地球光

[題名]:地球光
[作者]:アーサー・C・クラーク


 このお話は、SF三巨匠のお一人アーサー・C・クラーク氏の手によるサスペンス・ストーリーです。
 クラーク氏と言えば、科学的正確性と緻密な設定による秀逸なハードSFを得意とされる作家さんですが、本書『地球光』でもその手腕は遺憾なく発揮されています。どちらかと言うと本筋のミステリー的側面はやや隅の方に追いやられがちですけど(^^;)、それでもその種明かしは合理的かつ感心させられるものです。
 また、クラーク氏の作品には非常に珍しいことに、作中に宇宙戦闘シーンが登場します。いかに合理的にスペースオペラ風の戦闘を再現できるかという点に苦慮されただろうことが伺える、本書の白眉です。
 地球と惑星連合が政治的緊張を迎えていたある日、月の天文台に一人の男が会計士としてやってきます。しかし彼サドラーは、天文台にいると目されるスパイを探り出す密命を帯びていたのでした。

 人類が太陽系へと進出した時代(明記されていませんが二十二世紀ごろ?)、火星・金星・そして大惑星の衛星からなる惑星連合は、地球と対立を起こしていました。
 地球はその成り立ちの特殊さ故、地殻に重金属を豊富に含んでいましたが、他の惑星ではそれらが不足していたのです。このため、惑星連合は必要な重金属を地球からの輸入に頼らざるを得ませんでした。一方、次第に勢力を増していく惑星連合に対し、地球は危機感を募らせていました。
 両者の対立が次第に深刻化していく中、月面の〈雨の海〉にあるプラトン天文台に一人の男性がやってきます。彼の名はバートラム・サドラー、会計士という触れ込みでした。
 しかしその真の意図は会計検査などではなく、天文台職員の中で地球の情報を惑星連合へリークしているスパイを探り出すこと――中央情報局から派遣された逆スパイだったのです。長く平和な時期が続いたことから諜報員が不足しており、サドラーは素人に毛が生えた程度の新米スパイでしたが、ともかくも彼は職員達の中にいる(かもしれない)スパイを探り出そうと試みます。
 時を同じくして、プラトン天文台近辺のピコ山に秘密の設備が建造され始めます。天文台の仕事に影響を及ぼすものであるにも拘らず、その正体は明らかにされず、近づくことも許されません。
 世界情勢が次第にきな臭くなっていく中、サドラーは一人孤独に調査を続けますが、一向に容疑者を絞ることができませんでした。誰も外部に連絡手段を持っているようには見えないのです。果たしてミスター・Xは利口過ぎて彼の手に負えないのか、天文台にはいないのか、あるいは最初からミスター・Xなど存在しないのか……。

 本書の注目ガジェットは、月面です。
 作中の場面はプラトン天文台とその周辺が主となりますが、この描写が秀逸でリアリティを感じさせてくれるものになっています。低重力環境でいかに物事が違ってくるのか、月面屋外がどのような眺望を見せてくれるのか詳細に説明されており、情景を楽しむことができます。
 我々は今でこそ、アポロ宇宙飛行士達のご活躍により月面がどのようなものなのかを垣間見ることができましたけど、クラーク氏が本作を書かれたのはそれより十年以上前のことです。知識と想像力によって本物に迫る情景描写がなされているのが素晴らしいですね。
 また、プラトン天文台の心臓とされる十メートル反射望遠鏡の設定も興味深いです。この望遠鏡の主鏡は一枚鏡ではなく、百枚以上の六角形の小さな鏡が組み合わされた分割鏡とされています。また、架台は赤道儀ではなくコンピュータ制御の経緯台です。これらの特徴は一九九〇年代にハワイに建造されたケック望遠鏡に良く似ており、氏の先見性が伺えます。

 ストーリーの本筋はスパイもの、サドラーが天文台職員の中に潜むスパイを探り出すことなのでしょうけど、実際のところあまり大きなウェイトを占めていません。サドラー君は素人諜報員ですし、その調査方法も地味なものです。まあ、クラーク作品にそうした部分を期待しても仕方ないです。:-)
 本書の面白さは、どちらかと言えばサブエピソードにあります。例えば、人間が宇宙服を着ずに真空中へ出るという場面がありますが、このあたりの考察はなかなか興味深いですね(『2001年宇宙の旅』でも、このシチュエーションが使われています)。また、冒頭で触れたスペースオペラ的な戦闘シーンは、クラーク氏の茶目っ気が感じられる部分です。
 ストーリーや登場人物は至極真面目なのですが、読み進めていくうちに幾度かニヤリとさせられてしまう、クラーク氏の近未来SFでも少々毛色の変わったお話と言えるでしょう。

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