不完全な死体

[題名]:不完全な死体
[作者]:ラリイ・ニーヴン


 本書はラリイ・ニーヴン氏の代表的作品群、〈ノウンスペース・シリーズ〉を構成するお話の一つです。作中年代は二十二世紀となります。
 けれども、恒星間にまたがるラージスケールの舞台に数多くの異星人が登場する他の作品とは少し異なり、この物語では地球で起きる人間同士の事件のみを扱っています。つまり、本書は〈ノウンスペース〉を土台とした推理小説なのです。
 SFとミステリの融合は、巨匠アイザック・アシモフ氏を始めとする幾多のSF作家さんがチャレンジされてきた題材です。しかし、ミステリの束縛とSFの自由度の両立は容易ならざる難題であることは間違いありません。その意味で、世界が確立されている〈ノウンスペース・シリーズ〉の、荒唐無稽になり過ぎない時代を背景としたのは素晴らしい着眼点と言えるのではないでしょうか。
 『想像の腕』を持つARM捜査官ギル・ハミルトン。彼は自らの特殊能力を駆使し、臓器密売人等の引き起こした事件の謎を解明しようと奔走するのです。

 時は二十二世紀、人々が臓器移植の恩恵により健康と、そして長寿を得られるようになった時代です。
 しかし、この技術には大いなる闇の部分がありました。それは慢性的な移植用臓器の不足です。このため、他の時代では軽犯罪とされる交通違反等にも死刑が適用され、罪を犯したものは直ちに移植用臓器へと流用されてしまいます。けれども、それですら臓器の不足を補うには至っていません。
 その結果、臓器密売人(オーガンレッガー)という犯罪者が現れます。彼等は健康な無辜の人間を誘拐し、その体を解体して移植用臓器にしてしまう恐ろしい存在です。捕まれば無論重罪で、オーガンレッガー自身が移植用臓器にされてしまうのですが、それでも圧倒的な利益に目が眩んでオーガンレッガーになる者が後を絶ちません。
 国際連合警察・ARMの捜査官ギル・ハミルトンは、オーガンレッガーを追う者の一人です。彼はかつて事故で右腕を失ったときに、偶然から『想像の腕』(腕のように使えるESP能力)を獲得していました。移植によって腕を取り戻した後も残ったその能力を犯罪者捕獲に使うことにした彼は、〈腕(アーム)のギル〉と呼ばれるようになります。
 あるとき、ギルはかつての友人オーウェン・ジェニスンの変死事件に出くわします。オーウェンは電気中毒(頭に電極を埋め込んで電気を流す麻薬中毒のようなもので、中毒性はあるが副作用なし)者として、自室で快楽を浴びながら餓死した状態で発見されていました。
 その陰惨な死体を見て、オーウェンがそんな死を自ら選ぶはずがないとギルは考えます。しかし、自殺でないとしたらオーウェンに手をかけることができる者は誰なのか。そして、その動機は……?

 本書の注目ガジェットは、臓器密売人(オーガンレッガー)です。
 人をさらって殺し、移植用臓器にしてしまう凶悪犯罪者オーガンレッガーは、人間の解体に設備を要するため、かなり組織化されている模様です。誘拐を請け負う者、医療技術をもって解体を行う者、そして臓器の密売を持ちかける者と、三つの職種から成り立ちます。
 この時代においてオーガンレッガーは恐怖の対象であり、国連下の警察組織であるARMにとって彼等を狩り出すことが主要任務の一つです。しかしながら、同時にオーガンレッガーは社会における必要悪とも見なされているようで、なかなか複雑ですね。
 オーガンレッガーはARM捜査官に捕まらないようにするため、常に姿を変えています。移植用の臓器は彼等自身の商品ですから、取り替え用のパーツはいくらでも手に入るわけです。人相風体はおろか、指紋や網膜パターンですら変わってしまうのですから、ギル達捜査官はその逮捕に苦労しているようです。
 この忌まわしい犯罪者は執筆当初、あくまでニーヴン氏が生み出した架空の存在でした。けれども残念なことに、現実でも臓器密売が行われ始めているようです。願わくば、この作品のような恐ろしい時代が到来しませんように……。

 本書はギルが謎解きに挑む三つのエピソード、『快楽による死』・『不完全な死体』・『腕』からなります。
 このうち三つ目の『腕』は、あとがきによるとニーヴン氏がデビュー前から練っていたお話とのことです。ただ、この謎解きには架空の技術である時間圧縮機が関ってきますので、純粋なミステリファンには少々受け入れがたいかもしれませんね(^^;)
 とは言うものの、いずれのエピソードでも理不尽な展開はありません。ギルは『想像の腕』というESP能力を持っていますが、これはあくまで事件解決等に使われるだけでトリックとは無関係ですからご安心ください。事前に十分な情報は提供され、推理を楽しむことができます。
 また、本書は〈ノウンスペース・シリーズ〉に属する物語として、他の作品との繋がりを感じることができます。例えば、ギルの上司ルーカス・ガーナーは『プタヴの世界』に登場する人物ですし、『腕』の被害者レイモンド・シンクレアはシリーズ各所で登場するシンクレア単分子繊維の発明者です。
 〈ノウンスペース〉としての楽しさと推理物としての面白さを兼ね備えた、異色ながらも秀逸なミステリSFです。

この記事へのコメント

  • Kimball

    ひゃあー!
    すでに、ネタにされていたんですねー、
    心臓移植ですら(米国でさえ)今のように
    普通になる前の時代(70年代)から...
    (拒否反応抑制剤も今ほど良い薬や処方
    技術がなかったかと凡人オヤジの想像の
    上ですが)

    つい先日のニュースにフィリピンでは
    臓器売買を政府公認にするといってましたねー。

    いやはや、SF巨匠ってやっぱりすごいです!!

    僕ら(ですよね?\(^o^)/)の時代は
    「巨匠」の人生が僕らの人生と交わって
    いた幸運な時代ですけど、これからは
    どうなるんでしょうねえ?

    最近、そんな現代の(SF)巨匠がいますかね?

    はは、アシモフ、クラーク、ハインライン、
    ニーブン... おっと、E.E.Doc. Smith
    先生... などなど、どうも凡人オヤジが
    知る巨匠を超える存在がいるようには
    思えない今日このごろです。

    ちょっと、アンテナがぼろいだけかも
    しれませんが。\(^o^)/
    2007年02月03日 12:54
  • Manuke

    そうですねー。
    私は新聞でアシモフ氏の訃報を知り、泣きました。一つの時代が終わってしまったんだなぁと。
    そうした偉大な作家さん達と同時代に生きられたのは本当に幸運なことでした。

    でもきっと、これから生まれてくる名作もたくさんあると思いたいですね。SFはまだまだ若い文学ですから。
    2007年02月04日 01:50

この記事へのトラックバック