エンダーのゲーム

[題名]:エンダーのゲーム
[作者]:オーソン・スコット・カード


 本書『エンダーのゲーム』は、異星生命体との戦時下における一人の少年の成長を描いた物語です。
 とは言うものの、一般的な意味での成長物語とは趣が異なります。主人公エンダーは冒頭ではまだ六歳の少年ですが、メンタル的には既に成人していると言っても構わないでしょう。異常な程聡明であるエンダーは、身辺にトラブルを抱えてはいるものの、自力でそれを切り抜けるに足る能力を有しています。
 作中で綴られる『成長』とは、彼の軍司令官としての資質です。この目的のために、エンダーは始終困難を突き付けられ、それを乗り越えることを強制されます。その繰り返しにより、彼は次第に自らの望まぬ存在へとたわめられていくのです。
 宿敵バガーとの戦闘のために必要とされた戦闘司令官――天才少年エンダーはその才能を買われ、バトル・スクールへとスカウトされます。繰り返される戦闘ゲームの果てに、エンダーは何を見いだすのでしょうか。

 人類が地球を脱し宇宙へと進出した時代――そこで人々は、自分達と異なる星で生まれた知的生命体バガーとファーストコンタクトを果たします。しかし、それは人類にとって喜ばしいものではありませんでした。
 バガーは人間からの対話の呼びかけに反応せず、二度に渡る侵略で人類に多大な損害を与えたのです。数量でも武器の能力でも人類を上回るバガーをなんとか撃退することができたのは、天才的な軍事司令官メイザー・ラッカムがいたからでした。
 しかし、その〈第二次侵略〉から七十年後、三たびバガーとの対決が迫りつつあり、人類はメイザー・ラッカムに代わる新たな司令官を欲していたのです。〈国際艦隊〉(IF)は、そのための人材を英才教育により育て上げることを選びます。
 白羽の矢が立ったのはウィッギン夫妻の子供でした。けれども、長兄ピーターは能力的には申し分ないものの性格が惨忍に過ぎ、逆にその妹ヴァレンタインは優しすぎました。第三子アンドルー(エンダー)こそが、IFの望んだ力を有する少年だったのです。
 エンダーは未だ六歳の身でありながら、大人顔負けの天才であり、暴力を憎みつつも必要とあればそれを振るうことを辞さない少年でした。IFのハイラム・グラッフ大佐はエンダーの元を訪れ、彼がメイザー・ラッカムの再来となることを期待していると告げます。同世代の子供達から孤立し、また残酷な性格の兄ピーターを恐れるエンダーは、そのスカウトに応じたのです。
 ところが、バトル・スクールでもまた、教官達がそう仕向けることによりエンダーは孤立無援となります。優秀な戦闘ゲームでの成績を妬まれ、友人ができたと思う間もなくチームから連れ出され。けれども大人達は彼に決して手を差し伸べることはありません。
 ほとんど虐待とも言える不公平な教育を受けながら、エンダーはゲームを通じ司令官として成長していくのです。その先に待ち受けるものを知らないまま。

 本書の注目ガジェットは、少々難しいところですが異星の知的生命体バガーとしておきましょう。
 もっとも、物語の大半はバトル・スクールでの訓練を中心に描かれ、作中でバガーに対して詳しく言及されるのはストーリーの後半に入ってからです。バガーがどのような存在であるのかという点は、お話の結末にも関与していますので、ここで詳細に触れることはできません。ご了承ください(^^;)
 バガー("Bugger")は名前の通り、昆虫的な生物です。彼等の科学技術は人類のそれを上回っており、バガーの残した遺物から人類はテクノロジーを学ぶこともあるようです。
 この未知の敵との戦いに際して、世界は〈国際艦隊〉を核に据え、アメリカが覇権を握っています。しかし、実際にはワルシャワ条約機構等の複数の同盟がその内部に存在し、水面下で互いに反目を募らせています。

 作中の構図で特に興味深いのは、大人と子供の立ち位置ですね。
 バトル・スクールで学ぶ子供達は軍隊的な規律を強いられているためか、エンダーを敵視する少年でさえその言動は子供的ではない印象があります。その一方、指導的立場にあるはずの教官達には、どちらかと言うと責任感の薄さが目立ちます。クライマックスの場面で彼等が見せる態度は、無邪気にすら見える程です。
 また、本書での本筋には直接関ってきませんが、エンダーの兄及び姉のピーターとヴァレンタインを描いた部分でも、やはり同様の傾向が感じられます。まだ子供であるはずの彼等がどのように社会と関っていくのかという点は、二人の対比も含めて見応えがあります。
 ラストの仕掛けも含め、『エンダーのゲーム』は一読で済ませるには惜しい作品ですね。展開を知っている上で再読すると、また違った視点でお話を楽しむことができる、良作SF小説です。ぜひ複数回読み返してみてください。

この記事へのコメント

  • むしぱん

    エンダーの映画、観てきました~。
    大変よくできたエンターテイメントSFになってて大満足です。
    読んだのは20年以上前なので「面白かった」という記憶ぐらいしか残ってないのですが、でも原作に忠実に作られていたように思います。
    好きな小説が映画になるとがっかりするのが多い中、今回ニコニコしながら映画館から出ることができました。Manukeさんが書かれているように、また読みなおそうかと思います。
    2014年01月19日 17:37
  • Manuke

    ふむふむ、良い出来でしたか。
    原作に比べてエンダー君の年齢が高いように感じましたが、これは原作通りにすると児童虐待になってしまうから仕方のないところなのでしょうね(^^;)
    ご報告ありがとうございました。私も映画館へ足を運んでみることにします。
    2014年01月21日 00:34
  • Manuke

    映画を見てきました。
    ちょっと駆け足な感じはあるものの、期待を裏切られることなく最後まで楽しめました。
    (エンダー君はもうちょっと孤独の方がいいような気もしますが)
    オチを知っていると、逆にクライマックスが余計に盛り上がりますね(^^;)
    2014年01月28日 00:46
  • むしぱん

    「無伴奏ソナタ」に入ってるエンダー短篇版を初めて読みました。エンダー隊長が11歳、小隊長が7歳と、すっかり忘れてましたがほんとに低年齢ですね。たしかにそのまま映画にすると虐待映像っぽくなってしまうかも。
    それにそこまで低年齢の俳優だと見かけが小学校の演芸会になりそうだし、11歳で凄みのある主演男優を探すのもなかなか難しそう。ということであの年齢に引き上げられたのかも?

    孤独のゆるさは監督がエンタテイメントとして割り切ったのかもですね。食堂で天井からのカメラアングルで、みんながエンダーのそばに席を寄せてくるシーンはいいなと思いましたが、長編原作にもあるシーンなのか覚えてなく確認しなくちゃです。
    2014年02月01日 00:50
  • Manuke

    5章の最後に相当する場面らしきものはありますが、本当にあっさりと書かれてますね(^^;)>食堂のシーン
    個人的に、マインド・ゲームの部分が省略されなかったのが嬉しいです。
    ただ、CGのエンダーは(意図的かもしれませんが)出来が中途半端でイマイチな感じがしました。未来のCGのはずなので、実写レベルにできないのなら、むしろデフォルメ調にした方が良かったんじゃないかと。
    2014年02月03日 01:26
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