泰平ヨンの航星日記

[題名]:泰平ヨンの航星日記
[作者]:スタニスワフ・レム


 二十世紀共産圏で活躍された偉大なSF作家、鬼才スタニスワフ・レム氏によるユーモアに満ち溢れた連作短編集です。
 タイトルにある泰平ヨンは一人称主人公の名前で、宇宙冒険家の彼があちこちで体験したことの日記をタラントガ教授がまとめたものが本書、という位置付けです。『ほらふき男爵の冒険』や『ガリヴァー旅行記』のように奇想天外なエピソードが十四編収録されています。
 内容はSF的設定をふんだんに盛り込みつつも、ハチャメチャな展開で読者を大いに笑わせてくれます。しかし、ただコメディであるだけでなく、非常に切れ味の鋭い風刺になっている点は見逃せません。ときにグロテスクなまでに戯画化された異星人の姿の中に私達人間の本質が見え隠れし、しばしばハッとさせられることになります。

◎第七回の旅

 たった一人で二年間、宇宙船で旅行していた泰平ヨン。ベテルギウス近くを飛行していたとき、隕石が宇宙船の外板を貫き、推進力調整器が壊れてしまいました。
 しかし、船外に出て修理を行おうとした時、泰平ヨンはこの故障が一人では直せないことに気づきます。修理を諦め、泰平ヨンはふて寝をしてしまいました(^^;)
 ところが深夜、見覚えのある男が泰平ヨンを揺り起こし、舵を二人で直そうと持ちかけてきました。船には自分一人しか乗っていないはずなので、夢だと思った泰平ヨンはそれを拒否しますが、男は自分の頬にあるイチゴ大のイボを示しました。なんと、男は泰平ヨン本人だったのです。ますます夢だと確信した泰平ヨンは、男の言葉を無視し毛布をかぶって寝てしまいました(笑)
 翌朝目覚めた泰平ヨンは、宇宙船が重力渦の多数ある危険地域にいることを知ります。そして、強力な重力場により、時間の環が引き起こされることを思い出したのです。
 あれは夢ではなかったのか、と考えた泰平ヨンは、苦心して宇宙船の進路を変え、渦の中心へ向けました。機関室から出てみると、果たしてベッドで気持ちよさそうに眠っていたのは……。

◎第八回の旅

 惑星連合の地球代表候補に選ばれた泰平ヨンは、地球の惑星連合への加盟を認めるかどうかを決める惑星総会へ出席することになりました。
 クラブソーダの自販機にそっくりな異星人タルラカニア星代表団に危うく失礼を働きそうになりながらも、推薦人のタルラカニア人と事前に打ち合わせを行います。泰平ヨンは頑張って人間の美徳を挙げようとしますが、彼の主張はことごとくタルラカニア人の不興を買ってしまい、ついには総会中は黙っているように釘を刺されてしまいました(^^;)
 やがて始まる総会。人間とは全く似ても似つかない姿の異星人達に囲まれ、いささか的外れな人間への擁護を泰平ヨンが固唾を飲んで見守っていたところ、トフバン代表が発言を求めました。
 地球の惑星連合加盟へ否定的なトフバン人は、人間のおぞましい悪癖をお歴々の前に開陳していきます。

◎第十一回の旅

 家事ロボットを修理に出したせいで、家の中が散らかってしまった泰平ヨン。彼が郵便物で溢れたポストを確認したとき、その中に一通の招待状を見つけます。それはカレリリヤ問題担当秘密全権委員なる者からの、小講堂で開催される会議への出席依頼でした。カレリリヤという星の何が問題なのかを知らない泰平ヨンは、これは面白そうだと出席することに決めます。
 高名な冒険家として歓迎された泰平ヨンは、会議の場でカレリリヤで起きたことを説明されます。それはかつて、銀河商船のコンピュータが虐待されたことで反乱を起こし、プロキオンの惑星カレリリヤでロボットの植民地を誕生させてしまったというものでした。その結果、カレリリヤではロボット達が人間を憎悪する社会形成しています。
 プロキオンはメルマンリト人の領地であるため、保険会社に所有権回復の要請が入りました。保険会社は多数の人間課員をロボットに変装させてカレリリヤへ送り込んだものの、全員が消息不明となっています。泰平ヨンは潜入捜査を自ら買って出ることにし、会議場の喝采を受けました。
 かくして、四角い鉄製のケースでロボットに変装した泰平ヨンは、ロケットでカレリリヤへと降り立ったのですが……。

◎第十二回の旅

 泰平ヨンは知人のタラントガ教授が発明した時間伸縮機を見せてもらいました。この装置は時間を思うがままに伸縮できるというものでしたが、くしゃみの途中で時間を伸張されてしまった泰平ヨンは酷い目に遭います(^^;)
 その後、タラントガ教授は『宇宙動物学』第八巻を執筆するにあたり、惑星アマウロピヤに生息する生物が時間伸縮機のテストにもってこいだと気付きました。泰平ヨンはその計画を気に入り、早速時間伸縮機を持ってアマウロピヤへ向かいます。
 着陸しようとしたとき、道中で関わった流浪族に宇宙船のブレーキが盗まれてしまったことに気付きます。あわやという場面で時間伸縮機を働かせ、落下に三週間かかるよう時間を延ばした泰平ヨンは、無事にアマウロピヤ上へ着陸することができました。
 現地には微頭人というヒューマノイド型生物がいたものの、彼らの知的レベルは低く、コミュニケーションを取ることができません。泰平ヨンはふと思い立ち、時間伸縮機を彼らの時間が早まるよう樹の下に据え付け、ベッドへ横になりました。
 翌朝、彼が目覚めると……。

◎第十三回の旅

 泰平ヨンは、全生命の中でもっとも優れた人物の一人とされる鳴呼師(ああし)と知り合いになりたいと考え、蟹座の姐蛇星へ向かいました。
 姐蛇星では、生まれた子供に長大な名前(寿限無みたいな(^^;))と多数の肩書を与え、その人間が優れた才能を発揮するごとに肩書きと名前を少しずつ失っていくという風習がありました。鳴呼師は三十代で早くも肩書きと名前が全てなくなってしまい、尊敬の念から発せられる嘆息でのみ呼ばれるようになり、他の言語では発音できなくなってしまったという人物です(笑)
 鳴呼師の業績は姐蛇星にとどまりません。かつて互いの敵意に満ちていた惑星エウローピアでは、罵声を浴びせる本人そっくりの避害心(ひらいしん)という人形を鳴呼師が持ち込んだことでストレスが発散され、平穏な社会が生まれていました。また、惑星アルデリアの地動説を信奉する天文学者が、信仰との矛盾のため火あぶりの判決にかけられそうになったときには、鳴呼師が惑星アルデリアの軸回転を止めたことで天文学者は自説を撤回したということもあったのです(笑)
 泰平ヨンは鳴呼師に会う前に自らの知性を高めるべきだと考え、旅の途中で多数の哲学書を読み漁り、読み終えた本を宇宙船外へ投棄するということを繰り返していました。しかし、そのせいでどのガイドブックにも避けるべきと書かれていたピンタとパンタの双子惑星近くへ飛び込んでしまったのです。
 突如として泰平ヨンの宇宙船に、惑星ピンタの魚察署員が泰平ヨンの船に乗り込んできました。そして船内を捜索すると、(ピンタでは違法な)オイルサーディンを発見し、その罪で泰平ヨンはピンタへ連行されてしまいます。
 惑星ピンタは水浸しの星で、水棲人達は水の中に頭を突っ込んだまま歩いていました。ところが、ピンタ人は水の中で快適に暮らす振りをしているものの、実は水中呼吸できない種族だったのです(^^;) にもかかわらず、ピンタ人社会では水中生活が礼賛され、水を忌避することは罪でした。
 そして、オイルサーディンを持ち込んだ咎で有罪となった泰平ヨンは逮捕され、彫像を作り続けなければならないという自由彫塑の刑に処されることになってしまいます。

◎第十四回の旅

 タラントガ教授から借りた『狗留伝竜(クルデル)と蛸鹿(オスミオウ)のなかで暮らした二年間』という本がとても面白かったため、泰平ヨンは狗留伝竜のいる惑星エンテロピアへ旅行することに決めました。
 宇宙船の修理時に買った冗談蓄積器付き電子頭脳が壊れたせいで難儀したものの、無事目的地へ到着した泰平ヨン。惑星エンテロピアの支配種族アルドリト人は地球人とはずいぶん異なる種族(水晶ランプみたいな姿で、触手が生え、体の色を変化させる)でしたが、役人は愛想良く彼を迎え入れてくれます。
 役人に指示された通り補給局なる場所へ赴くと、そこでは当直技官が彼の体を計測した後、「芽体(ジェマ)を人工培養所へ送ったので、ストルムで何かあってもすぐにスペアが用意可能」と言いました。しかしながら、そのときの泰平ヨンには意味が分かりませんでした。
 狗留伝竜狩りを楽しんだり動物園を訪問した後、宇宙旅行社ギャラックス社の職員と話していたところ、目の前で職員が隕石に打たれて死亡してしまいます。ストルムとは、十ヶ月ごとに隕石群が落下してくる現象のことだったのです。
 しかし、すぐに職員の複製が運ばれてきて、隕石のせいで中断した会話の続きを話しました。驚愕する泰平ヨンに、職員はなんでもないことだと説明します。万が一に備えて複製を取ってあるのだ、と。
 この出来事に腰が引けたものの、地球人が臆病になっているのを見られるわけにはいかないと、虚勢を張って観光を続ける泰平ヨンでしたが……。

◎第十八回の旅

 タラントガ教授を通じて泰平ヨンが知り合ったソロン・ラズグワス教授は、宇宙発生学を研究していました。
 S・ラズグワスによると、宇宙が虚無から誕生したのは素粒子が一時的に保存則を破るのと同じであり(※仮想粒子の対生成・対消滅のことを言っているのだとしたら鋭い洞察力です)、宇宙全体がいわば借金を負っている状態であるとのことでした。この借金は返済しなくてはならない負債であり、宇宙はいつ石けんの泡のごとく消えてしまってもおかしくないというものです。
 ラズグワスはこの推論に夜も眠れなくなり、なんとか借金を返済して宇宙が存続する方法を模索していました。ラズグワスからこの話を聞いた泰平ヨンは、過去に戻って宇宙の種となる原子を置いてくる方法があればいいのにと言いますが、ラズグワスは笑ってそれを否定します。
 しかし、リチャード・ファインマンの時間を逆行する陽電子の仮説を思い出した泰平ヨンが教授に告げると、ラズグワスはそれが宇宙誕生の種となり得ることを認めました。かくして、宇宙の借金を返済するための計画が開始されることになります。
 過去へ送り込む陽電子は宇宙の元となるものであり、そのパラメータ次第では今の宇宙をより良いものに書き換えることも可能です。それをどのように設定するか――泰平ヨンらの崇高な計画は、しかし邪な関係者のせいで歪められてしまいます。

◎第二十回の旅

 ヒヤデス星団からの旅を終えた泰平ヨンが家へ戻ってきたとき、誰もいないはずの書斎から爆音が聞こえてきました。驚いた彼が書斎へ向かうと、自転車のハンドルのようなものが付いた金属製の竿を持った招かれざる客がそこにいました。驚いたことに、その男は泰平ヨンだったのです(『第七回の旅』の再来(^^;))
 もう一人の泰平ヨンは、自分が二十七世紀の未来(泰平ヨンの時代は二十一世紀前後?)から時転車(クロノシクル)に乗ってやってきたのであり、歴史的使命を帯びているのだと言いました。それは彼自身を、超地歴最適化計画の総責任者にスカウトするというものでした。
 タイムマシンが実用化された二十七世紀では、時相研究所学術会議が超計算機の助けを借りて、人類の歴史全体を調整・浄化・修正し、より人道的かつ合理的なものへと書き換えようという、地球の歴史的過去遠隔最適化計画が企てられていました。しかし、重大さから誰もが怖気づき、総責任者の成り手が現れません。そこで、地球に存在した全ての人間の精神構造をチェックした結果、泰平ヨンに白羽の矢が立てられたのです。
 しかしながら、泰平ヨンとてそんな責任を負わされるのは御免こうむりたいところです。彼が断わると、未来の泰平ヨンは時転車で去っていきますが。しばらくするとまた爆音とともに登場して書斎をめちゃくちゃにしました。未来の泰平ヨンが言うには、現在の彼がスカウトに応じない限り、時間が環となって同じことが永遠に繰り返されるとのことでした。
 仕方なしに総責任者となるため二十七世紀へ行くことになった泰平ヨン。崇高なる超地歴最適化計画は、しかし利己的で無能な関係者のせいで歪められていくことになります――『第十八回の旅』と同じく(笑)

◎第二十一回の旅

 二十七世紀から帰還した泰平ヨンは、これ以上未来から呼び出されることがあってはたまらないと、宇宙へ逃げ出すことにします(^^;)
 目的を決めずに宇宙船で旅立った後、泰平ヨンがようやく落ち着いて『銀河年鑑』を開くと、そこは宇宙文明発見の新たな手法が記載されていました。その手法に従い、泰平ヨンはヒヤド大星団の惑星ジフトニアへ向かうことにします。年鑑に掲載されていたジフトニア星人の写真が人間そっくりだったためです。(年鑑に載っているなら文明の兆候を探すまでもないのに(^^;))
 ジフトニアは地球に似た星で、人工衛星が多数周回していました。しかし、泰平ヨンの着陸申請には応答がなく、代わりに奇妙なものを宇宙船目がけて打ち上げてきます。泰平ヨンはそれらを避け、都市のない辺鄙な場所へ着陸することにしました。
 宇宙船が着陸した場所には、生きた家具が生えた畑のような場所でした。しかし、バイオ文明の産物らしきそれらの家具生物は、すっかり野生化していました。その上、遠くに見えた現地人は、多数の足を持つ人間とは似ても似つかない姿だったのです。すっかりたまげた泰平ヨンですが、いきなり後ろから頭に布をかぶせられてしまい、いずこかへと連行されてしまいます。
 連行された先は、とある教団の修道院でした。当初はマネキンと誤解されて拷問を受けかけたものの、泰平ヨンがれっきとした人間であると判明すると、僧達は謝罪して下へも置かぬもてなしを受けることになりました。
 奇妙なことに僧達は皆ロボットであり、今では法で禁じられることになった古くからの宗教を信奉するために、隠れて活動していました。泰平ヨンは彼らから、超高度に発達したジフトニア文明の歴史と、それが信仰に及ぼした驚愕の物語を聞かされることになります。

◎第二十二回の旅

 泰平ヨンは思い出の詰まった品物を数多く所有しており、中でもあまたの探検に携行したポケットナイフがお気に入りでした。
 あるとき、鼻風邪を引いた泰平ヨンは惑星サテルリナの病院で診察を受けることにします。医者の下した診断は、鼻を切り落としてしまったほうがいい、というものでした。サテルリナ人にとって鼻は、爪のように簡単に生え替わってくるものだったからです。鼻の生え替わらない地球人であるところの泰平ヨンは、憤慨してサテルリナを去ることにします。
 その後、りんごを剥こうとした泰平ヨンは、ポケットナイフがなくなっていることに気付きました。どうやら惑星サテルリナのスナックのカウンターに置き忘れたらしいと当たりを付けた泰平ヨンですが、サテルリナに戻る方法が分かりません。それというのも、サテルリナはエリペラザ恒星を巡る千四百八十個の天体の一つであり、その上二百もの惑星に同じ「サテルリナ」という名前が付けられていたためです(笑)
 果たして、自分がポケットナイフを落としたサテルリナはどこなのか――泰平ヨンは手当たり次第に惑星へ着陸してみることにしたのですが……。

◎第二十三回の旅

 泰平ヨンはタラントガ教授から、エルペヤ二重星を巡る惑星のことを聞きました。なんでも、その惑星はとても小さいため、全住人が一斉に家の外へ出たら片足で立たねば表面に並びきれないと言うのです。いくらなんでも大げさ過ぎると考えた泰平ヨンは、実際にこの目で確かめようと、その惑星へ向かうことにします。
 くだんの惑星は確かに小さかったのですが、その住人ブジュト人は物理学に通じており、見事な解決方法を発明していました。ブジュト人は精密なレントゲン装置を使って住民一人一人の原子図面をあらかじめ作成しておき、夜には体を原子分解、朝になると原子図面を元に体を復元する、という処置を日常的に行っていたのです。
 肉体の元となる灰は小さなケースに収まる程度で、場所を取りません。分解された状態では時間の経過を認識しなくなる(生きていないので(笑))ため、退屈とは無縁になります。また、旅行もケースを郵送するだけで済み、急ぎの場合は原子図面だけ伝送して材料は現地調達ということすら可能です。
 気のいいブジュト人達はこのシステムの便利さを泰平ヨンに吹聴しました。最初は抵抗のあった泰平ヨンですが、次第に心惹かれ、実際に試してみることにします。

◎第二十四回の旅

 宇宙飛行中、たまたま惑星を発見した泰平ヨン。その天体上のだだっ広い大陸が幾何学的な模様で覆われているのを見て、彼は驚きました。
 着陸してみると、そこにあったのは無数のきらきら輝く直径五十センチメートルほどの錠剤型円盤で、それらが四方八方に列をなして並べられていたのです。これはどういうものかと訝しんだ泰平ヨンは、住人と接触しようといくつかの都市に着陸してみましたが、どの都市も完全な無人でした。
 しばらく飛んでみると、台地の上にダイヤモンドを刻んで建てたような光り輝く宮殿を発見し、その周囲に人影が見えました。着陸した泰平ヨンは、人間に似たその生き物へ声をかけますが、なかなか気づいてもらえません。肩を揺さぶってようやく認識してもらった泰平ヨンは、その人類型動物・インジオト人に話を聞くことができました。
 インジオト人は宗教と関わる聖族、法の解釈や工場経営を担う徳族、そして労働者階級の隷族の三つに分かれていました。ところが、あるとき一人の優秀な設計学者が、隷族の代わりに労働を行うニューマシンを発明します。これが工場へ導入されることで隷族は職を失い、ばたばたと餓死していきました。
 しかしながら、インジオト人の信仰では自由が尊重されており、ニューマシンからの利益を得た徳族に対して隷族への富の分配を強制するなど言語道断でした。設計学者は、彼が作ったニューマシンが秩序を乱したことを非難され、事態を収集するために新たな機械の製作を命じられます。
 「惑星に最高の秩序をもたらす機械」という要求に対して、設計学者が作り出したのは……。

◎第二十五回の旅

 大熊座にある宇宙幹線の途中に、岩だらけの惑星タイリアが存在しました。そこでは奇妙な触手が宇宙船を引っ張り込むという噂が流れ、人々を恐れさせていたのです。この触手の謎を鮮やかに解いたタラントガ教授は、しかし勲章を授かることなくその地を去りました。それと言うのも、彼は泰平ヨンとコウルレアで落ち合う予定があったからです。
 このころ、まだタラントガ教授を個人的には知らなかった泰平ヨンは(第二十五回なのに?)、時間にきちんとした男だと思われたかったためコウルレアへ向けて宇宙船を飛ばしていました。しかし、隕石が燃料タンクをぶち抜くという事故のせいでコウルレア到着が約束より二十分遅れてしまいます。せっかちなタラントガ教授は、次に落ち合う場所の書き置きを残して、既に出立した後でした。
 泰平ヨンはタラントガ教授を追いかける間にも、様々なトラブルに遭遇することになります。

◎第二十八回の旅

 泰平ヨンは宇宙船で長い一人旅を続けています。彼はその孤独の中で理性を保つため、祖父コスモの考えた手法を実践していました。それは、自分のために複数の道連れを考案(妄想?)し、それらの人々と付き合うというものでした。(もうこの時点で理性を失っている気がしますが(笑))
 人々が面倒や悶着を引き起こし、宇宙船は修羅場と化してしまったのですが、幸いにして彼らがくたばったために泰平ヨンは一息つくことができました。そして彼は、かねてから計画していた泰平家の歴史を執筆することにしたのです。
 しかし、それらのご先祖様は本当に存在していたのでしょうか。あるいは、泰平コスモの妄想の中で生まれた泰平ヨンその人は?

 主人公の宇宙冒険家・泰平ヨンは、原文では"Ijon Tichy"と記されています。"Tichy"は現実にも存在する名前で、カタカナで記す場合は「ティヒ」となるようです。つまり、「泰平」は称号等ではなく、単なる名字になります(詳しくは不明ですが、「静か」の意味がありそう?)。
 元々、『泰平ヨンの航星日記』はかなりポーランド語での言葉遊びが使われているらしく、非常に他言語へ翻訳しづらいと言われます。原翻訳者の深見弾氏はこの困難な単語翻訳に、当て字とルビを駆使するという離れ業をやってのけています。
 おそらくは"Tichy"を「泰平」としたのも、その一環なのでしょうね(音も似ていますし)。作中で「泰平さん」と呼ばれるのが、すっとぼけた感じが出ていて愉快です。

 架空の学者タラントガ教授による序文では、ミュンヒハウゼン(『ほらふき男爵の冒険』の主人公)やガリヴァーへの言及があることから、本書がそれらの作品を意識して執筆されたのは間違いないだろうと思われます。
 内容の傾向としては、かなりツッコミ待ちの荒唐無稽な笑いがちりばめられている部分は『ほらふき男爵』寄りと言えるでしょうか。ただ、多くの作品に非常に鋭い社会風刺が込められており、これは『ガリヴァー』に通ずる部分ですね。
 例えば、『第二十四回の旅』における資本主義・自由主義に対する痛烈な揶揄、『第十三回の旅』の惑星パンタで描かれる究極的集団主義のおぞましさ、『第二十一回の旅』で科学技術の進歩により宗教の虚飾が剥ぎ取られるさまなど、寓意がユーモラスな語り口で読者に提示されます。
 また、純粋にSF作品としても非常に優れています。異星人の文化やタイムパラドックス、人間の複製、電送装置、といった秀逸なガジェットが無数に含まれており、思わず唸らされることしきりです。
 個人的な印象で恐縮ですが、私としては風刺小説の古典『ガリヴァー旅行記』を超える名作なのではないかと感じます。『ガリヴァー旅行記』はあまりに毒が強すぎて、読み終えるとどす黒い気持ちになってしまいますけど(^^;)、本書は優れた批判を内包しながらも、ユーモアを最後まで忘れません。一例を挙げると、『第十一回の旅』で泰平ヨンはフウイヌム国への旅を終えたガリヴァーに近い心境となりますが、ここでは泰平ヨン自身も笑いの対象になっているところが肝ですね。
 とにかく色々な要素が詰められ、おそらくは私が読み解けていない要素も多数あるのではないかと思われます(^^;) 書評家泣かせではありますが、非常に高い密度が充実した読書体験を与えてくれる、ユーモアSFの傑作です。

この記事へのコメント

  • X^2

    なるほど、かくも長き沈黙の理由はこの記事を書いていたためでしたか。
    この作品は旧訳と新訳の両方を持っているのですが、旧訳の「我輩」の方が雰囲気がある気がします。
    第24回での「資本主義・自由主義に対する痛烈な揶揄」は、昔読んだ当時はいかにも東側作品らしく誇張した「痛い」話だなと思っていたのですが、社会福祉や富の再分配を徹底的に敵視する最近の新自由主義者の論調を見ると、そのうち誇張とは言えなくなるかもしれません。
    第28回の「自分のために複数の道連れを考案し、それらの人々と付き合う」は、架空書評集「完全な真空」の最初にある「新ロビンソン物語」に再現されていますね。
    2013年04月28日 13:36
  • Manuke

    私は本書の旧訳版は読んでないのですが、『泰平ヨンの回想記』を読んでその内容に度肝を抜かれたのを思い出します。
    比較はできないですけど、ちょっと大野典宏氏の解釈はピンとこない感じがしました。こんなに愉快なお話がコメディでないはずがないと思うんですが(^^;)
    コメディであり、優れたSFでもあり、それ以上の色々なものでもあるんだろう、と。
    2013年04月29日 02:19
  • ちゅう

    こんばんは(^^)

    ヨンさまは、『航星日記』のみ入手した青年時代です。最初の第七回を読み、なんだこれじゃあドラえもんの『ドラえもんだらけ』のほうが高度でオチも素晴らしいのに、とタカをくくって読み進めました。

    そして、第二十一回の旅の終わり、ロボット僧の「できるからこそ、私達はそれをしない」とヨンに話す場面にショックを受け、先を読み続けることができなくなり、私の航宙はその時点で永遠に停まってしまいました。。
    2013年09月30日 20:25
  • Manuke

    『第二十一回の旅』は、下手なことを書くと突っ込まれそうなのが別の意味で怖いところですが(笑)
    「人が宗教に求めるもの」を戯画化しつつばっさりと切り捨てていく手法に慄然としました。
    (若干ストローマン傾向がなきにしもあらずですけど)
    密度が高くて、読み終えるとかなり疲弊してしまいますしね(^^;)
    2013年10月01日 00:25
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/357377913

この記事へのトラックバック