。泰平ヨンがロボットの独立国へ潜入するお話)を終えた泰平ヨンが地球へ戻ってからしばらくすると、ヌードドレッグ社とスノッドグラス社が熾烈な洗濯機開発競争を繰り広げ始めました。
 片方が洗濯機に下着選別・アイロンがけ・ほころび繕い機能を付けると、もう一方が四行詩を作詩して刺繍する機能を付け、それに対抗するべく家族団欒に加わって話ができる機能を追加、といった具合です。開発競争の激化に従い、洗濯機はどんどん高度化し、人間並みの知性を持ち始め、そして洗濯用途には役立たないものへと変貌していきます(笑)

◎第六話

 泰平ヨンは歯に金冠をかぶせたせいで、新聞の売り子にロボットと間違われ、〈ロボット新聞〉を売りつけられてしまいました。あまりにロボット向けの内容のため、人間の泰平ヨンには全く面白みのない内容だったのですが、その中でロボットの神経障害・精神病を治療するドクター・ヴリペルジュス病院の三行広告に目を止めます。
 電気痴呆症にかねがね興味を抱いていた泰平ヨンは、早速アポを取り、日曜日に病院を訪問することにしました。泰平ヨンは病院で、奇妙な考えに取り憑かれたロボット達と言葉を交わすことになります。

◎第七話

 第十八回国際サイバネチックス会議にて、ジアゴラス博士なる人物が物議を醸す態度を取ったことを、泰平ヨンは新聞記事で知ります。しかし、記事には肝心のジアゴラス博士の問題が何だったのかが記載されていませんでした(^^;)
 ジアゴラスとコンタクトを取ろうとコルコラン教授(第一話参照)を頼ったところ、教授は「狂人の住所など知らんし、知っていても教えない」と、けんもほろろでした。仕方なしに泰平ヨンは新聞広告で連絡を取り、ジアゴラスからクレタ島の自分の領地でなら会ってやってもいいという約束を取り付けます。
 ジアゴラスの館を訪れたところ、そこにはコルコランの意識をコピーした機械などが無造作に置かれていました。しかし、ジアゴラスはそれらの成果物には全く満足していなかったのです。彼が作ろうとしているのは、自分でさえも分からないもの――既存の生物の模倣でない、人とは全く異なる知性でした。

◎第八話

 数奇な運命により、その存在が生まれながらにして間違いだったヤメンカ教授。彼はアフリカ奥地にあるランブリアという国のクラハリ大学に招かれ、名前以外は誰一人として実態を知らないスヴァルネチックスなる学問を講義することになりました(^^;) ヤメンカ教授はスヴァルネチックスを「科学と非科学の境界領域を研究する学問」と位置付け、主に魔術を追及することにします。
 国連食糧農業機関・FAO(これは実在する組織)のアフリカ駐在全権代表を務めていた泰平ヨンは、フランス大使館でのトラブルに巻き込まれたところを、ヤメンカ教授に助けてもらいました。泰平ヨンは、隣国の大学へ転勤するというヤメンカ教授に同行することになります。
 学会からペテン師扱いを受けるヤメンカ教授の研究スヴァルネチックス。しかし、教授の本意は魔術などではなかったのです。生まれ落ちたときから虐げられてきたヤメンカの、それはある意味での復讐でした。

◎宇宙を救おう!(泰平ヨンの公開状)

 人間が宇宙進出したことで、自然破壊や宇宙生物の絶滅が進行しつつあることに関して、泰平ヨンが問題提起した(という形の)公開状です(笑)
 宇宙観光旅行が始まったことで、小惑星は落書きだらけになり、記念品として削り取られて消滅したものもある始末、いたるところゴミだらけといった有様でした。そして、宇宙に存在する様々な異生物が、珍味として乱獲されたり、有害だとして駆除されたりという状況にあり、泰平ヨンはそうした風潮に苦言を呈します。

 前作『泰平ヨンの航星日記』ではかなりユーモアが押し出されていましたけど、本作で同系統のお話は『第五話』と『第六話』、そして『宇宙を救おう!』ですね。
 それ以外の作品は、世捨て人的な科学者や発明家(いわゆるマッドサイエンティスト)が泰平ヨンに驚嘆すべき発明を提示し、それらが物事の本質を暴き立てる役割を果たす、非常にSFらしい物語です。ホラータッチでありながら(見知らぬ館で雨宿りする『第三話』が典型(^^;))、その恐ろしさは架空の恐怖ではなく、私達が目をそむけている現実の問題と結びついています。
 例えば、レム氏は『第二話』で泰平ヨンに「人間は、どうあっても不死を手に入れたいと思っているわけじゃない」と語らせていますが、これはデカンター教授の持ち込んだ「人造の魂」によって浮き彫りにされ、読者がそこに読み取る恐怖により裏付けられます。
 また、『第八話』は両者の混ざり合った印象のお話ですね。前半はランブリア国やヤメンカ教授の人生のハチャメチャ加減をユーモラスに描きますが、後半では「情報に質量があったらどうなるか」という思考実験的な展開になっています。もちろん情報自体に質量などありませんけれども(^^;)、トンデモ設定を追及してお話に仕立て上げるのは、アシモフ氏の架空物質チオチモリンに通じる楽しさがありますね。

 さて、唯我論とは要するに「人生の夢オチ」ですが(^^;)、ご多分に漏れず私も子供のころに罹患していた時期がありました(笑) ちょうどそのころに本書を読み、大変な衝撃を受けた記憶があります。言ってしまえば、私のセンス・オブ・ワンダーの原点となる作品かもしれません。
 前作『航星日記』とはかなり雰囲気を変えながらも、それに劣らぬ傑作揃いですね。個人的には、二十世紀最高のSF作品の一つではないかと感じます。

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