連環宇宙

[題名]:連環宇宙
[作者]:ロバート・チャールズ・ウィルスン


※このレビューには『時間封鎖』及び『無限記憶』のネタバレがあります。ご注意ください。

 〈スピン三部作〉の完結編です。
 『時間封鎖』が主人公タイラー・デュプリーの一人称視点(過去と未来の二つ)、『無限記憶』が複数キャラクタの三人称視点(同一時代)で進行していたのに対し、本書では両者を合わせたような構成になっています。ストーリーは現代と未来の二つが交互に進行していくという『時間封鎖』的な仕組みですが、それぞれの時代に複数の主人公が存在しています。現代編は医師サンドラと警官ボースによる三人称、未来編はタークとトレイヤ、そしてアイザックによる一人称の形を取ります。
 また、『時間封鎖』では過去編が未来編におけるタイラーの回顧録という扱いでしたが、本書は逆で、未来編である手記を現代編の人物が入手するという対比が非常に面白いですね。
 作中の位置付けとしてはやや複雑で、本書『連環宇宙』は『無限記憶』の直接の続きではありません。二つのストーリーラインは、現代編が『無限記憶』より少し前、未来編が『無限記憶』の一万年後という時代設定になっており、さらには終盤で大がかりな仕掛けが明かされます。
 浮浪罪で捕まった気弱な少年オーリン。彼が書いた、一万年後の世界を綴った手記は単なる妄想なのでしょうか。それとも……

 テキサス州立医療保護センターで働く精神科医サンドラ・コールは、センターに送られてきた人間を面接し、保護施設に収容すべきかどうかを判断するという仕事を行っていました。
 あるとき、サンドラの元へ一人の少年が移送されてきます。十九歳の少年オーリン・メイザーは暴漢に襲われ意識朦朧となっていたところを警察官に保護されたのですが、彼自身が住所不定だったことから、浮浪罪の規定に従い精神鑑定を受けさせられることになったのです。
 奇妙なことに、オーリンを連れてきたヒューストン市警巡査ジェファースン・ボースは、オーリンを非常に気遣い、面接が終わるまで待っているとサンドラに告げました。普通は、センターへ連れてきた者を警察官が気に掛けることなどないのに、です。
 サンドラはオーリンと面接を行い、彼には攻撃的なところがないと判断しました。しかし一点だけ、オーリンは自分でも訳が分からないことを手が勝手に書いてしまうと打ち明けられ、妄想を自動筆記しているのではないかと疑います。
 面接後、サンドラは待っていたボースと話し合い、オーリンが別の事件に関与しているかもしれないと聞かされました。そして、オーリンの書いたノートにそれが関係しているのだと。
 自宅のアパートに戻ったサンドラは、ボースに渡されたオーリンのノートを読み始めます。それは次の文章から始まっていました。
 ――俺の名はターク・フィンドリー。

 元パイロットのターク・フィンドリーは、イクウェイトリアで仮定体の暫定アーチに取り込まれた(前巻参照)後、一万年後のイクウェイトリアに復活しました。
 砂漠の真ん中で息を吹き返した彼は、正体不明の一団に保護されます。通訳療法士の女性トレイヤの話では、タークを保護したのはヴォックス("Vox")と呼ばれる移動都市国家とのことでした。
 ヴォックスは仮定体を崇める宗教理念に支配された国で、浮遊群島を連結して一つの巨大な船となり、アーチで連結された惑星の海から海へ旅をしていたのです。ヴォックスの全ての市民は、頸椎に埋め込まれたノードを通じ、ネットワーク経由で感情を共有していました。ヴォックスがタークを保護したのは、現在(一万年後の未来)では封鎖されてしまっている地球へのアーチが、仮定体に取り込まれた聖者の存在により開かれることになるだろうという預言を信じていたためでした。
 しかし、この時代における大多数の国家は仮定体へのスタンスを「触らぬ神に祟りなし」としており、仮定体との接触を目論むヴォックスは狂信的社会として危険視されていました。対抗勢力の攻撃を受けたとき、タークとトレイヤの乗る航空機は墜落し、彼らはヴォックスの奴隷階級・ファーマーに捕えられてしまいます。そして、トレイヤの頸椎ノードはファーマーに壊されてしまいました。
 今一つ事情が分からないながらもヴォックスに不審を抱くターク、そしてこれを契機にヴォックス社会へ疑念を抱くようになったトレイヤ(アリスン)。彼らはやがて地球へ辿り着き、驚くべき経験をするのですが……。

 果たして、この『タークの物語』は単なるオーリンの妄想なのか、それとも何らかの意味があるのか――サンドラはボースと共に、事件へ深く関わっていくことになります。

 本書の注目ガジェットは、連環世界(リング・オブ・ワールズ)です。
 第一作『時間封鎖』終盤において、スピン終了後の地球には他の惑星へ通じる巨大な瞬間移動ゲートウェイ・アーチが登場しています。第二作『無限記憶』では、この地球と接続された別惑星・新世界(イクウェイトリア)が舞台となっていました。
 本作では、イクウェイトリアから別の惑星、そこから更に別の惑星といった具合に複数の惑星がアーチで繋がった、連環世界が形成されるに至っています。人類は各々の惑星に住み着きながら、海上輸送によって別の惑星と行き来することができるわけですね。
 各惑星はゲートを潜れば瞬時に移動できますが、実際の距離は数百光年と離れていたりするようです。連環世界の『連環』は、物理的距離ではなくゲートの置かれ方によって決まることになります。
 各惑星にはそれぞれの国家が存在してるようですが、おおむね大脳皮質系民主連合という超国家的な連合で結びついています。これらの国家の市民もヴォックスと同じく互いの脳をネットワークで接続していますが、ヴォックスと異なり共有しているのは理性です。
 一方、ヴォックスは大脳辺境系民主主義を選び、市民は感情を共有しています。タークの目には、ヴォックス市民が皆同じ感情を浮かべているように映ったようです。

 作中人物の中でも、トレイヤ/アリスンの設定が興味深いですね。
 トレイヤは一万年後の未来、ヴォックスの労働者階級に生まれた女性です。彼女はごく平均的なヴォックス市民で、他の仲間と同じくヴォックスの理念を信奉していたのですが、ターク・フィンドリーの通訳となるために擬似的な人格アリスン・パールを注入されることになります。
 オリジナルのアリスン・パールは元々タークの同時代人ですが、日記大好き人間だったようで(^^;)、彼女の書いた英語の日記が一万年後にも残っています。ヴォックスはこの大量の日記、および百科事典などの情報から擬似的な人格であるアリスン・パールを再構成してトレイヤに注入し、この結果トレイヤは英語や当時の社会に関する知識を獲得します。
 ところが、このアリスンはただの知識ではなく人格を伴うものだったため、ヴォックスとの接続が絶たれたときにトレイヤは自分のことをアリスンだと認識し始めてしまいます。トレイヤ本人ではなくアリスンの目を通じて見るヴォックスは狂信的国家で、彼女はヴォックスを拒絶することになります。
 面白いことにアリスン自身は、アリスン・パールがあくまで擬似人格であることをはっきり認識しています。情報が日記経由であることから、抽象的な知識はあっても、アリスンが好きだったオレンジの味などは思い出せないわけです。自分の寄って立つ記憶が偽物だと自覚しているというのは、なかなかに恐ろしい感じがしますね。

 本書のストーリーは前述通り、二つの時代が並行に進んでいきます。
 現代編はオーリンという少し奇妙な少年を軸とした、ややサスペンスタッチの物語です。オーリンを助けようとするサンドラとボースは、彼を排除しようとする勢力と敵対し、その過程でオーリンのノートに綴られた謎の物語と現実との不思議な因縁と対峙することになります。
 未来編ではタークとアリスンの二人に、後半で同じく未来に復活した少年アイザック・デュヴァリが加わり、ヴォックスが引き起こした事態に翻弄されていきます。特に終盤、一人称がアイザックに交代して以降の物語は圧巻で、スケール感とスピード感でクラクラするようなセンス・オブ・ワンダーが味わえます(少々足早なので、食べ足りない感もありますが(^^;))。
 さて、本シリーズの原題は、第一作『時間封鎖』が"Spin"、第二作『無限記憶』が"Axis"、第三作『連環宇宙』が"Vortex"となっています。お話としても、発端である「スピン」という現象、それを引き起こした「軸」である仮定体、結果として生じた「渦動」としての顛末という構成になっているのでしょうか。一億倍の速度比という度肝を抜くガジェットで始まった物語を締めくくるに相応しい、壮大な結末のお話です。

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